ログイン会員登録 RSS購読
こんにちは、ゲストさん
トップ > コラム
コラム
コラム筆者プロフィール
前を見る 次を見る
アメリカザリガニ ――振り回されて行きつく先は(むしたちの日曜日91)  2021-09-16

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 「へえ、そうなんだあ」
 アメリカザリガニがいよいよ特定外来生物の指定に向けて動きだしたというニュースを知って、最初に思ったのはそんなことだった。
 規制をもっと強めなければならないという議論は以前からあった。だがその一方で実効性を問う声が強く、検討中という状況が続いていた。
 さすがにここらで手を打つべきだという判断が働いたのだろうが、「だけどなあ……」という気持ちも捨てきれない。
 生態系への影響うんぬんは、いまに始まったことではない。田んぼに穴を開ける、あぜを壊す、在来の動植物を捕食・食害する……などなど、いくつものトラブルが指摘されていた。
 その状況に大きな変化はないと言われている。マスコミ報道を通じて伝えられる現場の様子は、たしかにその通りだ。開発されたり放棄・放置されたりした水辺環境でアメリカザニガニが傍若無人に振る舞っているように報道されると、なんとかしなければという思いが強くなる。映像として見せられるとなおさらだ。
 リポーターが興奮気味に言う。
 「ごらんください。また、アメリカザリガニです。あっ、また捕まりました!」
 すると地元の人が受けて、絶句する。
 「いやあ、驚きました。いることは知っていましたが、こんなにたくさんだとは……」
 そのあとで専門家と称する人が画面に現れ、在来種がまったく見つからないと嘆く。
 外来種であるアメリカザリガニの悪業は許せない。だがしかし、大量に見つかる場所は、長いこと放置されていたところであることが多い。アメリカザリガニを見たといっても、はたしていつのことなのか。
 うじゃうじゃいるとしたら、その近くには移り住む水辺がないのではないかという想像も働いてしまう。活用されずにいた土地なら、すぐにでも埋められる可能性だってあるだろう。そう考えると、彼らにとっては最後の砦にも等しい。
 なんて、弁護のひとつもしたくなる。
 
 アメリカザリガニがウシガエルのえさにするために持ち込まれたことは、はっきりしている。しかもどちらも、公的な仕事のひとつとしてなされたことだ。
 外来種であることは間違いない。日本の自然生態系に影響を及ぼしていることも否定できない。それでもアメリカザリガニやウシガエルは、国が公然と呼び寄せ、税金を使ってふやそうとしてきた生き物だ。なんでもかんでも外来種という一言で悪者扱いするのはいかがなものかという、釈然としない気持ちは残る。
 特定外来生物に指定されるというのだから、そんなのは承知の上だということでの結論なのだろうが、どこかせつない。
 
 アメリカザリガニについては、ずっと気になっていることがある。ぼくの身近で見る機会がどんどん減っていることだ。
 地方に出かけた際にも、見ること、現状を知ることを心がけた。地元の人の話も聞いたが、その声は大きくふたつに分かれた。
 ひとつは、「減っているようだ」という減少認識派。
 もうひとつは、「わからない」。つまり関心がないから、どうなっているのかなんて知らないよ、という声だった。
 事のついでに尋ねるようなものだからサンプル数は少ないし、集計したものがあるわけではない。だが少なくとも、増えているとみる人には出会っていない。しかも年々、この2派が多くなっているような印象がある。
 専門家の議論にもうなずける。規制をかければ、これ以上の影響を抑える可能性は高まるだろう。
 関心のない多くの人にはまぎらわしいのだが、「外来ザリガニ」はすでに昨年、特定外来生物に指定されている。環境省は「飼育、運搬、販売・譲渡、野外に放つことをしてはいけません」とアピールする。「でも、アメリカザニガニは除きますよ」と付け加えて。
 違反したら、個人は300万円以下の罰金または3年以下の懲役、法人の場合には1億円以下の罰金だとも記している。規制するのだから、それはまあ当然だろう。
 そう思ってちらしの先を読むとまたしても、「アメリカザリガニは規制対象外です」と太い文字で強調していた。
 だけど、「緊急対策外来種」であり、「日本の侵略的外来種ワースト100」にも入っているから、「野外に放さないで!」とも表記されている。
 アメリカザリガニも含めての「外来ザリガニ」にできなかったあたりの事情がうかがわれるような記述だ。
 そこまではまあ、納得するしかない。アメリカザリガニに振り回されてきた歴史があるように、担当官の苦労もあるのだろう。
 
