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柄のあるフジツボ――カメノテ(むしたちの日曜日72)  2018-07-10

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 ふだんはグルメとは無縁の生活を送っている。
 たまたま泊まったホテルで食事がバイキング形式だったりすると、せっかくだからなあとアレを食べ、アレも口にし、ついでにアンなものもほおばったりする。その中に美食家の舌をうならせるものがあるかもしれないが、あったとすればまったくの偶然だ。
 こうした嗜好はおそらく、学生時代の食生活に関係がある。山や川をほっつき歩いては、「これ、食えるんじゃない?」「それも大丈夫だろう」なんて言いながら、うろ覚えのあやしげな知識でとりあえずは毒のなさそうな山の幸・海の幸を口にしてきた。
 なけなしの金を手に、たまには仲間と食堂に入ることもあった。そんなときには、ちょっぴり余裕のある者が奮発してラーメンを頼む。
 残りの者はご飯だけを注文し、ラーメン人が当然残すべきスープで、一食を済ませる。運がいいとそんな様子を見てあわれんだ店主が、「たくあんでも食うかね」などと情をかけてくれる。もちろん、ありがたく頂戴した。
 ――といった過ごし方をしてきたせいか、高いものだから価値があるという価値観は持たない。それよりもむしろ、ちょっと風変わりなものに目がいき、ぜひとも食べてみたくなる。
 その方がぼくにとってはずっと貴重な品だ。そしてそれらは自然系のもの、言い換えると自分で拾ったり、捕ったりできるものであることがほとんどである。
 
 
 
 カメノテもそうやって、当然のごとく、ぼくの目の前に現れた。
 見てくれからして、心を動かす何かがある。
 あの地球生物ばなれした形態はなんだ?!
 国民的知名度の高い怪獣ガメラを彷彿とさせる、あまりにもアピールしすぎのからだではないか。
 
 カメノテを生まれて初めて見た瞬間、「コレハ、カメノテ、デハ、ナイカ」とだれもが感じるはずだ。少なくとも、ぼくと一緒にいて初お目見えとなった人たちは、例外なくそうだった。
 あの鱗状の存在から、ほかのものを連想する方が難しい。テレビや書物を通して何かの拍子でひとたび目にすれば、なかなか消しがたい記憶となって脳みそに混ぜ込まれるようである。
 
 カメノテというように、その形状は手を思わせる。
 だが、生きものにいくらかでも関心のある人なら即座に、「とはいうものの、これがカメなら、手ではなく、あしではないか」という、これまたマットウな疑問を抱くだろう。
 そして次に頭をよぎるのは、はたして前あしか後ろあしかという、すぐには解けそうにない謎である。
 だがそれはまだ序の口、入り口的な疑念であろう。それよりはもっと根源的なところに気づいてほしいというじれったさを周囲の者に抱かせる。
 だれよりも早く言いたいのは、ほかならぬ自分自身のはずだ。
 あれあれ、いつのまにかぼくの心のうちを普遍化させようとしているが、まあ、そんなことは、カメノテ問題からしたら、鼻くそみたいなものである。間違っても、なぜ鼻くそなのかと考えてはならない。問題をさらに複雑にするだけである。
 当たり前のごとく不思議に思ってほしいのは、カメノテは何者か、どんなグループに所属する生きものなのかなという、人としてしごくもっとも、当たり前の疑問である。
 なにやら大問題に発展してきた感があるが、そうは思わないだろうか。
 少なくとも、博物学者、生物学者を名乗る人々はどのグループに混ぜ込むといいのかを、ずーっと考えてきた。現代のそうした学者たちは、まずは貝類にしとくのがええんでないの、ということにしている。
 
 そうなると困るのは、われわれ素人だ。
 クジラが魚でないといわれるのは、なんとなくわかる。そのうえで、人魚のモデルとされるジュゴンだとかマナティーも魚ではなく、ゾウの親せきであるのだぞ、と聞かされてきた。「カモシカのような脚」と形容されるすらりとした美脚の本家本元だと信じてきたカモシカが実は、ウシ科の動物なのだよキミぃ、と耳打ちされたに等しいカミングアウトなのである。これで驚かないとしたら、どこかおかしいとスナオなぼくなどは思ってしまう。
 そこへきてさらに高度な、カメノテは貝であるという分類である。
 だったら、岩にべったり張りつく化石のようにへんちくりんなヒザラガイも貝なのか、と尋ねる人がいる。見た感じでは、巻貝ではない。かといって二枚貝でもない。だけど貝であることを主張するかのように、名前には「カイ」が付く。「貝類のダンゴムシ」と評する人もいる。そうなると気の弱いぼくのような者は、へへへーっとひれ伏すしかないではないか。
 だが、ヒザラガイはまだ許容範囲、想定内の生物である。
 解決すべきは、カメノテがはたして貝の仲間であっていいのか、という疑問である。
 
