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紛らわしくも妖しのむし――ヤモリ(むしたちの日曜日69)  2018-01-17

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 いつのころからか、年末は沖縄に出かけるようになった。いまとなってははるか以前の学生時代に初めて訪れ、すっかり気に入った。それ以来、機会があれば足を運んでいたのだが、それがすっかり恒例化した感がある。
 やはり、南方の生きもの見たさである。地球温暖化が叫ばれる昨今、日本列島に住む一員として沖縄に渡って多様な種を観察しておけば、いずれ役に立つ時がくるはずだ。
 ――なんていう殊勝な気持ちはほとんどないのだが、飛行機を降りた瞬間から、本州では見られない生きものに出会うチャンスが訪れる。
 
 この冬は石垣島を拠点に、竹富島、西表島へと足を延ばした。竹富島へ前回出かけたのは、40年ほど前のことだ。
 すっかり変わっていた。小豆を大きくしたようなデイゴのタネを拾い、写真を撮ろうと近づいた黒牛におどかされ、やたらと目につくオオシママドボタルとたわむれながら、ぶらぶら歩いた。
 
 そして夜には石垣島に戻り、これまた恒例となったオオコウモリ見物に出かけた。
 「あの公園に行けば、はずれることはないよ」
 家族旅行でもあるので、のんきにそう言いながら向かったのだが、1頭も見えない。ねらいとするモモタマナやアコウの木の下には、ウサギのふんのようなオオコウモリのペリットが散乱しているはずだが、それすら見当たらない。木には、実が見えない。
 完全なハズレである。前回来たのは2年前だが、その時にはばっちり観察した。雨模様だったせいか、アフリカマイマイもうじゃうじゃいて、それはそれで驚いたものである。
 
 がっかりする家族。ぼくはともかく、今回初めてやってきた者もいる。
 「えーと、まあ、あれだな。……そこらを歩いて、ヤモリでも探そうか」
 コウモリがなぜヤモリに変わるのか説明できないが、その公園のトイレの壁には、ありがたいことにヤモリがいてくれた。
 しかも、あちらにもこちらにも。
 「いた!」
 大げさに叫び、家族を呼び寄せる。白っぽい壁をライトで照らすと、一瞬、ドキッとしたような感じは見せるが、「まあ、オレの敵じゃないな」と安心するのか、ポーズはとらないまでも写真ぐらいは撮らせてくれる。
 昼食を食べに出て、天丼がそばに変わることはよくある。そもそも、はっきりした目的などなく、たまたま口をついた「天丼でも食べますか」ということばに従って外に出るだけだからである。天丼がそばに化けても、だれも驚かない。
 ところが、イモリがヤモリやトカゲに化けたらどうだろう。イモリとヤモリは名前もよく似ているから、間違えやすい。
 「そんなの間違えるかなあ。オレなんて、ガキのころからイモリはよく見てるよ。天井に張りついているヤツだろ」
 自信たっぷりに言われると、どう返事したものかと困るのは、聞かされた方である。
 天井に張りつくのはヤモリだ。石垣島の公園でついさっき目にしたのは、壁にいたものだった。そうした習性から「壁虎(へきこ)」とか「カベチョロ」なんていうあだ名も付いている。
 対するイモリは「アカハラ」とも呼ばれる、両生類の一種だ。ヤモリはトカゲと同じ、は虫類に分類される。子どもだって間違えない。
 
 と思いきや、「ヤモリ、知ってるね?」と事あるごとに尋ねるぼくの経験からすると、両者の区別がつかない人はあんがい多い。
 だからといって、悲観することはない。うんと昔から、日本人はこのふたつの生きものを混同してきたからである。しかもその時代時代の知識人からしてそうだった。
 現代人に知られるヤモリの漢字表記は「守宮」「家守」「屋守」あたりだろう。イモリは「井守」だ。ところが平安時代の『倭名類聚鈔(和名抄)』ではヤモリもイモリもトカゲと同じ「蝘蜓(えんてん)」としている。そのわりには「守宮」の説明で「常在屋壁」、つまり、壁によくいるよ、なんて記し、ヤモリの特徴を述べているところが面白い。
 16世紀の『本草綱目』や17世紀の『本朝食鑑』も同じ「蝘蜓」という文字を当てながら、イモリとは区別する説明を付す。そしてさらにそのあとに出た『大和本草』では、かなり細かくヤモリの特徴を記している。
 ヤモリとイモリの混乱・混同はまだまだ続き、それは現代にまで引き継がれることになるが、「試しに、こいつ(ヤモリ)を池に放り込んでみましょうや」なんていう人が現れた時代もあり、「実際に投げ入れたら、しばらくして死んじゃった」などと記載したものも残っている。
 
