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コツブムシ――海辺の踊り子(むしたちの日曜日89)  2021-05-18

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 千葉市の幕張メッセは、日本最大級のコンベンション施設として有名だ。
 そこからしばらく歩くと、海岸に出る。幕張の浜から検見川の浜、いなげの浜と続く人工海浜である。
 メリットがあるとすればわが家から十数分の近距離にあることだが、人工の浜だから、たいした出物はないだろうとタカをくくっていた。
 ところがその予想は、すぐに裏切られた。
「なんぞ、転がっておらんかなあ」
 と下を向いて歩くと、貝殻やカニの化石が見つかった。
 二枚貝のハイガイなどは、ゴマンとある。その殻を焼いて「貝灰」をつくっていたためというのがその名の由来らしいが、生きているハイガイを見ようとしたらもはや、有明海にでも行かねばならぬ。しかも、彼の地でも絶滅が心配される珍種になっている。
 そんなわけで、わが浜辺で見つかるのはどれもこれも化石なのである。
 放射肋(ろく)という貝殻の表面にあるすじの本数は18本。よく似たサルボウは約32本なので、その数で区別できる。
 
 ヤマトオサガニの破片とでも呼ぶ化石も見つかる。さびついた金属のようにも見えるのだが、いかにも甲殻類らしい体の表面部分が発する独特のオーラが、素人のぼくをも引き寄せる。うわさによるとサメの歯の化石もあるらしいが、まだ見ていない。
 化石や貝殻に飽きると、石ころを拾う。クルミや海藻、木のかけらも手にする。そして、もはや何でもええわい状態になったところに、不思議な物体が現れた。
 豆のようであり、小石のようでもある。
 わからないまま、指で強く押した。
 次の瞬間、思ってもいないことが起きてしまったのだ。
 ピューッ!
 勢いよく、水を飛ばしたのだ。
 初めて見るシロボヤだった。その近くには、マンハッタンボヤも転がっていた。
 「海のパイナップル」と呼んで食用にするマボヤなら、何度か口にしたことがある。だが、親指の先っちょほどの小さなホヤがこの人工海浜に生息するなんて、考えたこともない。まさに、新鮮な驚きだった。
 それからだ。とにかく生きていて、動くようなものはいませんかー、と生き物探しにシフトした。
 
 目が慣れてくると、タテジマイソギンチャクに気づいた。岩に、やたらと張りついている。
 かなり前から、海に出るたびに探しているのがウメボシイソギンチャクだ。とくに珍しいものではないので、いろいろな所で目にはした。
 しかし、ガンコな性格なのか、岩から素直に離れない。傷つけてまで連れ帰りたくないので、あきらめるしかない。
 この浜には手ごろな小粒サイズのタテジマイソギンチャクも多い。岩からはがせそうなのが何匹もいた。
 それはいいのだが、やっぱり、ウメボシイソギンチャクにこだわりたい。コップに入れた海水が蒸発したら、その分だけ水道水を足せばいい、しかも放っておくと、いつの間にか子どもがふえているところが見られまっせといった本の記述が、頭の中にすっかり刷り込まれているからだ。
 パソコンと長くにらめっこして疲れたとき、目の前に置いたコップの中に、梅干しのごとき物体があって、あやしげな触手でおいでおいででもしてくれたら……。
 ああ、考えただけでドキドキする。疲れなんか、一気に吹っ飛んでしまう。
 だがしかし、タテジマイソギンギャクしか見つからない。
 気を取り直し、潮の引いたところで出現したあの岩この岩を見て回る。
 海の生き物は多様性に富む。しかもこれまでしっかりと見たことがないものがほとんどだから、どれも新鮮に映る。
 ヒラムシがいた。プラナリアみたいな、名前通りの平べったい扁形動物だ。見た目には、ただそこにいるだけのペラペラ生物でしかない。
 それなのにフグ毒を持つものもいて、侮れないのだ。フグ毒を持つ魚は、有毒ヒラムシの幼生を食べることで自分を毒魚にしているのだとか。
 ヨーロッパでは近ごろ、二枚貝のフグ毒蓄積が問題になっている。それがヒラムシの一種・ツノヒラムシに関係するのではないかという説がある。
 南方系の生き物であるツノヒラムシは、温暖化が進めばさらに生息域を広げる可能性がある。そうなったら、フグ毒を持たないはずの生物が毒を手に入れるかもしれない。
 そんな話を聞くと、出た手が引っ込んでしまう。
 
 目が慣れてくるとどんどん見つかるのが、生き物付き合いの楽しさだ。
 そしてぼくは、ついに出会ってしまった。
 コツブムシだ。名前通りの小粒の生き物で、体長は5mmあるかどうか。見た目は浜辺にいるハマダンゴムシに近い。
 そのムシが、濡れた岩の裏側にくっついていた。潮水につかった貝殻が散乱するところに、ごちゃごちゃといた。
 
 
 
