遅れたラニーニャ現象発生と今夏の天候(あぜみち気象散歩57) | 2016-08-24 |
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●気候問題研究所 副所長 清水輝和子 |
ラニーニャ現象発生遅れる | この春、エルニーニョ現象は終わり、今夏はラニーニャ現象が発生すると予想されていたが、ラニーニャ現象の発生が遅れている。気象庁の6月10日発表では「夏の間にラニーニャ現象が発生する可能性が高い」との予報だったが、8月10日には、「秋の終わりまでには発生する可能性が高い」と修正された(図1)。  
秋の終わりまでにはラニーニャ現象発生 図1 エルニーニョ現象の予測(8月10日発表) 気象庁 上の図は、エルニーニョ監視海域の海面水温の基準値との差の5か月移動平均値(指数)の推移を示す。5月までの経過(観測値)を折れ線グラフで、エルニー ニョ予測モデルによる予測結果(70%の確率で入ると予想される範囲)をボックスで示している。指数が赤/青の範囲に入っている期間がエルニーニョ/ラ ニーニャ現象の発生期間。 (基準値は前年までの30年間の各月平均値)     ラニーニャ現象が発生すると、太平洋の赤道海域で、海面水温が東部のペルー沖で平年より低くなり、フィリピン沖からインドネシア周辺で高くなる(図2)。この現象は太平洋の赤道付近で吹く東風が例年より強まり、表層の暖かい海水が西へ運ばれることによって発生する。今年6月の海況はラニーニャ現象発生へ向かって変化していたが、6月前半に東風を弱める“西風”が吹いたため暖水は西へ運ばれず、ラニーニャ現象の発生は足踏みした。  
西風吹き、ラニーニャ現象発生足踏み(6月前半) 図2 ラニーニャ現象の赤道付近の模式図 (海水温断面図と海面付近の風)     8月上旬の海面水温は図3のように、監視海域では低くなり、フィリピン沖では高くなってきた。ラニーニャ現象発生への変化はゆるやかで、秋の終わりまでにはラニーニャ現象が発生し、冬の監視海域は低水温が続くと予測されている。  
監視海域の水温低下はゆっくり 図3 海面水温平年偏差(2016年8月中旬) 気象庁 (平年値は1981年~2010年の平均値)  
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フィリピン沖の対流活動は不活発 | ラニーニャ現象の発生が遅れたこともあって、この夏の東・北日本の天候は不安定だ。フィリピン付近で海面水温の上昇が遅れたため、対流活動が弱く、太平洋高気圧が強まらなかったからだ。海面水温はインド洋東部で高くなり(図4)、7月の対流活動はインド洋東部や赤道の南半球側で活発だった(図5)。  
インド洋は、東部で高く、西部で低い 図4 エルニーニョ現象(海面水温平年偏差2016年7月) 気象庁 (平年値は1981年~2010年の平均値)    
インド洋東部で対流活動が活発化し、フィリピン沖は不活発 図5 外向き長波放射量平年偏差(2016年7月) 気象庁 青いエリア:雲が多い 赤いエリア:雲が少ない   フィリピンの東海上は高気圧になり、雲がなかった。例年ならば、この海域で台風などが発生し、対流活動が盛んで、そこで上昇した気流が日本の南に下降して、太平洋高気圧を強める。ラニーニャが発生すると例年以上に対流活動が活発になり、太平洋高気圧が強まって日本をおおう。 今年はフィリピンの東海上の対流活動が弱かったので、台風の発生も遅れて、1号の発生は統計史上2番目に遅い7月3日だった。1号以降はしばらく発生せず、7月24日にやっと2号が発生し、7月の発生数は平年並の4個になった。
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西日本は猛暑、東・北日本は夏空不安定 | 太平洋高気圧は1年を通して中心が日本のはるか東海上にあって、通常は夏になると西に張り出し、南海上から日本付近をおおう(図6)。ところが、今年は太平洋高気圧のようすが例年とは違っている。  
太平洋高気圧の中心は太平洋東部にあり、夏季は西に勢力を広げ 例年は南東海上から日本に張り出す 図6 例年の夏の太平洋高気圧 (気象庁の図を基に作成) 上空5000m付近(500hpa天気図) 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い   今夏の太平洋高気圧の特徴は、日本の南海上で発達せず、北日本の東海上に中心があって日本付近に張り出している。7月下旬は日本付近への張り出しが弱く、東北と関東の梅雨明けが遅れた。図7は7月下旬の上空5000m付近の天気図で、北太平洋の亜熱帯高気圧は2つに別れ、本州の南東海上には低気圧が停滞した。この低気圧は上空の寒気がシベリアから南下し、また東海上からも寒気が西進するなどして、1つの寒気の塊となって停滞したので、北・東日本の各地に俄雨や局地的な大雨をもたらした。  