 とまあ、デジタル化された書物を参考書片手に拾い読みした知ったかぶりの一夜漬け情報だが、そのついでに興味深い収穫を得た。
 現代人でイモリの黒焼きを信じる人はいまいが、ちょっとしたトリビア的な知識として知る人は多い。それに似た迷信が、ヤモリにもあったのだ。
 いわく、「いもりのしるし」。これまた時代によって書物により表記が異なるが、ここでいう「いもり」はヤモリのことだ。そして、「守宮」の語源ともいえる解説をしている。
 それらによれば「宮」はすなわち「後宮」であり、ヤモリの血だとか乾燥粉末を後宮の美女のひじに塗ることで、貞節を守ったかどうかがわかるというのだ。房事をおかせば落ちるが、そうでなければ赤いあざのようになって残ったままである、なんてね。それで、「後宮を守る」から「守宮」という表記も生まれた、だって。信じるも信じないもあなた次第という感があるが、けっこう多くの人が信じたようで、和歌や川柳にも取り上げられた。
 ともあれ、科学が進んだ21世紀でもヤモリとイモリがしっかり区別できないのだから、もしかしたら、ヤモリの代わりに犠牲になった後宮のイモリがいたかもしれない。その逆もまたしかり。だからこそ、むしと迷信のはなしは興味が尽きないんだよね。
 
 そんなこと知ったことかと、壁のヤモリはにらむようにしてヒトを見る。上向きに張りつくこともあるが、イメージとしては頭を下にしたぺったんこ状態だ。50gぐらいある体重を支えながら、ぺたんこぺたんこ。吸盤があるわけでもないのに、不思議だね。
 と思った科学者がいたおかげで、ヤモリの特殊能力の秘密が明らかになった。あしの裏にあるナノ・レベルの細かい毛のおかげで、あんな芸当ができる。まだ試したことはないのだが、死んだヤモリをぺたんこすれば、やっぱり落ちずに持ちこたえるという。
 
 あしにある毛の数、およそ200万本。その毛先はさらに分岐し、億単位の接地点があるのだとか。そこから生まれる互いに引かれる力が「分子間力」であり、発見者であるオランダの物理学者、ヨハネス・ファン・デル・ワールスにちなんで「ファンデルワールス力」と呼ばれる。
 いやあ、すごいすごい。ヤモリも学者も。
 
 なーんてこともちらっと思い浮かべながらヤモリを見ていると、ばかにしたように鳴くことがある。わが家にすみつくニホンヤモリが鳴くところは聞いた覚えがないが、沖縄に出かけるとしばしば耳にする。
 ケケケケケッ……。
 チチチ……。
 キュキュキュ……。
 チー……。
 コオロギをはじめとする鳴く虫の鳴き声にはいくつかのパターンがあり、それぞれに意味があるという。ヤモリだって同じだろう。でも、ぼくにはちっともわからない。
 なにしろ、沖縄にはミナミヤモリ、ホオグロヤモリ、オキナワヤモリ、オンナダケヤモリ、オガサワラヤモリと数種いるのだ。その区別さえできないうえ、オガサワラヤモリに至ってはメスだけで殖えるというから恐れ入る。「いもりのしるし」なんていう俗信は中国由来のものだから、かの国ではどんなヤモリがその犠牲にされたのだろう。
 ヤモリのメスには、首のあたりにカルシウムをためこむ部分がある。もちろん体内にあるのだが、それは産卵の際、卵をかたくするために使われるものだという。わからんことが多すぎる。だからまあ、イモリとの混乱ぐらい、かわいいものじゃて。
 だけどここでもし、ヤモリがこんなふうに鳴いたら。
 ――ケッケッケ。
 やっぱり、ばかにされたように思うよね?
写真 上から順番に
・石垣島の川平湾。あいにくの曇天だったが、それでも十分に美しいと思う
・今回の旅行ではやたらと目についたオオシママドボタル。よく見ると、サンショウウオの顔つきにそっくり?
・石垣島ではいくたびにオオコウモリがこんな姿を見せてくれたのだが……
・沖縄で見たヤモリ。見慣れたわが家のものとはやっぱりどこか、ちがっている
・イモリのおなかは、赤と黒の混じり模様。色だけでもこんなにちがうのに、ヤモリとまちがえる人がいるんだねえ
・木の幹にへばりつくヤモリ。壁でしか見ない、ということもないのである
・上野公園にいたヤモリ。日なたぼっこの最中かな?
・わが家にすみつくヤモリ。愛きょうがあって、楽しいやつらだ
・何度見てもよくできたヤモリのあし。これで壁にぴったり張りつく。ごりっぱ!
・わが家の子ヤモリ。こんなにかわいくても、「いもりのしるし」にされた先祖を持つのかな?

 
 
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