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はさみ虫――異形にして孤高の存在(むしたちの日曜日71)  2018-05-14

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 はさみのある虫はカッコいい。
 いつのころからか、そう思うようになった。
 「虫」といっても広い意味での虫だから、その名を持つハサミムシだけではない。カニもザリガニもヤシガニも含めての話である。
 たとえば沖縄などに生息するヤシガニだが、測定器を使ってはさみの力を調べたところ、ライオンが物をかむときのパワーに匹敵したという報告もあるほどだ。
 
 
 
 ヤシガニは、南西諸島に出かけるたびに、こんどこそ見つけるぞと意気込むのだが、野生のものはいまだに見ていない。むかしに比べれば、少なくなっている。だが、時期さえ選べば見つかるそうだから、まあ、タイミングがよろしくないのだな、ということでとりあえずあきらめることにしている。
 そうやって、もう何年も過ぎた。そろそろ出てきてくれて良い頃合いではあるが、「おうおう。出会ったら、がっしり握手しようぜ!」なんて言われたら、それだけは遠慮したい。そんなにも強い力ではさまれたら、痛いのを通り越して、大けがとなる。
 旅行に出かけると食事に、タラバガニとかケガニが出てくることがある。それは大歓迎だ。
 といいつつ、はさみの中の身を取り出すのが面倒で、はさめる虫はカッコいいという割には敬遠している。
 ただ、あのはさみの形にはいつだって魅かれる。
 もう何年も前のことだが、自分で採集したカニのはさみに石こうを詰めて、ペーパーウエイトにしている人が紹介されている雑誌を目にした。
 あれは、まねたい。でもそのためにはきれいに身をとらなければならず、ちょいと悩むところだ。例によって思いだけで、いまだに実現していない。
 
 
 
 ベンケイガニやアカテガニには子どものころ、よく遊んでもらった。近くで簡単に捕まるところがあったため、事あるごとに採集した。
 そして庭のすみっこに板きれで囲った「カニ農場」をつくり、そこに放し飼いにしていた。
 くちから、ぶくぶくと泡をふく。それを見るだけで楽しめたのだが、当のカニたちにとってはそれどころではない。水分が減り、酸素不足に陥ったというサインだとか。
 そんなことなどもちろん知らない純真な子どもであったぼくは、その泡でしゃぼん玉遊びをしたら面白そうだなあ、とやさしくながめるだけだった。
 
 ベンケイくんにもアカテちゃんにも、このごろはめったに出会わない。その代わり、アメリカザリガニにはまだお目にかかれるから、はさみフェチとしての面目はどうにか保てるだろう。
 そのアメザリだが、近ごろは外来種のひとつという認識が高まり、アメザリもその愛好家も肩身が狭い。だからかどうか知らないが、「マッカーサー」と呼んでいた以前のような大物には巡り合わない。
 だんだん小者の話になってきたようだが、他意はない。より親しみやすいはさみ虫に近づいたのだと思っていただけばいい。
 実は、はさみ虫の中でいつかはこの目でこの日本で見たいと思っていたものがある。当たり前のように見ている人からすればナンダ・ソンナモノ、となるかもしれないが、ぼくにとっては大きなヨロコビなのだ。
 
 それはサソリモドキである。
 サソリのようでサソリじゃない、「モドキ」の中のモドキ一流品といっていい。
 そのサソリモドキに、ついに出会った。
 しかも、あちらにもこちらにもいて、そこでは実にまったく、ふつうの生き物なのだった。
 
 石をひっくり返す。
 ――いた!
 また別の石。
 ――おお、またいたぞ!
 これを何度か繰り返すと、さすがに「当たり前の虫」になってくる。
 おしりから出ているひものようなものが本家のサソリとは異なる。
 もっとも、そこまでそっくりだったら本当のサソリになってしまうから、名誉ある「モドキ」の称号が泣く。
 モドキには、モドキであることに自信を持ってほしい。だからサソリモドキ語を習得したあかつきにはやさしく、「しっぽがひもみたいでも、恥じることはないのだよ」と言ってやりたい。サソリモドキはおそらく、なんにも気にしていないだろうが……。
 ほほえましいのは、そのはさみだ。見るからにカッコいい触肢である。それがあるから、「わわわ、サソリだー!」と驚いてもらえる。
 パッと見た感じでは、眼鏡に見える。目玉とみる人もいよう。
 黒っぽい大きな目玉と細いひも状のしっぽ――。
 ぼくがサソリモドキを初めて目にしたときの印象は、そんなふうだった。
 苦労することもなく身につけた石返しの術で見つかるのはどれも、幼体だ。体長2cmあるかどうかの。
 
