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アオマツムシ――国際的な音楽家(むしたちの日曜日68)  2017-11-13

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 いまの家に引っ越してすぐ、シンボルになりそうな木として選んだのが樹高3mほどのハクモクレンだった。かれこれ20年ほど前のことだ。翌年からランプのほやのような白い花を咲かせてくれたのがうれしく、それ以来、春の訪れが待ち遠しくなった。
 アブラゼミの脱け殻が庭で見られるようになったのは、植えて3年過ぎたころだったと思う。大きな葉っぱの裏にくっついているのを見つけたのが最初だ。
 わが家で生まれたセミかも……。
 虫好きゆえの手前勝手な心理がはたらき、一瞬、そう思った。だが、家の目の前には雑木林が残っている。もしかしたら、そこからやってきたのではないかと考え直した。
 
 
 
 だがしかし、それもあり得そうにない。セミの幼虫を「ノコノコ」と呼ぶ地域もあるようだが、6m道路をはさんだ向かい側の雑木林からわざわざ、のこのこやってきて、わが家の庭の木に登り、そこでうんこらよっこいしょっと脱皮するセミはいまい。移動の途中で車に踏んづけられてしまうのが関の山である。ということは……。
 再び考えた末にハタとひらめいたのが、ハクモクレンを庭に植えたとき、幼虫がすでに根っこか幹内に侵入していたのではないかということだ。確かめるのは難しいが、可能性は否定できない。
 クマゼミの北上が進んだのは、そうやって植木にくっついてきたせいだという見方がもっぱらだ。人為的な植木移動による進出というわけである。
 単に動いただけでは、冬を越せずに死んでしまう。それを許したのが地球温暖化だといわれれば、素人のぼくなど、たいして疑うこともなく、その説にうなずいてしまう。
 なんでもかんでも温暖化に結びつけるのはいかがなものか、という批判もある。しかし、温暖化の影響で北上する虫がふえているという話は、専門家といわれる人たちもよく口にする。ナガサキアゲハしかり、ヒロバネカンタンしかりである。農業害虫も数多く、カメムシの仲間は特に、この先の分布拡大が心配されている。
 
 
 ぼくの身近にもいるアオマツムシも、樹木の移動や温暖化の影響で広がった虫かもしれない。明治時代に中国大陸から入ってきた外来昆虫だという意見が多いものの、決定的な証拠がない。東京の赤坂榎木坂で確認されたものが日本初記録だとわかっていながら、その時期でさえ2つの説があるという。
 でもまあ、それくらいミステリアスな虫の方が面白みは増すというものだ。関東大震災にも東京大空襲にもへこたれず、不死鳥のようによみがえった感がある。よそから入り込んだだけあって、アメリカザリガニやウシガエルなどと同じように、かなりタフな虫ではあるようだ。
 チンチロリンという鳴き声で有名な日本在来のマツムシは茶色だが、このガイジン虫(?)は緑色をしている。だから、アオマツムシと呼ばれるようになった。まさに、そのまんまの命名だ。
 フォルムは紡錘形。オスのはねには音を出すためのやすり模様があってデザイン性を高めているが、鳴くことのないメスの背中はつるんとしていて魅力を感じない。だがまあそれはマツムシ、スズムシのメスたちにも共通するイメージだから、これ以上けなすのはよそう。
 
 
 
 「アオゴキブリ」と呼ぶ人もいると知って、座布団を1枚あげたくなった。なかなか、スルドい表現だ。
 アオマツムシの最大の特徴は、生涯を木の上で過ごすことだろう。夏から秋の終わりまで、本家のマツムシよりずっと長く鳴き続ける。
 しかも、相当な大声である。
 リーリーリー……。
 文字にすればこんな感じだが、ふけゆく秋の夜にしみじみと耳を傾けるようなものではない。集団で鳴くせいか、驚くほどの大音響となる。
 だいたいにおいて、日本人が愛してきた虫の声は草むらでかぼそく、はかなげに鳴くものである。だから、「虫の声を聴きに行かないか」なんていう風流なイベントもいまなお続いている。いくらか涼しげな秋の夜のひとときを過ごすには、またとない催しであるからだ。日本人に生まれてよかったなあ、と実感できる。虫の鳴き声を楽しむことができるなんて、ちょっとしたぜいたくではないか。
 
