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袋ムシ――ひと皮むけば個性はどこかへ(むしたちの日曜日61)  2016-09-16

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 「マダラミズメイガが羽化したよ!」
 すこし興奮したような家人の声に誘われて水槽をのぞくと、ちっぽけな蛾がふたの裏側に張り付いていた。
 
 少し前に採集してきて、そろそろかな、まだかな、もうすぐだろうか……と毎日気にしながら水槽の中を見ていたのだが、一向に変化がない。もしかしたら、途中で死んでしまったのかなあ、とあきらめていた矢先の対面だ。当然、うれしくなる。
 
 マダラミズメイガを初めて見たのは数年前のことだった。写真で見ていても、実物に接するとまた違った印象を持つ。この蛾の場合もまさに、そうだった。
 見たのは、公園に置いてあった浴槽ぐらいの大きな水槽の中だ。ヒルムシロらしい植物が葉を広げていた。
 写真を撮ろうとしてカメラを向けた瞬間、何かが動いた。ちぎれたような楕円形の葉が、風に流されたように思えたのだ。それがマダラミズメイガの幼虫ボートとの最初の出会いだった。
 
 ボートということを誰が言い出したのか知らないが、この蛾の幼虫は切り取った水草の葉をつづって舟のようなものをつくる習性がある。それを使って、水面を移動し、えさとなる葉から葉へと移るのだ。
 今回羽化したのは、ある池で見つけて持ち帰ったものである。スイレンの丸い葉の上に、葉の残がいが乗っかったようになっていた。
 すべて数えたわけではないが、1m四方の葉の上に4、5個はあった。しかもそのうちのいくつかから、幼虫の頭が見えていた。
 
 
 
 ボートを覆うのは葉の表がわ、舟底に当たる部分にも葉の表がわを利用したものが多い。おそらくその方が撥水性が高まり、ボートが動かしやすくなるのだろう。
 虫ながら、しかも人間でいえばまだ子どもである幼虫なのに、これだけの知恵と技術を身につけているとは感心、感心。
 それにしても、じつにプリプリしている。人間の目にもこれだけうまそうに見えるのだから、天敵も多かろう。その脅威から身を守るためのボート生活を誰に教わることもなく、当たり前のように送っている。頭が下がる思いがした。
 
 
 
 いくらかの敬意を払いながら、その行く末を見極めたいと持ち帰った3艘(そう)だった。それが羽化したのだから、万歳である。
 成虫は1cmもないちっぽけな蛾だが、はねの模様だけはなかなかに美しい。その名の通りのまだら模様が特徴だ。
 でもまあ、欲をいえば、この蛾の持ち味が生かせるのは幼虫時代のボート生活だろうとあらためて思ったものである。
 水上生活者だからボートに結びつける発想にも無理はないが、生活の場が変われば、マダラマルハヒロズコガの〝蓑〟あるいは〝繭〟も似たようなものである。そして、マダラミズメイガと同じように、一度見れば、次に見つけることはそれほど難しくない。
 
 マダラマルハヒロズコガは、木の根元に積もった落ち葉の下に隠れているかと思えば、その体からすると巨大なビルに匹敵する木の幹を登っていたりする。いずれにしてもひょうたん形のケースだから、よく目立つ。
 
 
 
 表面を見ると、木くずを張り付けたようなものである。
 だからといって、軽んじてはいけない。なかなか、うまくできているのだ。
 人間であるぼくからすると、丸なり楕円にするのではなく、どうしてひょうたん形なのだという疑問がわく。保護用の部屋と考えるなら、わざわざくびれをこしらえる必要はないはずだ。ヒゲナガガも似たような蓑をつくるが、くびれなしの素直な形だ。
 だが、個人的にはあまり評価できない。機能的にはなんら問題ないと思うのだが、どうしても面白みに欠けるのだ。マダラミズメイガも水面に浮かぶボートという特殊性に価値がある。もっとも、虫たちにしてみたら、それこそよけいなお世話であろうが……。
 