 ところが幾つめかの石のすぐそばで、ついに巨大な成体を見つけた。
 ――おおおおおー、これこそサソリモドキの中のサソリモドキだ!
 人目があるからさすがに声は上げなかったが、心の中では大きなカンドーを味わっていた。
 5cmぐらいある大物だ。
 さっと手を伸ばした。
 いや、そのつもりだったが、手は伸びることを拒み、しばし考えることをぼくに勧めた。
 はさみではない。おしりのひもに警戒せよと、頭から指令が伝わった。サソリモドキは酢のような毒ガスを噴射すると紹介したものが多かったからである。
 だからといって、それで人間がくたばることはないから、心配はない。
 問題は、臭いのが苦手なことだ。
 あの悪臭生物として知られるカメムシのにおいでさえ、ひとによっては芳香に感じる。ぼくの友人にもそういう変わり者がいた。だがおそらく、多くの日本人が悪臭は好まない。世界に目を向けても、臭いのが大好きという人は少ないだろう。
 
 「酢のような」で思いつくのは、アゲハチョウの幼虫が臭角から発するものだ。
 あれは臭い。
 何日もはいていた靴下のにおいを、しめきった部屋でかいだような感じだ。あれに近いものだろうか。
 勇気を出して、ちょんと、つついてみた。
 動かない。
 あれれと、もう一度。
 やっぱり動かない。
 それもそのはず、それは生きていなかった。
 こうして貴重な身を張った大実験の機会を失ったわけだが、その亡きがらは記念に頂戴することにした。
 こんど出会ったときにはぜひとも、付き合ってもらって毒ガスとやらをかいでみたい。
 念のため言っておくが、ぼくは悪臭靴下愛好家ではないので、臭いものは持ってこないでね。
 
 サソリモドキは見た感じから受ける印象通り、南方系の生き物だ。したがって温暖化が進めばこれまでより分布を広げ、もっと人目にふれるようになるかもしれない。
 「さそり」という漢字はけっこう難しいが、サソリモドキはどうだろう。調べてみたら、「擬蠍」とあった。
 だが、この文字を見て、「さそりもどき」と読める人がどれほどいるのだろう。
 
 そう思いながら逆にこの漢字の読みを調べたら、カニムシのことであるぞ、と出てきた。
 カニムシもまた愛すべきはさみ虫の一種ではある。
 されば!
 いまは海岸で、カニムシの中では巨大なイソカニムシにぜひとも会いたいと願っている。
 サソリモドキくん、ごめんね。
 
写真 上から順番に
・左:「はさみ虫」といえば、その筆頭はハサミムシだろう
・右:沖縄で見た飼育中のヤシガニ。そのはさみの威力は抜群だ。ライオンだってびっくりするだろう
・左:ベンケイガニ。あらためて見ると、毛がすごい!
・右:アカテガニ。高校時代まで、ぼくの良き遊び相手だった
・アメリカザリガニ。外来種ではあるが、子どもの遊び相手にちょうどいいからか、飼育書もたくさんある
・サソリモドキが掘り出したと思われる土。こんなところにも潜む
・「モドキ」の名を持つ虫はいろいろいるが、このナナフシモドキがいちばん身近な存在だ。ふ化して間もないこのころが特にいい。「モドキ」の風評にめげず、けなげに生きている感じが伝わってくる
・大きなはさみとひも状のしっぽが特徴のサソリモドキ。カッコいいよね
・アゲハチョウの幼虫がにゅっと出した臭角。赤いからこれはクロアゲハだ
・落ち葉の下にいたカニムシ。こんどはイソカニムシを見てみたい

 

 
 
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