 そんなとき比較として持ち出すのが、これまた愛すべきフジツボちゃんである。俗に「富士額」などと言うが、そんなのよりずっと富士山に似ている。あのフジツボは、よくよく見ると、カメノテの親せきぐらいには感じられる。
 そう思ってとにかくはと調べてみたら、予想ぴったり、まさにご親族と言ってもいい存在であった。
 フジツボもカメノテも、いつか教科書で見たようなどこか懐かしい響きのある蔓脚類(まんきゃくるい)に属する生きものなのである。
 「蔓」はつるを意味する。そういえばフジツボの富士山火口にも似た内部から、つるを伸ばすような、「オイデオイデ」と手招きするようなものが海中でゆらいでいるところを、何かの映像で見たことがある。あの触手を海中に漂わせるようにして、プランクトンをからめとるようなのだ。いってみれば、ゆらぐ熊手? 酉の市の縁起物とされる熊手をくにゃくにゃにしたようなものだ。福ではないかもしれないが、あれを使って集めたえさで腹を満たし、繁殖の糧とする。
 
 蔓脚類ということでいえば、海岸に流れ着くブイなどにぴったりべったりくっついているエボシガイもまた、その親族だという。
 いわく、フジツボは柄のない無柄目、カメノテ、エボシガイは有柄目に所属するのだとか。柄があればこそ、カメノテはいかにもカメの手らしい物体に見えるのだ。
 頭の中がかなり、すっきりしてきた。
 そう思えるようになったある日、熊本県に出かけた際、ついにオイデオイデと手招きするカメノテに出会った。
 それは地元のスーパーで、ほかの魚介類と並んで、トレイにきちんとパッケージされた商品として陳列されていた。
「おっちゃん、これどうやって食べるの?」
 売り場の奥にいた魚屋さんとおぼしき男性に声をかけた。
 と、彼はナンダ、コノ、イソガシイトキニ……という表情をちらっと浮かべながらも教えてくれた。
「塩ゆでにしたり、みそ汁にしたりするよ」
 なんて言いながら手にとり、表示を見る。自分で貼り付けたんじゃないの? ということは聞かない。
「あ、これは塩ゆでしてあるね。このままでもいいよ」
 なんとまあ、親切なことよ。それではここにあるだけ買い占め、持ち帰ってみんなで賞味するとしよう、と思ったのだが、いかんせん、次の予定があった。持ち歩いていては、腐りそうである。
 それでまずは写真だけ撮らせてもらい、帰りに寄ることにしてその場を去った。
 ところが――。
 そうだ。旅先でぼくは、こうしたことにたびたび接する。用事が予想以上に長引き、しかも途中で見つけた木の実がどうしても欲しくなり、カメノテのことはすっかり忘れてしまった。
 カメノテは有料、木の実は無料。有柄目と無柄目のせめぎあいのごとき葛藤があり、「無」の境地を選択したばかりに、その店にカメノテを買いにいく時間がなくなり、飛行場へと急いだのである。
 マア、イイサ。カメノテ、ナラ、ドコデデモ、トレル……。
 とりあえず、手元に残った写真だけでよしとしましょうか。
写真 上から順番に
・左:岩から生えてきたようなカメノテ。これなら十分に一食分になるだろうね
・右:おそらくは初めて目にした人でも、カメの手に似ていると思うはずだ。それ以外の想像力をぼくは持たない
・カメの手、とはいうものの、前あしなのか、後ろあしなのか……悩むなあ
・「貝類のダンゴムシ」とも呼ばれるヒザラガイ。これなどはまだ、「カイ」と付くので貝類の仲間だとわかる
・フジツボは富士山に似た形をしているだけかと思ったら、大間違い。カメノテの親せきでもあるのだ
・漂着物によくくっついているエボシガイ。これもまたカメノテの仲間なのだ。有柄目だけあって、フジツボよりはカメノテに似ている
・熊本県で見つけたカメノテの塩ゆで。後で、と思っていたのに、時間切れで買いそびれた

 
 
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