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ナメクジ――進歩しすぎりゃ嫌われる(むしたちの日曜日64)  2017-03-16

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 劇作家・別役実さんの『虫づくし』は、虫好きはもちろん、虫嫌いでも十分に楽しめる作品だと思う。登場する虫たちから、なかなか示唆に富むことを教えられる。ぼくは名著のひとつに数えている。
 ゴキブリやゲジ、ナンキンムシなどが登場するが、なかでも秀逸なのが毛ナメクジだ。ナメクジに適量の「ヨウモウトニック」をふりかけると1カ月で毛が生えてくるという、毛を身にまとったナメクジの話である。
 その着想のすばらしさはともかく、まちがっても「そいつは珍しい。一度見てみたいね」なんて気を起こしてはいけない。
 毛ナメクジだよ、毛ナメクジ! イボイボナメクジというおかしなナメクジは実在するが、そんなのは足もとにも及ばない。もしかしたら雪の中でも平気で過ごせるかもしれない、毛の生えたナメクジだ。
 よほど虫に詳しい人でも見つけられまい。とにもかくにも、氏独特の発想力が生み出した架空の生き物だ。
 「なるほど。言われてみれば、ちょいとエロチックな感じもするしな」
 ウソ虫となるととたんに興味を失う人もいるが、毛もじゃのナメクジはいなくても、甲羅の名残を背負ったナメクジなら、よく見かける。たとえばコウラナメクジだ。名前からして、素人にも実にわかりやすいナメクジではある。
 
 酉年だからというわけでもないのだが、「鶏が先か卵が先か」という会話を耳にする機会が増えた。そしてそれはそのまま、「カタツムリが先かナメクジが先か」という話につながり、いつかどこかで書いたことの繰り返しになる。現状では、カタツムリの進化系がナメクジだとされている。カタツムリが殻を捨てれば、スキルアップした生き物になれるということか。
 言ってみれば、マイホームにしばられた暮らしから解き放たれたのが、われらがナメクジくんなのである。
 ん? いつの間にかナメクジを友達にしてしまっているが、この時期にも出会うものということでいけば、わが菜園では最もよく顔を合わせる生き物である。
 
 
 
 見かけだけのビニールハウスではあるが、ハウスはとりあえずこしらえた。無加温で冬を越すことになるため、なんとかして温度を上げようと、あーでもない、こーしたらどうかとあがいてみた。そんな中で有力視したのが踏み込み温床だ。
 とにかく、落ち葉、落ち葉。自宅のすぐ前にある雑木林に入り込んではザザザ・ガサガサガサと落ち葉をかき集めた。それをハウス内に掘った穴ぼこにどんどこどんと放り込み、もらってきた米ぬかを入れ、油かすも混ぜ、また落ち葉を積み重ね、米ぬかを加え、落ち葉、米ぬか、落ち葉……と繰り返す。そしてふた代わりのビニールをかぶせて一昼夜。そのおかげでホカホカポカポカ、なんともいい感じでホットなハウスとなってきた。
 ……とはいかなかった。まったく。
 270円で買ってきた温度計を落ち葉の山につっこんでも、ハウスの室温と変わらない。マイナスにならないだけマシといえばマシなのだが、それではあんまりだ。
 そう思って落ち葉にかぶせたビニールをよくよく見ると、うっすらと汗をかいたビニールの内側に、何ものかがはった痕がある。つつつーっと、まるで指で描いたようなやや太めのラインである。
 「これって、どこかで見たよなあ」
 直感はいつも直感らしいスピードで正解を示す。
 ナメクジのはい痕だ。それが2すじも3すじも見える。
 冬場にも見られる虫ということで、本来なら感謝しなければならない。しかもハウス内である。
 でもなあ、ナメクジだもんなあ、というのが本音だ。毛ナメクジぐらいのインパクトがあれば、じっくり観察してみようという気も起きるのだが。
 その数匹のナメクジは、そんなこと知ったものかと、そそくさと逃げだす。逃げ足は思ったよりも速い。
 なんとかして冬も食べたいという思いからイチゴの株もいくつかハウス内に置いているが、実がなっているわけでもないので被害はない。放っておいて問題ないとなれば、まあ勝手にすればいいさと鷹揚に構える。
 
 ナメクジにわが思いが通じれば、「ありがたい、ありがたい」と感謝し、いずれ恩返しをしてくれるやもしれぬ。真珠のように美しい卵は以前、見せてもらった。ナメクジはどうやら、秋から冬にかけて繁殖期を迎えるようだ。真剣に探せば、卵焼きができるくらい、卵が見つかるだろう。
 首すじにぽっかり開いた呼吸孔も拝んだ。いや、見てやった。だからせめて、イチゴが実ったあかつきには手を、いや口を出さんでくれよなと祈ったものである。
 
