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アシブトメミズムシ――キュートな猛獣(むしたちの日曜日70)  2018-03-13

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 水ぬるむころ、まさに水に誘われるようにしてトウキョウサンショウウオの産卵を見に行く。自宅から30分も車を走らせれば、いつもの田んぼに到着だ。
 できるなら、もう少し早い時期がいいのはわかっている。田んぼのまわりの雑木林から成熟したカップルが集まり、愛の交歓をするシーンが見られるからだ。
 熱心な観察者はたぶん、寒さを気にせず冷気に負けることもなく水場を目指す。
 ぼんくらウオッチャーであるぼくは、その日の気分で行動する。だからもしサンショウウオに生まれかわったら、やさしいカノジョに出会う確率はきわめて低い。俗にいう、あぶれオスになるだろう。
 そんな調子だから、目にするのは、産み出して数時間、あるいは数日を経たバナナ状の卵のうであることが多い。
 それでも十分にぼくはうれしく、2、3日は幸せな気持ちになれる。努力をしない分、ささやかな成果にも満足できる性格なのだ。
 
 このサンショウウオ詣ででは、ミズムシに出会うことが多い。手足にすみつくかゆいアイツではなく、水中のワラジムシあるいはゴキブリとでも呼びたくなる奇妙な生き物だ。
 予定していないムシだから、得をした気分になる。友達にするのはためらう外見だが、見ているとなぜだか引き込まれる。
 「コイツ、いったい何を考えて生きているのだろう……」。ことばが通じるなら、一度は尋ねてみたい不思議な存在ではある。
 そしてそのミズムシは、長いことぼくのあこがれだったある昆虫に結びつく。
 念のためにいうが、連結するわけではない。連結ネタなら、数珠つながりで産卵する海の奇っ怪生物・アメフラシにゆずる。
 ぼくの頭の中でつながるのは、アシブトメミズムシだ。動植物の名前は片仮名で表すのがふつうだから、仮名の並びを見ているだけでは味気ない。あしが太くて眼が目立つミズムシ、と読み解けば、いくらか親しみがわくはずだ。
 ん? 一向に、わいてこない?
 そういう人はスマホでもパソコンでもいい、この9文字を打ち込み、ちょちょちょいっと検索してほしい。そうすれば無味乾燥な呼び名とは異なる、なんとも魅力的な虫が姿を見せてくれる。
 
 ――と言っても、実際に調べるのはぼくのようなヒマ人だけだろう。虫だけに無視するのがいちばん……と寒いギャグをとばすのもさびしいから、まずはぼくの撮った写真を見てもらおう。
 ね。見るからにカッコいい虫さんでしょ。
 ぼくはこの虫を知ってから、なんとしても会いたいと思うようになった。聞いたり調べたりすると、沖縄に出向けばそれほど難しくないという。
 
 「アダンやモンパノキが生えている砂浜に行くだろ。そんでもって、水際は無視して、草がもじゃもじゃ茂るあたりを探せばいいんだ」
 「そうそう。ちょっとゴミがたまったような、とくに発泡スチロールが転がっているようなところをね」
 
 かの地の事情に詳しい友人が、申し合わせたようにそうのたまう。さればとて、沖縄に出かければ必ず、だれもが言うポイントを探った。だが、ゴミをけちらし、草をかき分け、はいつくばって砂粒を数えるように探してもまったく見つからない。
 一度や二度なら、努力不足を指摘されても仕方がない。しかしそうやって大捜査した回数は、2桁になるはずだ。
 
 ――ああ。天はわれを、見捨てたか。
 八甲田山の映画にたしかそんなせりふがあったよなあ、と思いながら雨つぶを顔に受けて嘆き、あるいは低く垂れこめた雲を呪い、あるときは抜けるような青空をもうらんだ。
 ところが神は、どの神さまかはわからぬが、ともかくはぼくをまだ、完全に見捨てていなかったようである。
 ブブブー……。
 音の出ないガラケーが、怒ったようにテーブルをたたく。
 たまーに届く友人からの一報だった。「奄美に行くけど、アシブトメミズムシ、見つけたらとってこようか」
 えええー!?
 「欲しい欲しい、ぜひお願いしまーす!!」
 びっくりマークの安売りでもあれば、全部買い占めてくっつけたい勢いで、すぐさま返信した。
 実は前にも、同じようなメールをもらっている。しかし、通い慣れた観察地だというのに、なぜだか1匹も見つからないという苦い報告を受ける羽目になった。今回はとにかく冷静に、過度の期待をせぬように……と自分を言い聞かせ、連絡を待った。すると現地に入ってすぐ、いたよ、という朗報が当たり前のようにもたらされた。
 
