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C字虫――穴の中から飛びだして(むしたちの日曜日105)  2024-03-21

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 ことしの二十四節気の「啓蟄」は3月5日から半月ばかり。「啓」が開く、「蟄」は虫が冬ごもりのために土の中にもぐるようなことを意味する言葉だと解説される。だから、ああ、土の中で眠っていた虫たちがごそごそと動きだすころなんだなあ、いよいよ春だなあと思えてくる。
 虫といっても、広い意味で使っているので、昆虫とは限らない。カエルとかトカゲ、ヘビなども含み、その種類を特定するのは難しい。
 温暖化も考慮すると、さらに複雑だ。テントウムシなんて、寒い時期に平気で動きまわる。それでなくても南の島に行けば、季節を問わず、いろんな虫たちが活動している。
 
 啓蟄のころ、沖縄に何度か出かけた。なかでも思い出深いのは、初めての渡島で出会った虫たちだ。カラフルなチョウが舞い、和製カメレオンを思わせるキノボリトカゲやツチノコ風のキシノウエトカゲが姿を見せてくれた。これがカメムシかと驚くような美麗種も現れるし、それらが立ち寄る花々にも魅せられた。
 
 
 
 北国はどうか。
 仙台には5年ばかり住んだが、3月初めはまだまだ冬だ。それでも動きだした虫を探すのだが、結局は冬越しの虫しか見つけられず、本格的な春を待つしかなかった。
 土の中にこもっていた虫は、「地虫」とも表現される。辞書はその説明として、「コガネムシ科の昆虫の幼虫を指す」と記すから面白い。
 そうなるともはや、「へえ」というしかないではないか。間違ってはいないが、ほかの言い方もあるだろう、と。
 そう思って先を読むと、さすがにそれだけではマズいと考えるのか、「ケラなどを含めることもある」といった追記がある。だったら最初からそう書いてくれればいいのに、とツッコみたくなる。
 
 
 
 啓蟄は、たった2文字でそんなあれこれに導いてくれるから感謝しなくてはならない。いろいろ考えた末、なるほどなるほど、人心を惑わせる時期が啓蟄なのだなとうなずく。
 コガネムシ科の昆虫を地虫とする説明文には、「円筒形のからだをC字形に曲げている」と書かれていることもある。
 それには納得、まさにその通りではある。その代表種であるカブトムシの幼虫は「Cの字昆虫」と呼んでも支障がないほど見事に、Cの字体形である。
 
 
 
 すると、頭に浮かぶのがダイコンだ。漬物ができる過程を農家に教わった。
「デーコンはな、じっくり時間をかけて干すもんだ」
「へえ」
「おもしれえことにな、形がだんだん変わってくる」
「形が変わる?」
「水分が抜けるにつれてな、へ、つ、の、って変わるんだぞ」
「……?」
 彼が言いたいのはつまり、こういうことだった。
 干し始めのダイコンはみずみずしくて張りがある。ところが次第に水分が抜けて、4日ほどで「へ」の字に曲がる。それからさらに7日ほど干せば「つ」の字に曲がり、20日も経てばぐにゃりと曲がって「の」の字になる。そうなれば干し上がりで、いよいよ漬け込み作業に入る。
 その説明がわかりやすく、感心したものである。
 それでわが脳みそは「へ」「つ」は「C」と同じであると認識し、「Cの字昆虫」から干しダイコンへとリンクしたのだった。
 
 地虫は、さらに不思議な世界への扉を開く。辞書には地虫すなわち、すくも虫、根切り虫、入道虫のことであると書いてある。
 根切り虫はわかる。農家や家庭菜園をする人にはよく知られたイモムシ害虫だ。タマナヤガ、カブラヤガなどの幼虫を総称する呼び名で、野菜類の地際を食い荒らす。
 たいていはヤガ類の幼虫であるイモムシ、すなわち「Cの字昆虫」であるという点で、地虫とするのは理解できる。
 では、「すくも虫」とはなんぞや?
 虫好きのはしくれだから、その名は知っている。しかし、きちんと調べたことがなかったので、絵に描くことはできぬ。しからばと辞書をひくと、なにやら難しい文字が充てられていた。
 虫へんの漢字2文字からなる「蠐螬」だ。
 これを「すくもむし」と読むようだが、音読みにすると「せいそう」となる。すくもむしなら「虫」だと想像できるが、「せいそう」からは「清掃」「正装」、生き物に近づけても「精巣」ぐらいしか思いつかない。
 