 マダラマルハヒロズコガの蓑の中は、まるで磨いたようにつるつるピカピカだ。外側はざらざらしていて周囲の木や葉に同化するのに、内側には快適さを求めている。「ふーむ。おぬし、なかなかやるのう」とほめてやりたい気分である。
 何度か持ち帰り、観察したことがあるが、この幼虫もまた愛すべきキャラクターだった。内側が滑らかだから可能なのか、それとも体が柔軟なのかわからないが、蓑のどこからでも頭を出すことができる。
 
 
 
 たとえばいま、先っぽから頭が見えたとする。その前に手を差し出すと、すっと、引っ込む。
 と、その次に頭を出すのは蓑の反対側であったり、横っちょだったりするのだ。
 それが面白くて何度も見せてもらった。不思議なのは、いかにもしっかりつづってあるような蓑なのに、どこからでも頭を出すことができるなんて、なんと愛きょうのある虫だろう。
 いい加減な綴じ方をしていたら、蓑の形が保てない。それが形を崩すことなく、それでいて自在に頭を出すだけのゆとりを持たせているのだから、感心するしかないのである。
 ミノムシは英語でバッグワームという。袋状になっているものに使う言葉だと思うが、ぼくの関心はそうした袋状の自然物にある。
 言ってみれば、袋虫だ。うん、なかなかいいネーミングだ。
 ――と思ってみたが、世の中で「袋虫」というと、釣りえさにする袋イソメのことを指す用語らしい。だからいささか遠慮して、「袋ムシ」と書くことにするが、それでいくとジグモも魅力的なムシのひとつに挙がる。
 そう。今回は袋ムシがどれほどすばらしい存在であるかを知ってもらいたいというのがひそかなねらいだ。
 
 で、ジグモなのだが、わが家にも常に数匹のジグモがすみついている。
 その袋自体はそれほど美しいとは思わない。しかしながら、周囲の風景に溶け込み、何も知らずに近づく虫たちを獲物にするあたりの計画性はなかなかのものである。
 
 何も知らないダンゴムシが薄汚れた感じの袋に触れる、あるいは蛾がはねを休めるためにちょっととまる。
 と、そのときだ。まさに電光石火の勢いで、袋の中から鋏角(きょうかく)と呼ばれる〝鎌〟で、ガッシと獲物を捕獲する。そして袋の中に引っ張り込み、しかるのち、ほころびを直して次の獲物に備えるのだ。
 まさに巧妙。よく練った、粘り強い作戦だ。
 だからといって、どの虫にも通用する技ではない。人間の子どもときたら、そんなことにはおかまいなしだ。
 「さあ、ひっぱるぞ」
 といって慎重に袋を引き上げ、中に潜むジグモごと持ち上げる。ジグモにとってはそれだけでも災難だが、もっと恐ろしいのは、自分の〝鎌〟を自らの腹に向けられるのだ。
 ジグモにとって不幸なのは、日ごろ鍛えた反射神経だ。思わずガッと払いのける。そのあとは、悲劇しか待っていない。自らの腹を切り裂くことになる。
 「切腹だー!」
 悪ガキがそう叫ぶ。
 そんなことも恐れてか、ふだんは地味に、なるべく目立たぬ生活をしているのかもしれない。袋ムシの生活にも苦労が多いようである。
写真 上から順番に
・マダラミズメイガの成虫。水槽にふたをしておいてよかった!
・左:マダラミズメイガの幼虫がこしらえたすみか。山行で愛用した寝袋を連想してしまう
・右:マダラミズメイガの〝舟〟にちゃっかり便乗しているアメンボ
・左:マダラミズメイガの幼虫は実に存在感がある。プリプリしていて、おいしそう?
・右:食べ痕のすべてがマダラミズメイガのしわざではないだろうが、よく見るとあそこにもここにも……マダラミズメイガの〝舟〟が見える
・左:マダラマルハヒロズコガの蓑。見た目は木くずを張り合わせたようなものだ。それにしてもなぜ、ひょうたん形なのだろう
・右:高い木の幹に登っていたマダラマルハヒロズコガ
・左:内側はビロードのようなつやつや感がある
・右:頭を出したマダラマルハヒロズコガの幼虫。特定の位置ではなく、自在に〝顔出し〟して見る者を楽しませてくれる
・散歩中のミノムシ。うっかりすると、こうやって脱走する
・むかしの子どもたちはこの巣にジグモを閉じ込めたまま捕まえたものだ


 
 
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