 それからの数日がいかに待ち遠しかったことか。
 生息地の砂とともに、彼らはわが家にやってきた。むろん、わが家の住人あげての歓迎である、はずだったのだが、家族のヨロコビは予想したほどではない。
 歓迎会を開くべしと強く思っていた身である。飾り付けこそしなかったが、わが家の住人どもはなぜにかくも冷淡、冷静でいられるのか。
 
 答えとおぼしき解は出た。おそらく、体が小さいからだ。
 体長は1cm足らず。幼虫なのだろう、その半分ぐらいのさらに小さいものも混じっている。
 ならば。引き出しからルーペを持ち出し、お宝虫を拡大して見るよう告げた。くれぐれも無礼なふるまいをせぬよう、つぶさぬよう申し添えて。
 
 「なに、これ。かわいいじゃない!」
 「小さいけど、カッコいいわねえ」
 それはないぜ。これだからシロートは困るのだ。
 よく見ればタガメのごとき太短い鎌を有することに気づくはずだ。ひしゃげたような頭にも、タガメのような目玉が張り付いている。全体に平べったく、茶色いかさぶたのように見えなくもない。
 
 鎌を持つ奇妙なペラペラ生物を見ていると、タイコウチやコオイムシ、ナベブタムシなどの水生カメムシを思い出す。
 それもそのはず、アシブトメミズムシはカメムシ一派の一員なのである。名前だけみればミズムシも同類かと思えるが、チビミズムシはまだしも、ミズムシはミズムシ科、アシブトメミズムシはアシブトメミズムシ科におさまり、微妙にたもとを分かつ。
 カタゾウムシがお星さまになったために空いたヒーター付きの水槽にお入りいただき、庭からとってきたダンゴムシやワラジムシをえさとして与えた。ちょこまか歩きがふつうのようで、ちょっと進んでは止まり、何拍かおいてまた動きだす。
 それを見て思ったものだ。
 ――ははあ、こいつら、だるまさんごっこが好きかもしれないな。
 スマートな動きではないが、それでもタガメの仲間らしく、やるときはやる。そのために針状のくちを持つこともタガメと同じだ。
 
 
 とはいうものの、その針でえものを捕らえ、チュチュチューッと体液を吸う決定的な瞬間はまだ見ていない。
 実に悔しい。しかし、ダンゴムシを入れて2、3日すると砂の上に死がいがいくつか転がっているところを見ると、飢えだけは避けられるな、とホッとする。
 
 そんな中、日本の温度上昇スピードは外国よりも速いらしいという、地球温暖化の新たなニュースが入った。21世紀末までに最大5.4度も高くなるかもしれないという。
 こうやって新たな数字が示されるたびに、作物への影響や病害虫の変化が心配される。そしてぼくもいつものように農業の将来を思い悩むのだが、始末の悪いことに、しばらくすると別のささやきが聞こえてくる。
 アシブトメミズムシは九州南部以南にしかいないとされている。だが多くの生き物がそうであるように、暖かくなれば生息地が北上し、目にする範囲がふえるかもしれない。となれば、わが居住地を抱える房総半島にも出没するかもしれない。
 そんな夢想自体が不謹慎なのだが、それでもやっぱり、頭から消えてもらうのは……ムズカシイなあ。
 
写真 上から順番に
・サンショウウオがすむ場所に行くと、ミズムシもよく見つかる
・ミズムシ科に分類されるミズムシ。アシブトメミズムシはアシブトメミズムシ科だから、同じ「ミズムシ」でも微妙に異なる
・古代生物のようにも見えるアシブトメミズムシ
・聞いた話ではこうした沖縄の海岸にいるらしい。だが、時期が悪いのか、場所がまずいのか、自分ではまだ見つけられない
・小さいながら、太い鎌を持つ。タガメの仲間だと思うのは、この鎌のようなあしを見たときだ
・ひっくり返して見ると、とても愛らしい
・タイコウチも水生カメムシの代表種のひとつだ
・左:習性なのか仲間意識が強いのか、近くでかたまって砂にもぐることが多い
・右:ワラジムシが近くに来ても知らんぷりのアシブトメミズムシ
・沖縄ではハマダンゴムシをえさにしているという。だが、ハマダンゴムシが簡単に見つかる千葉県なのに、アシブトメミズムシは見つかっていない

 
 
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