 体を丸めるところもダンゴムシにそっくりである。もしかしたら別種なのかわからないが、体の模様も変化に富む。
 茶色いのがいれば、白い丸を背負ったようなものがいた。
 えんじ色、オレンジ色、黒っぽいものもいる。小紋というのか、ちりめん模様というのか、渋いながら粋なデザインの個体も混じっている。
 しかも、大きささがまちまちだ。それらが家族のように寄り添って、同じひとつの岩で生活しているかのようだった。
「かわいいなあ」
 そう思う生き物との出会いは、久しぶりだ。
 
 
 外出時には常に持ち歩く容器に、水と一緒に入れてみた。
 しばらくすると、泳ぐものが出てきた。しっぽにひれみたいなものがあることで、ハマダンゴムシと区別できる。
 模様ちがいのものを数匹、お持ち帰り用にした。
 隠れ家になるかもしれないと考え、貝殻も置いた。
 すぐに、しがみついた。水中から初めて見るニンゲンの姿に驚いたのか、貝殻の裏側にまわり込んで、じっとしている。
 それが変化したのは夜、あたりが暗くなってからだ。もともと夜行性なのか、新しいすみかに慣れたからなのか。同じ生き物とは思えないすばやさで、すいすいと泳いでいる。
 水の中で飛ぶようにして進む。トンボの幼虫のヤゴがおしりから水を噴射しているような印象だが、おしりのあたりにあるオールみたいなあしが水をかくのに適しているのだろうか。
 実にかわいい。水面近くになると、腹を上にして背泳ぎのような動きをよく見せる。
 交尾をしようとしているのか、ときどき、仲間とからんだりしながら時を過ごす。
 
 
 
 ダンゴムシと同じで、あしの本数は7対・14本のようだ。体を丸めるのも得意とみえる。
 体の半分ずつ皮をぬぐ習性もダンゴムシと変わらない。浜では、体に抜け殻をくっつけたものも見ている。
 いや待てよ。海から陸に上がったダンゴムシは、進化の歴史をみればコツブムシの後輩に当たるはずだ。ダンゴムシに似ると言っては、コツブムシに失礼のような気がしてきた。
 そんなことを考えながら見ていると、団子になった1匹をあしで回すものがいた。そこにまた別の1匹がやってきて、三つ巴の離れわざも見せてくれる。
 芸のあとは、ほうびをやらねばならない。基本的に雑食性なので拾ってきたアオサをやると、すぐに寄ってきて食べ始めた。
 
 
 
 コツブムシには変わった性質があり、ある種では1年目はメス、2年目になるとこんどはオスになって繁殖する行動が確認されている。してみると、2匹でじゃれあっているように見えたのは、大きい方がオスで小さい方がメスかもしれない。多くのムシたちの雌雄の大小が、コツブムシでは反対になるようだ。
 うーん、実に興味深い。
 そして半月ほどしたある日、貝殻に小さな点がいくつも浮き出ているのに気づいた。ざっと数えたところ、少なくとも50個はある。
 水中で生えたかびなのか?
 と見るうちに、それらがてんでばらばらに泳ぎだした。
 その点々はどれも、コツブムシの赤ちゃんだったのだ。
 
  
 
 ダンゴムシと同じだとしたら卵ではなく、育児のうで育ったあと、外に出る。
 目をテンのようにして、点々の動きを見た。あいかわらずのオヤジ頭なので、寒いギャクも気にならない。
 それになにより、とにかく、かわいいのだ。
 小さな踊り子たちから、しばらく目が離せそうにない。最近の睡眠不足はそのせいである。
写真 上から順番に
・カニの化石。ヤマトオサガニと思われる
・ハイガイの化石。貝殻の表面に18本のすじがある
・シロボヤを指で押したら、ピューッと水が飛んだ。いい遊び相手になる
・やたらと目についたタテジマイソギンチャク。探しているのはウメボシイソギンチャクなんですけどね
・ヒラムシが動いた。こうなるともはや、宇宙怪物だ。でも、面白い!
・左:コツブムシが1匹、コツブブシが2匹、コツブムシが3匹……ああ、切りがない
・右:腹側から見たコツブムシ。もはやダンゴムシだ
・左:これはオレンジ色のコツブムシ
・右:こちらはハマダンゴムシ。もしかして、2匹はご親せきなの?
・左:おしりの両側に広がるようなひれ、のようなものがアクセントになっている
・右:コツブムシはおなかを上にして水面を高速で進む。推進力のもとは何だろう?
・左:コツブムシの玉回しでござーい! って、ホントかいね
・右:海岸で拾ってきたアオサを食べるコツブムシ。食べる量が少ないので世話が楽だ
・左:海水を少しだけ入れた小さい容器で飼育中のコツブムシ。アオサも少し与えるだけなのに、こんなに増えてしまっていいのだろうか
・右:アップで見ると、確かにミニサイズのコツブムシだ。模様もまちまち。親も別なのだろうか


 
 
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