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長い秋雨と台風接近(あぜみち気象散歩82)   2020-10-29

●気候問題研究所 副所長 清水輝和子  

 
残暑、台風、秋雨
 この秋は、9月は残暑がきびしく、10月は寒暖変動が大きかった。台風は上陸こそしていないが、9月は大型台風が接近して九州を中心に被害が発生した。太平洋岸には秋雨前線が停滞しやすく、曇りや雨の日が多かった。10月になっても秋晴れは続かず日照不足が続き、下旬後半からやっと秋らしい天候になった(図1、2、3)
 

9月残暑、10月寒暖変動
図1 地域平均気温平年偏差5日移動平均時系列(2020年8月~10月) 気象庁
 

9月は高温と日照不足、西日本と東北で多雨
図2 気温平年差℃、降水量・日照時間平年比%(2020年9月) 気象庁
 

10月も日照不足
図3 日照時間平年比%(2020年9月30日~10月27日) 気象庁
 
強い太平洋高気圧
 この秋は、太平洋高気圧が例年より強く、高気圧の北側の太平洋岸は前線帯となりやすく曇りや雨の日が多かった。太平洋高気圧は日本の東海上を中心に強かった。これは今秋の特徴で、長雨の原因となった。
 

黄海から西日本に寒気が南下し、南西風強まる
図4 500hPa北半球平均天気図 高度と平年偏差(上空約5000m付近)
2020年9月(平年値は1981年~2010年の平均値)
(気象庁の図をもとに作成)

:平年より高度が低く、気温が低い
:平年より高度が高く、気温が高い
 
 図4の9月の上空の天気図を見ると、太平洋高気圧が北日本の東海上で北に張り出している。反対に日本の西側では寒気が黄海付近から西日本に南下し、上空の偏西風の流れは日本の西で南下した。このため、日本の上空は南西の流れになり湿った風が入った。寒気の影響で不安定な天気となったことに加えて、太平洋高気圧の西の縁辺からも湿った風が入ったため、曇雨天が多かった。太平洋高気圧の西の東シナ海では台風が2つ北上し、九州を中心に大雨や暴風に見舞われた。
 10月も太平洋高気圧は日本の東海上で北に張り出し、中国大陸北部に寒気が南下したので、日本付近の上空には引き続き南西風が入り、秋雨が長引いた。(図5)
 

太平洋高気圧は東海上を中心に例年より強い
図5 500hPa平均天気図 高度と平年偏差(上空5000m付近)
2020年10月中旬(平年値は1981年~2010年の平均値)
(気象庁の図をもとに作成)

:平年より高度が低く、気温が低い
:平年より高度が高く、気温が高い
 
 太平洋高気圧は10月になると、通常は南東海上に後退していくものなのだが、近年はいつまでも日本の近海に居座っている。太平洋高気圧の北側は前線帯になり、秋雨前線が停滞しやすい。太平洋高気圧が強いと、地上付近の移動性高気圧や低気圧を動かす偏西風の流れも例年より北よりになるので、秋晴れをもたらす移動性高気圧は北日本を中心に通る。とくに関東地方では“北高型”といって高気圧から吹き出す北東の風が入り、雲が多くなり秋晴れにはならない(図6)
 

北高型で北東風入る
図6 地上天気図(2020年10月16日15時) 気象庁
 
 この秋は太平洋赤道付近の海水温が東部で平年より低く、西部で高いラニーニャ現象が発生している(図7)
 

ラニーニャ現象発生
図7 海面水温平年差(2020年10月中旬) 気象庁
 
 ラニーニャ現象が発生すると太平洋高気圧は例年より強く、日本への張り出しも強いが、中国大陸方面まで張り出すことが多い(図4、5)。気になるのは、近年はラニーニャ現象が発生していなくても、大陸南部に張り出す年があることだ。地球温暖化で亜熱帯高気圧が強まっているので、図4の9月の上空の天気図をみても、低緯度から中緯度は例年より気温が高くなっている。秋の太平洋高気圧は、年々西側へも北側へも強まる傾向だ。
 
特別警報は出されなかった台風10号
 きびしい残暑で、日本の近海では8月下旬に海面水温が30℃を超える海域が広がった(図8)。台風は、8月下旬から9月上旬にかけて九州の西の海上を8号、9号、10号が次々と北上し、高水温の海から多量の水蒸気をエネルギー源にして発達した。
 

日本の南海上から東シナ海は30℃を超える
図8 海面水温(2020年8月下旬) 気象庁
 
 3つの台風のうち陸地に最も接近して北上したのは、台風10号だった。9月5~7日にかけて大型で非常に強い勢力となって沖縄地方を通り、九州の西を北上し、朝鮮半島に上陸した(図9)
 

台風10号九州の西の海上を北上
図9 令和2年台風10号経路図   気象庁
(経路上の○印は傍らに記した日の9時、●印は21時の位置)
 
 南西諸島と九州を中心に暴風、大雨、高波、高潮に見舞われた。長崎県野母崎では最大瞬間風速59.4m/sを観測し、各地で記録的暴風となった。また、沿岸では屋久島で10.4mの高波が観測され、鹿児島県奄美では潮位が216㎝の高潮となった。4~7日までの総降水量は宮崎県神門で599.0㎜を記録し、宮崎県の4地点で400㎜を超えたほか、台風の中心から離れた高知県鳥形山で352.0㎜、神奈川県相模湖で272.0㎜など、西日本や東日本の太平洋側でも大雨となった。内閣府によると死者・行方不明者6人、重軽傷者は111人に上った。
 7月の豪雨で被災した熊本県では収穫を迎えたクリや水稲など、鹿児島では野菜や果樹、県内の島や沖縄ではサトウキビなどに被害が広がった。山口県でもレンコン、ナシ、水稲に被害が目立った。
 