 すくも虫はサソリのことであるとする解説もあり、イモムシから遠ざかる。
 と一瞬思ったものの、よく考えてみればサソリも「Cの字」生物である。しっぽをぐいっと曲げる独特のポーズはC字形そのものだ。
 ついでにいえば、「蝤蠐」は「しゅうせい」と読み、キクイムシ、カミキリムシの幼虫を指すらしい。いずれにしても「蠐螬」「蝤蠐」は難しい漢字だから、使うとしたら俳句の夏・秋の季語ぐらいのような気がする。地虫から始まって調べた身からすると春の季語であってほしいが、そのあたりはまあ、どうでもいいことにしておこう。
 
 地虫ではまだひとつ、「入道虫」問題がある。
 だれも問題にしてはいないのだろうが、「地虫=入道虫」とあらば、個人的には大問題、大疑問である。
 あわてて、調べる。
 と、江戸時代の浮世絵師・鳥山石燕が『今昔百鬼拾遺』で描くところの妖怪とする解説にたどり着く。その絵には、坊主頭の入道らしき妖怪が縁の下から長い首をのばし、行燈の油をぺろりとなめているような姿が描かれている。いわく、怠け者が死後このような妖怪になり、油をなめたり、灯を消したりするという。
 ただし、そこに記された名前を見ると、「火間虫入道」とある。この「火間虫入道」が「入道虫」そのものではないのだろうが、妖怪にまで話を広げさせる「地虫」は、なかなかの虫ではある。
 啓蟄からどんどん横道にそれたような気もするが、「Cの字昆虫」の存在に気づかせてくれたのだから、感謝しよう。
 「Cの字昆虫」と聞いて多くの人が思うのは、「Cの字」模様を持つ虫かもしれない。
 
 Cの字に限らず、ABCとか123とか、からだの一部にそうした文字を連想させる部分を持つ虫を集めようとしたことがある。「ジカキムシ」「エカキムシ」の名で知られる潜葉性の虫たちがつくる芸術品も含めて集めれば、面白そうだ。目玉模様をアルファベットの「O」とか数字の「0」と見るなら、ジャノメチョウやタテハチョウの仲間がいる。
 実際にいくつか見つけたものの、アルファベット26文字でさえ容易にはそろわない。
 大幅に基準をゆるめて、エルタテハとかシータテハ、イチモンジセセリ、サカハチチョウのように、種名に文字を混ぜ込んだものまで含めて探してみた。
 「Cの字」限定なら、エルタテハ、シータテハ、キタテハのはねをじっくり見ればそれらしい文字が見つかる。とはいえ、英文字ではなく、平仮名の「へ」にも見える。
 そこで屁理屈をこねられては面白くない。
 
 すると、火間虫入道の候補生のような友人が言った。
「Gなら知ってるぜ」
 それだけでだれもが連想できるようになった虫だから、もはや隠語でもないゴキブリだ。
 だからといって、そのからだにG文字を求めても見つからない。とどのつまり、CもGも、ありそうでない。
「たったら、CGでなんとかなるだろ」
 そのご託宣も、のんびりムード漂う啓蟄には許されるのか。
 火間虫入道になって「Cの字虫」狩りに遭わないように気をつけるとしよう。
写真 上から順番に
・土穴の中から外の様子をうかがうようなトカゲ
・左:カラフルなスジグロカバマダラ。ごく普通種だが、初めて見た時には感動した
・右:沖縄に行くたびに目にするキノボリトカゲ。カメレオンを思わせる
・左:雪どけを待つブナ林。虫探しには苦労する
・右:「地虫」はコガネムシ類の幼虫? たまたま見つけたら、まだ眠いのか、すぐに体を丸めてしまった
・左:カブトムシの幼虫に整列してもらった。すべてではないが、たしかにC字体形が得意なようである
・右:まっすぐに育った畑のダイコンはまだ知らない。干されると「へ」から「つ」、「の」に変わるのだよ
・俗称「根切り虫」もC字になるのが好きなようだけど、カブトムシの幼虫とちがってファンはいない
・生きているサソリはおっかないので標本さんのご登場。しっぽはイメージ通りのC字だね
・はねを閉じたキタテハ。CともLともいえる白文字模様が見えているよ

 
 
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