 それはさておき、個人的に驚いたのは、日本にいる「アメリカザリガニ」グループの数の多さだ。
 いくらかでも関心があれば、ザリガニとして国内で生息・繁殖しているのはニホンザリガニ、ウチダザリガニ、アメリカザリガニの3種だということは知っていよう。外国に目を向ければ、そのほかにもたくさんのザリガニがいることもわかっている。それらを趣味で飼う人がいることも知っている。
 でも、「アメリカザリガニ」がさらにいくつもの名前になって国内に存在することは、あまり知られていない。おそらく、マニアの世界の話だろう。
 環境省のちらしにはアメリカザリガニの「販売名」としてレッドザリガニ、オレンジザリガニ、スーパーレッド、ブルーザリガニ、コバルトクラーキー、シザー、ナイトメアゴースト、ホワイトザリガニ、白ザリガニ、ゴールデンキング、ゴースト(ジャパンゴースト)、タイゴーストなどの名前がずらずらと並べてあった。
 ふつうは赤いアメリカザリガニにアジやサバなどの青魚だけを与え続けると、次第に色が抜けて青くなることは知っていた。子どもたちの自由研究にもなると思って、紹介したこともある。だから「ブルーザリガニ」というのはなんとなくわかるが、現実にはもっといろいろな、まさに色とりどりのアメリカザリガニがいかにも品種であるかのように扱われ流通しているのだった。
 人は珍奇なものにひかれる。怪獣、妖怪、お化け、ひょっとこはともかく、そんな珍しいザリガニがいれば飼ってみたいと思う人がいてもおかしくはない。近ごろブームのメダカと同じだ。「これがメダカ?」と思えるような不思議なメダカ、美しく心を奪われそうなメダカがどんどん作出され、品種であるかのごとく、世に出ている。
 しかしまさか、アメリカザリガニもそうだったとは。規制強化のニュースのおかげで新しい知識を得ることができたが、感謝すべきかどうかはよくわからない。
 アメリカザリガニが日本の在来種であるニホンザリガニのすみかやえさを横取りする、といった記述もたびたび目にしてきた。「だから捨てないで!」という呼びかけもあった。
 だが、それはどうだろう。アメリカ合衆国南部のルイジアナ州の湿地帯をふるさとにし、少しぐらいの水の汚れなんてなんとも思わないようなタフな前者と、水温が低くてきれいな水を必要とする後者のすみかがバッティングするような例は多くないはずだ。
 北海道のようにアメリカザリガニが大繁殖していない地域ではむしろ、ウチダザリガニの広がりの方が心配なはずだ。それでも、この先のことを考えてアメリカザリガニの進出を阻もうとするために規制するのは理解できる。ついでにいえば、そのウチダザリガニだって、元はといえば国策で持ち込んだザリガニだ。
 それよりも、子どもたちにとってアメリカザリガニは数少ない自然体験にもつながる遊び相手であり、教育現場にも入り込んでいる生き物であるということだ。
 それだけに、突然のようにあれもダメ、これもダメ、許可が必要になりますよ――といった規制がかかると、「だったらその前に逃がしてあげよう」という〝心やさしい〟子どもたちが思ってもみない場所に放流することもありそうだ。だからこそ、特定外来生物の指定になかなか踏み込めなかったという経緯もある。
 そんなあれこれはあっても、フツーの生き物好きとしては、そんなに被害をもたらす悪者だったら、顔を拝んでやろうではないかという気持ちがわいて当然だ。
 で、ここ数年、以前よりは力を入れて探した。
 といっても歩いて行ける範囲の田んぼや農業用水路などを探った程度ではあるのだが、もう何年も見つけられずにいた。
 ご近所の田んぼでは、ヒキガエルもアカガエルも見たことがない。シュレーゲルアオガエルの鳴く声らしきものを耳にしたことはあるが、はっきり目にしたことはない。消えることなく存在するのはアマガエルだけだ。彼らはたくましい。米づくりのサイクルにうまくなじみ、生まれ持った吸盤パワーで水路に落ちてもはい上がり、生き延びる。
 そんなある日。いつものように生き物散歩をしていると、田んぼのわきにあったコンクリートのため溜桝(ためます)のようなところで、ウキクサの間から何かが突き出している光景に出くわした。
 とりあえずはプチ生物研究家である。そこに生き物の気配を感じた。
 顔を近づけると、なんとそこにはヒキガエルとおぼしきカエルがいたのだ。
 わが家では数年来、ヒキガエルを飼っている。菜園に群がるホオズキカメムシや青虫、ヨトウムシ、コガネムシの成虫・幼虫などを与えると、「くう」と鳴いて、食べてくれる。
 一時期は2匹を同じプランターで飼っていたのだが、気がついたときには1匹が外出したまま行方をくらまし、いまは1匹だけの住まいとなっている。
 一瞬、そのお友達として連れ帰ろうかという考えが頭をよぎった。
 だが、すぐに打ち消した。
 なにしろ、ご近所の田んぼで初めて目にしたヒキガエルだ。それが風来坊でなければ、そのうちその田んぼに、一大帝国を築いてくれるかもしれない。
 そう考えて写真だけでバイバイした。
 それがツキを呼んだのか、なんとまあ、アメリカザニガニらしきものもすぐ近くの田んぼで〝発見〟できたのだ。それを喜んでいいのか複雑だが、とにかく初めて目にするご近所のアメリカザリガニとなった。
 まっ赤ではなく、まだ茶色いコドモだ。そしてその周辺に、卵からかえってそれほど経っていない複数の個体がいた。さらに目を凝らすと、どうやらカダヤシもいる。「ニセメダカ」とも呼ばれてきた外来魚の一種である。近くには、これまた珍しくなったジュズダマが生えていた。
 