 台風10号は特別警報級の勢力に発達し、接近または上陸する恐れがあると予報され、気象庁と国土交通省は9月2日から早めの備えを何度も呼びかけた。4日18時には台風の中心気圧は920hPaまで下がり、大型で非常に強い勢力を保って奄美の近海に向かって北上した。特別警報の発表条件は、台風の場合は中心気圧が伊勢湾台風級の930hPa以下、または最大風速50m/s以上を保って中心が接近・通過すると予想される地域となっている。気象庁は5日20時に、中心気圧が930hPaで、6日夜に奄美地方を除く鹿児島県に接近または上陸する恐れがあることから、鹿児島県に特別警報を出す可能性を予告した。しかし、6日9時30分の報道発表では、鹿児島県接近時の中心気圧は935hPaと、やや勢力を弱めた予報になり、特別警報の基準に届かないため発表は見送られた。結局、台風10号は特別警報が出されるまでには発達しなかったが、6日午後から7日朝にかけて、945hPaと非常に強い勢力のまま、九州の西の海上を北上した。
 
 コロナ禍の台風接近に、3蜜を避けながらも20万を超える人々が避難をしたが、昨年の台風19号のような河川の氾濫などの大きな被害はなかったので、特別警報の発表予告は適切だったのかという批判の声も聞かれた。
 気象庁はこれに応え、のちに予報の検証を行った。9月16日発表の検証資料によると、台風の発達が当初の予想より弱かったのは、東シナ海から乾燥した空気が台風に流入したこと、海面水温が8号、9号と連続して東シナ海を北上したことによって、海面がかき混ぜられて低くなったことなどが主な理由としてあげられた。西日本の雨量については、台風が早い速度で北上したため雨が長時間続かなかった。高潮も、速度が早まったため満潮の時間帯とピークが重ならなかった、など、予想を下回った要因を検証し速報した。
 
 気象庁では、毎年台風予報の精度の検証を行い、発表している。進路予報の精度は長期的にみると向上しているが、中心気圧や最大風速の強度の予報は進路予報より難しく、特に近年増加傾向にある、急速に発達する台風は、予測をより困難なものにしているようだ。それでも、予測手法の開発や数値予報モデルの改良などで、少しずつ向上してきている。
 
台風12号、14号接近
 台風12号と14号の進路は、台風10号に比べて予報より大きくずれた。
 台風12号は9月21日に日本の南海上に発生し、当初は東海地方付近に上陸して北陸沖の日本海に抜ける予想だったが、22日には進路予報が東よりに変わり、関東へ直撃する可能性が高まった。実際は南海上を北東進し、本土にはあまり接近することなく、24日に関東の南海上で温帯低気圧に変わった(図10)
 

台風12号南海上を北東進
図10 令和2年台風12号経路図   気象庁
 
 台風14号は10月5日に日本の南海上で発生し、9~11日にかけて南海上を東進して伊豆諸島南部に大雨をもたらした(図11)。7日発表の14号の進路予報では、本州の太平洋岸沿いに進み、関東に上陸する可能性も予想されていた(図12)。実際は伊豆諸島の南東で南に向きを変えて、12日9時に小笠原の近海で熱帯低気圧に変わった。秋の台風は、通常は日本付近まで北上すると、北から南下してくる上空の偏西風に乗って、北東方向へ離れていく。台風14号は偏西風が北に離れていたため乗るタイミングを失い、当初の予報より南に進んで、伊豆諸島南部は大雨に見舞われた。気象庁は10日17時に三宅村と御蔵島村に大雨特別警報を発表した。三宅島と八丈島では土砂崩れが発生したが、幸いなことに人的・物的被害はなかった。
 

台風14号南海上を東進のち南下
図11 令和2年台風14号経路図   気象庁
 

台風14号は太平洋岸を北東進し上陸する可能性も予想された
図12 令和2年台風14号進路予報(10月7日22時発表) 気象庁
 
 台風は周辺の海水温や対流活動、水蒸気の量や流れ、偏西風の流れなど、様々な気象条件によって進路や発達強度が変わり、スーパーコンピュータで計算しても正確な予報は難しい。台風10号の進路予報は、発生後の初期の頃から毎回ほとんど変わらず九州の西沖を北上するコースで、実際に進んだ経路と比較すると大体一致している(図9、13)
 

図13 令和2年台風10号進路予想(2020年9月3日15時発表) 気象庁
 
 中心気圧の予測こそ強めに出ていたが、非常に強い勢力で九州に接近して北上し、台風12号と14号に比べれば誤差は小さく、かなりの精度で予報されていた。台風は1つ1つ個性が違うので、台風12号や14号のように予報精度が低い台風はよくあることだ。世界各国の気象機関も12号、14号の予報は当初からバラツキがあった。それに比べると台風10号は、台風情報を長年見ている筆者にとっては感動的といってもオーバーではないくらい順調に、予報通りに進んだ。もしも、もう少し東よりに北上したならば上陸して九州を縦断し、大きな被害が出ていたに相違ない。台風10号は影響する範囲も広く勢力も強かったので、特別警報が取り下げられたといっても批判するには当たらないように思う。特別警報級の警戒が事前によびかけられたら、浸水や土砂災害の危険地域では速やかに避難することが最良だ。
 

 
 
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