 ところがアオマツムシには、鳴く虫の多くに共通するそうした常識が通じそうにない。鳴き声は頭の上から、これでもか、まだ足りないだろう、やれ聴け、もっと聴けとばかりに執拗に迫ってくる感じがあるからだ。日本人の耳や脳みそは、そうしたしつこい虫の鳴き声に慣れていない。
 だがそれも、これまでの話だ。西洋の激しい音楽を普通に聴いて育った世代は、アオマツムシのように勢いのある楽調を愛するかもしれない。むかしから歌は世につれ、世は歌につれ、なんて言うもんね。
 アオマツムシが騒ぎ鳴く木の下で、同行者に聞いたことがある。大都会の街路樹の下だった。
 「これ、うるさくない?」
 「何のこと?」
 ひっきりなしに走る車の音にかき消されるのか、それとも関心がないからなのか、とにかく、アオマツムシの鳴き声なんて耳に届いていないようだった。
 わが家のすぐ目の前の雑木林の林縁部で鳴くアオマツムシだが、実をいうとまだ飼ったことがない。
 マツムシは、スズムシやコオロギのように、土の中には産卵しない。ススキやササなどの茎に卵を産む習性があるからだ。それで初めてマツムシを飼育し、翌年ふ化したときには大いに感動したものだが、同じ「マツムシ」姓でもアオマツムシをわざわざ飼ってみようという気持ちにはなれなかった。アオマツムシはマツムシの習性ともまた異なり、木の枝に産卵する。
 
 
 
 もともと鳴く虫は好きだから、コオロギも何種か飼ったし、キリギリスも育てた。いまでもときどき、鳴く虫を飼いたい、繁殖させたいという衝動にかられる。
 だが、アオマツムシは端的に言って、ケバい印象がある。だからというわけでもないが、いじけたアオマツムシの一部はナシやカキの害虫と化し、果樹農家から敵視されている。
 とはいえ、いわゆる食わず嫌いかも。実際に育ててみれば、新たな魅力が見いだせるかもしれない。
 ぼくは素直に反省した。
 「ごめん。アオマっちゃん!」
 
 玄関の明かりに誘われてやってくることもあるが、それを待つのもまどろっこしい。そうでなくても、目の前の雑木林で盛んに鳴いているのだ。
 そう思ったのは、まだ夏といっていい時期だった。なにしろ鳴く期間が長い。もう少しして、蚊の攻撃を受ける時期でなくなったら、捕獲して飼ってみようと心に決め、そのための水槽も新調した。
 ところが――。
 なな、なんと!
 一大群生地であったわが家の目の前の雑木林が、消えてしまったのだ。
 いつかはこうなるかもしれないと覚悟はしていたが、アオマツムシ飼育大計画を立ち上げたとたん、何本もあったケヤキやコナラやクヌギの木が住宅地造成のために、あっという間に伐られてしまったのである。
 ああ、あわれなアオマツムシよ。
 そのショックから立ち上がれないまま、季節は冬にバトンを渡す準備を始めた。来年こそ、といまは思っている。怖いのは、ぼくはそうした計画をあまりにも多く抱えていることである。

写真 上から順番に
・左:ハクモクレンの花。春先に咲く、白くて大きな花が大好きだ
・右:ハクモクレンを植えて数年後には、アブラゼミが羽化した。その理由は?
・クマゼミ。植木の移動によって分布域が広がったとされている
・左:ナガサキアゲハ。温暖化が進んでわが家でもみられるようになった。喜ぶべきか、嘆くべきか
・右:ヒロバネカンタンも温暖化の申し子だとよくいわれる
・左:アオマツムシのメス。目立つ色のわりには、はねの模様が地味すぎる
・右:アオマツムシの幼虫。日本にはなかったデザインに見える
・ちょいと人相(虫相?)、悪くない? 穏やかにいきたいね
・左:アオマツムシの産卵管。これで木に卵を産むのだね
・右:飼育していたマツムシ。スズムシと同じナスとかつお節を食べてくれたが、土の中には産卵しない。ちなみにこれはオスだけど……
・わが家の玄関灯にもたびたび姿を見せる
・ありし日(?)の自宅前の雑木林。いやあ、さびしくなったね


 
 
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