  
 あたりを何度か行ったり来たりすると、アメリカザリガニが穴を掘ったあと、盛り上げた巣穴の出入口とおぼしきものも見つかった。
 巣穴はチューブ状で、複数の出口を持つY字型とされている。そこまで確かめてはいないが、アメリカザリガニはたしかにいて、この小さなコドモたちを見る限り、このあたりで繁殖していると思われた。
 アメリカザリガニが日本に入って約100年。長い年月を日本人とともに過ごしてきた。しかも、子どもたちも巻き込むような形で――。
 ニホンザリガニの産卵数50に対し、アメリカザリガニは500を超す。しかも後者は、年に2回産卵することもあるという。ニホンザリガニは卵からかえって5、6年かけて成長するのに対し、アメリカザリガニは1、2年。この差も大きい。一方では地球温暖化もあって、さまざまな生き物に影響が表れつつある。そんな中でもアメリカザリガニはたくましく生きていくのではないだろうか。
 この田んぼにはいったい、いつからいるのだろう。
 なにしろ、狭い水路だ。泥がたまっていて、日照りが続けばすぐにでも消滅しそうな場所だった。それでもそこは、外来種に残された最後のオアシスのような環境となっている。 
 複雑な気持ちのまま、とりあえず写真だけは撮った。モニターを見ると、薄ぼんやりと写っていた。
写真 上から順番に
・アメリカザリガニが掘り出したと思われる土の塊。近くには、穴があった
・「食用ガエル」とも呼ばれるウシガエルの若者。そのえさとして日本に入ったのがアメリカザリガニだ
・ウチダザリガニも意図的に持ち込まれたザリガニだ。海ザリガニに似た感じがする
・アメリカザリガニとちがって地味なニホンザリガニ。天然物を見つけるのは容易ではない
・ウチダザリガニの冷凍商品。北海道の一部のものは例外的に販売される
・近所の田んぼで初めて見つけたヒキガエル。風来坊でなければ、来年は卵が拝めるかもしれない
・わが家のヒキガエル、「ヒキちゃん」。青虫、コガネムシを喜んで食べてくれる害虫イーターである
・左:アメリカザリガニの幼体。最初に見つけたのは、こんなコドモたちだった
・右:すくい揚げたわけではないが、たぶんカダヤシのメスだろう。メダカとは別種だから、「ニセメダカ」とも呼ばれる
・アメリカザリガニ発見の地。このあたりの散策を始めて20年にはなるが、初のお目見えだ

 
 
コラム記事リスト
2024/03/21
C字虫――穴の中から飛びだして(むしたちの日曜日105)
2024/02/27
寒暖変動しながら暖冬(あぜみち気象散歩102)
2024/01/19
コブナナフシ――草むらにひそむ龍(むしたちの日曜日105) 
2023/12/26
2023年レベルの違う高温(あぜみち気象散歩101) 
2023/11/20
シロヘリクチブトカメムシ――ふたつ星から星のしずくへ(むしたちの日曜日104) 
2023/10/30
長かった夏(あぜみち気象散歩100)
2023/09/20
ミナミトゲヘリカメムシ――ひげ長の黄色いイケメン(むしたちの日曜日103)
2023/08/30
地球沸騰の夏(あぜみち気象散歩99)
2023/07/20
芋虫――いつのまにか大株主(むしたちの日曜日102)
2023/06/29
冷害より水害(あぜみち気象散歩98)
次の10件 >
注目情報
  コラム:寒暖変動しながら暖冬(あぜみち気象散歩102)
注目情報PHOTO  秋に続き、この冬も寒暖変動が激しかった。11月頃から約2週間の周期で気温が変動した(図1)。 暖冬だが約2週間ごとに寒気入り大きく変動 図1 地域平均気温平年偏差5日移動平均時系列(2023年12月~2024年2月)(気象庁)...
もっと見る