 ナメクジはだれかに、感謝されたことがあるのだろうか?
 民間では身のまわりにあるものをなんでもかんでも薬にしてきた歴史がある。だったらナメクジもと思って調べると、「蛞蝓」という漢字の名前を持つナメクジは「かつゆ」と呼ばれて、昔から使われてきたという。
 ムカデに刺された際に塗ったり、ぜんそくの薬として使ったりした。
 かと思えば声がよくなる、結核・胃病・腎臓病にも用いたと紹介されている。さらには、がんにも効きそうなありがたい薬となる生き物であるということも知った。
 西日本の某県には、特許をとった虫さされの特効薬「なめくじ油」があるというくらい注目されている。カタツムリやナメクジなどは広東住血線虫の中間宿主になる恐れがあるというのにすごいことだ、と2度びっくりである。
 同じぐにゃぐにゃ生物でも、カタツムリはまだいい。硬い殻の部分があるから、なんとか手でつかめる。あとでしっかり手を洗うことを忘れなければ、とりあえずの心配は回避できよう。
 だが、あのぐにょぐにょくねくねしたナメクジ本体にふれるのは相当な勇気がいるとぼくは思う。しかも病気になるかもしれないといわれたら、ナメクジは手にしたくない。
 
 その点、と力を入れるのはおかしいのだが、ナメクジにしてナメクジにあらずというナメクジがいるのは、(ほんのほんのちょっぴりだが)心強い。
 いったい何を言っているのか。
 アシヒダナメクジというナメクジが、沖縄あたりに存在すると言いたいのだ。それがその名前とは裏腹に、ナメクジではない「ナメクジ」なのだ。
 カタツムリの殻ではなくナメクジの名を借りるくらいだから、見た目はやっぱり、ナメクジのような風体である。
 殻はなく、黒っぽい体。小さなわらじのように見える。分類上は腹足類に属すから、大くくりではカタツムリやタニシ、ウミウシなども身内だろう。
 
 ところがもう少し絞り込むと、カタツムリやナメクジとはちょっと異なるグループに所属し、海にいるイソアワモチやドロアワモチに近い生き物だということになっている。だったらアシヒダナメクジなんて名前にせずに「アシヒダアワモチ」とでもすればよかったのに、なんて思ってしまう。
 そのアシヒダナメクジも、初めて見たときには素直に感動した。
 「おお、これがナメクジなのにナメクジではないというクイズみたいな〝にせナメクジ〟なのね、そーなのね」と。
 
 イソアワモチは海辺で何度か目にし、つかんでもみた。アワビと同じだ、高級食材だぞ、と自分に言い聞かせたうえでの手乗りイソアワモチであったが、どうも、ぼくとの相性はいまひとつだ。そのくせ、「おー、これが沖縄県のいくつかの島で食するというアレなんだな」と思うと、やっぱり感激したものである。
 そのイソアワモチの親戚すじのアシヒダナメクジだが、「ナメクジ」と付くから、ふれたくない。初の遭遇シーンでは、そこらに転がっていた木の枝でひょいっとひっくり返してみた。
 と、それはアワビだった。
 もちろん、にせナメクジが突然アワビに化けるわけはないのだが、ナメクジのイメージではなく、アワビに近かったということを伝えたいのだ。
 
 口直しというわけではないが、ナメクジといえば忘れたくないのがナメクジウオである。
 誤解を恐れずに言えば、原始的な魚、魚になりきっていない魚のようなものだ。「やっとこさ背骨らしいものができやしたぜ」といばっているような生き物だ。それでもナメクジから見ればうんとスマート、舌平目のようなイメージを与えてくれる。
 しかしまあ、ナメクジ話でここまで引っ張っていいのかなあ。
 ――なんて、これっぽっちも思わない。
 まあ、話のタネということで、どっとはらい。
 
写真 上から順番に
・いまにも襲いかかりそうなナメクジ。なんてことは、まったくありません。たまたまの1カットですよ
・カタツムリには殻がある。ただそれだけで好感度が増すのもいかがなものか――といいながら、賛同する人はやっぱり多いね
・左:わが家で見る機会が多いのは、なんといってもチャコウラナメクジだ
・右:哀愁漂うナメクジの後ろ姿。何を思ったのか、このあと暗闇に姿を消した
・変身中のナメクジ? 実は瀕死の状態のようでして……じっとしている
・呼吸口を広げて、よいしょよいしょ。ナメクジたちに行けない場所はないようだ
・ナメクジの中の横綱といえば、やっぱりこのヤマナメクジだ。どどーんと登場。見た人はびっくりだけど
・「ナメクジ」にしてナメクジにあらず。アシヒダナメクジをひっくり返すと、ほらあ、アワビそのものに見えてくる……よね?
・沖縄にいるヤンバルヤマナメクジ。つるんとしてかわいいけれど、どうやらまだ仮称らしいね
・これは手乗りイソアワモチ。な~んちゃって
・原始的な形態を残すナメクジウオ。背骨はないが、脊索というものができている。「生きた化石」といっていいだろう

 

 
 
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