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ヒメヤママユ――試行錯誤の美(むしたちの日曜日83)  2020-05-15

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 「ツバキの花を食べるきのこがあるんだって」
 そんな話を聞いたのは、もう何年も前のことだ。
 図鑑で調べると、ツバキキンカクチャワンタケだとわかった。
 花を食べるといっても、きのこだから、花をかじるわけではない。その形のまま地面に落ちた花や葉から、栄養分を搾り取って生活するようである。
 ツバキの残がいにたどり着いた胞子は菌糸を伸ばして菌核というかたまりをこしらえ、その次の年まで待って子実体すなわち、きのことなる。
 「赤い花が咲くヤブツバキでよく見つかるそうだよ」
 それ以来、出現期である春になるとヤブツバキの根元をのぞくのが習慣になった。
 だが、聞いていたようには見つからない。歩けど探せど、見つからないのだ。
 それでも待つものである。探すものだ。ツバキキンカクチャワンタケの名が示すような茶わん型のきのこが、ことし初めて見つかった。
 ひとたび見つければ、なんてことはない、あちらにもこちらにも生えていた。
 なるほど、茶わんだ。弾力があって、キクラゲのようでもある。しかしさらに育つと、茶わんから皿に形を変える。どうせ見るならまだ若いきのこがいいのだが、とにもかくにも何年もかけてやっと見つけたものだけに喜びもひとしおだ。
 
 そんなことがあると、つられて運ばれてくる幸運もある。そのきのこが生えていたツバキの花の近くに、クロコノマチョウがいたのだ。
 閉じたはねの色が濃い。おそらく、このあたりで冬を越した秋型だろう。
 地球温暖化の影響なのか、このチョウもどんどん北上しているという。ぼくの住む千葉県ではかなり以前から目にするものの、写真が撮れる距離で見るのは久しぶりだ。
 
 落ち葉にとまると探すのがたいへんだが、サービスのつもりなのか、ツバキの花にとまってくれたのだから、感謝しかない。ありがたく数枚、撮らせてもらった。
 「こいつは春から……」
 なんていうせりふのひとつも吐いてみたいが、恥ずかしいので口にするのはやめた。
 
 そのとたん、頭に浮かんだものがある。ヒメヤママユだ。ツバキキンカクチャワンタケが生え、クロコノマチョウが舞っていたその近くで、過去に何度か見ている。時期的にもちょうど、いまごろだった。
 もしかしたらまた、会えるかもしれない。
 そう思うと自然に体が動いていた。たしか、あの道の先だ。
 ヤママユは天蚕とも呼ばれ、美しい緑色の繭をつくることで知られる。その名にヒメが付くことから想像できるように、同じヤママユガ科の蛾だが、ヤママユよりはやや小さい。
 
 この道には、コナラやクヌギの大木が何本も生えている。それで何種類もの虫を見たし、写真も撮った。目につく枝、葉を注意深く見ていった。
 ふ化したばかりのクワコがいた。2齢幼虫も次々と見つかる。ナナフシモドキはこの時期、集団で見つかるものだ。ふだんは滅多に目にしないムーアシロホシテントウだって何匹も見つけた。
 だが、なんでもかんでも願い通りになるものでもない。ヒメヤママユもどこかに潜んでいるはずだが、現れてはくれない。
 幸運は、一気に使い果たすものではないのだろう。今後のためにも、たくわえは必要だ。
 そう思い直し、その日三つ目の大物ねらいはやめて、帰宅した。
 結果的にはそれがよかったようである。あらためて出かけた公園で難なく、見つかったのだ。
 どうやら幸運のしっぽは切れていなかったようである。ふ化して間もない幼虫と、おそらくは3齢ぐらいとみられる幼虫が数匹いた。
 久しぶりに見ると、ほれぼれするデザインだ。イモムシ・ケムシは好かないといいながら付き合いを続けるのは、天が与えたとしか思えない天性・天然の意匠に魅せられるからなのだ。
 