南東海上には上空に寒気を伴った低気圧が停滞 図7 上空5000m付近(2016年7月下旬) 500hpa北半球平均天気図高度と平年偏差(気象庁の図を基に作成) 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い   北日本の東で強まった高気圧はオホーツク海方面まで張り出したので、7月22~24日頃にはオホーツク海高気圧が現れた。22日の地上付近の天気図を見ると(図8)、オホーツク海方面で高気圧が強まり、北・東日本に張り出している。高気圧から吹き出す北東風が冷たい三陸の海を渡り、太平洋岸に吹きつけるので、オホーツク海高気圧が現れると肌寒く、曇りや雨の天気となる。22日の東京都心の気温は22.7と7月下旬の陽気とは思えない梅雨寒となった。  
オホーツク海高気圧から冷たい風が入る 図8 地上天気図(2016年7月22日)気象庁の図を基に作成   また、図7の上空5000m付近の天気図では、2つに分かれた西側の亜熱帯高気圧が中国南部から西日本をおおっている。通常はこのように中国大陸から西日本に亜熱帯高気圧が独立して現れることはない。西日本はこの高気圧におおわれたので、梅雨明けが7月18日と例年より早く、梅雨明け後は猛暑が続いた。さらに、上空15000m付近のチベット高気圧も強く西日本張り出しているので、きびしい暑さとなっている。 西日本は6月下旬から7月上旬にかけて大雨が降ったが、梅雨明け後は暑い晴天が続き、少雨で農地や水源地は水不足の心配が出ている。四国の吉野川水系水利用連絡協議会は8月18日、早明浦ダムからの供給量を減らす第2次取水制限を19日から開始すると発表した。
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太平洋高気圧が北上・・温暖化とエルニーニョ現象の影響か | 2014年の夏から今年春まで続いたエルニーニョ現象と地球温暖化の影響で、地球全体の気温が上昇している。7月は世界の平均気温が過去最高となり、北半球全体も平年より高度が高く、気温が高い。図7と図9のオレンジから赤の濃いエリアは高温で、夏の高気圧が強いことを示しており、高気圧の位置は例年より北上している。モンゴルでは東部のチョバルサンで8月3日の最高気温が41℃を超えた。中緯度を中心に暖かな空気におおわれているので、北日本や東日本も不安定な天候のわりには気温が高い。  
太平洋高気圧の西側を台風が北上 図9 500hpa天気図(2016年8月9~13日)気象庁の図を基に作成 上空5000m付近 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い   8月に入ってからは、東海上の太平洋高気圧はやや南下して本州付近に張り出したので、全国的に暑くなった。しかし、南海上では台風や熱帯低気圧が次々と発生して、台風5号、6号、7号、11号が東海上を北上し、7号と11号は北海道に上陸。9号は関東から東北地方を縦断し、北海道に再上陸した。北海道では1週間に3個も台風が上陸し、川の氾濫が相次ぎ、農業被害が拡大している。関東から北日本の東沖が太平洋高気圧の西の縁辺にあたり、台風の通り道になっているため、台風は同じようなコースをたどっている(図9)。 太平洋高気圧の縁辺からは暖かな湿った風が入っているため、雨の降り方もスコールのように激しくザーッと降り、局地的な短時間豪雨が多発している。例年以上にむし暑い夏となっているので、まるで熱帯地方に暮らしているような気さえする。 今夏は、太平洋高気圧が東海上にあり、中心の位置が例年より北にある。例年ならば、太平洋高気圧の南側の対流活動活発なエリアは熱帯海域にある。ところが、今夏は台風や熱帯低気圧の発生する活発な対流活動の海域が例年より北上して、台風は日本の近海で多発している。夏の気圧配置のパターンが全体に北上しているようだ。 今夏の異例な気圧配置と天候に、温暖化した将来の夏を垣間見るような気がする。温暖化すると、北半球の夏の気圧配置は北側にシフトし、今年のようなトロピカルな夏が普通になるのかもしれない。私達は今、温暖化が進行していく歴史的な変化のまっただ中を生きているのだと感じる。
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