 
 ヒメヤママユの幼虫の衣替えは、称賛に値する。最初は多くの幼虫で使われる「毛子」ということばにふさわしい毛むくじゃらなのに、一皮むけると首のあたりが赤くなる。
 昆虫に首はないので、胸部の前方というべきか。だが、素人的にはやはり、首が赤くなったように思えるのだ。
 そのうち体の下半分の若草色が目立つようになり、赤と黒の部分が減っていく。
 と思っていると、一転して、モスグリーンの「たわし虫」になるのだ。
 たむしではなく、たわし。やわらかく細い素材で仕上げたたわしの毛の束を、きれいに刈り込んだような姿に変身する。
 よく見ると、ところどころに長い毛が生えているが、それがまたご愛きょうとなっている。
 そしてそのあと、「透かし俵」のあだ名で有名なクスサンのような粗い目の繭をつくって、さなぎになるはずである。
 残念なことに、「たわし虫」までは見たことがあるものの、繭をつくるところ、さなぎになるところは見たことがない。
 
 
 
 今回のヒメヤママユ幼虫との出会いは、イヌシデとコナラの木の葉だった。
 以前はたしかサクラの葉だったし、クヌギの木で見たこともある。特定のえさしか受け付けない虫も多いのに、ヒメヤママユはあれもこれもOKという柔軟さを持っている。
 ちょっと調べてみたら、ケヤキやウメ、ナシ、クリ、ガマズミ、サンゴジュ、カエデと、もはや「何でも来い!」状態であるように、ぼくには思えた。
 その意味ではぜいたく知らずの、食性に関してはじつにゆるーい虫さんなのである。
 身にまとう衣装がすばらしいだけでなく、グルメでもない。そんなところがイモムシ・ケムシ嫌いのぼくをも魅了するのだろう。
 成虫のはねは4枚ある。
 それは当たり前なのだが、その1枚ずつに目玉模様がある。
 ヤママユにも同じように目玉が四つあるのだが、見た目の良さはヒメヤママユの方がずっと上だ。
 それにしても、どうしてそう思えるのか?
 気づいたのが、前ばねの先のとがり具合だった。ヒメヤママユの方が丸みを帯びている。
 まさに、姫である。丸いことで、たおやかな印象を与える。しかも色合いもシックで、高貴な感じがする。
 生き物の名前についてはひとこと言いたくなるようなものも多いが、ヒメヤママユは単純ながら、良い名前を付けてもらったのではないだろうか。
 それにしても、と首をひねりたくなるのが、幼虫時代のあだ名を聞かないことである。
 背中に赤と黒があるうちは目立つが、へたをすると毒のある毛虫と間違えられる。
 では終齢幼虫には俗称があるかというと、「たわし虫」はぼくが勝手にそう呼ぶだけで、たぶん、だれも使わない。
 あの毛並み、毛の生えかたからいえば、クスサンの幼虫に似ている。
 そのクスサン幼虫には「白髪太郎」という、ほぼ全国区の呼び名がある。繭にさえ「透かし俵」の名前があるのに、ヒメヤママユには何もない。残念なことである。
 それでも、ヒメヤママユはやっぱり、カッコいい。なんでも食べて大きくなり、もっともっと仲間をふやしたまえ。
 ――なんて思った瞬間、ウメやナシやクリを思い出した。
 ということは、栽培果樹にとっては害虫ではないのか。
 うーむ。できるだけ木を選んで産卵してもらうように、願うばかりである。
写真 上から順番に
・やっと見つけたツバキキンカクチャワンタケ。こびとの世界の茶わんのようだ
・ツバキの花にとまるクロコノマチョウ。温暖化で北上が指摘されるチョウの一種だ
・久しぶりに見つけたクワコのふ化幼虫。最近、急激に減っているように思う虫のひとつだ
・左:ヒメヤママユの幼虫。脱皮するたびに黒と緑の部分が増えていく
・右:正面から見たヒメヤママユ幼虫。赤と黒のバランスが絶妙だ
・左:ヒヤママユの終齢幼虫。「たわし虫」とでも呼んでみたいが、その名をよそで聞くことはない
・右:クスサンの繭。これにも「透かし俵」という、よく知られたあだ名がある
・4枚のはねそれぞれに目玉模様を持つヒヤママユ成虫。はねの角が丸く、「姫」らしいやさしい印象を与える。とはいうものの、これはオスだ
・ヒメヤママユの中齢幼虫。背中に赤丸がいくつも見えるのもカッコいい

 
 
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