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温暖化が農業に与える影響
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大石和三郎とジェット気流の観測 【1】  2016-06-20

●NPO法人シティ・ウォッチ・スクエア理事長 林 陽生  

 
プロローグ
 つくば市の南部、舘野に気象庁舘野高層気象台がある。私が最初に高層気象台を訪問したのは1975年ころだから、今から約40年前である。
 田舎のバス停から、地図を頼りに雑木林の中を歩いて向かった。道の両側は笹の茂みを切り開いたままの感じで、幅は狭く、それでもしばらく進むと立派な木造の建物が見えてきた。間違っていなかったことにほっとして、地図をたたみ、玄関に入った。舘野高層気象台は日本でもっとも歴史のある気象台の一つで、国際的にも上層大気の観測所で重要な役割を担っている。訪問の目的は、データがどのように収集されているか、その実態を知るためだった。
 
 舘野高層気象台が建設されたのは1920年(大正9年)で、それ以前から上空の気象を知ろうとする努力が払われていた。遡ること18年、1902年(明治35年)に、山階宮菊麿王が私費を投じて建設した筑波山気象観測が上層の大気観測のルーツと言える。その後、各所に山岳での気象観測が設置されて上層の大気観測の役割を担ったが、今はその役目を終えている。
 
 ところで国際的に見ると、ちょうど筑波山観測所の観測が始まったと同年に、フランス人のティスラン・ド・ボールが気球を使った高層気象観測を行っている。彼はこの観測結果をもとにして成層圏を発見した。この点を考えると、高層気象観測の面で日本は遅れをとっていた。
 
 高層気象の状態は未知の部分が多かったものの、気象学的には天気予測(初期には暴風雨などの災害防止)のために必要であった。実際に、舘野高層気象台の設立の契機となったのは、鹿島灘沖で発生した海難事故だった。事故が発生したのは1910年(明治43年)で、当時は満足な天気図がなく、天気予報には限界があった。この機に、茨城県那珂郡出身の衆議院議員・根本正は高層気象観測の重要性を説き、中央気象台の技師・大石和三郎が初代の館野高層気象台長となり、その後の高層気象データの実用の礎となった。
 
 現在の茨城県ひたちなか市にある華蔵院には、この時の海難事故の慰霊碑があり(写真)、国内の多方面から遺族に対して支援の手がさしのべられた経緯が刻まれている。
 
 
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「茨城県ひたちなか市華蔵院にある海難事故の慰霊碑」
突然の暴風雨により多くの漁民が洋上で遭難し、全国から義援金が送られたことが刻まれている。国技である相撲界からも多額の支援があった。

 
 高層の気象状態は、当然のことながら航空機(戦闘機や爆撃機)の開発とも密接に関係する。国際的な情勢をみると、1904~1905年の日露戦争やその後の2つの大戦など、続けて大規模な覇権争いが起こる時代になっていた。
 
 このシリーズの主役である大石和三郎は、ジェット気流を世界で最初に観測した人物だが、学術的には発見者として評価されていない。かれは、1926年に世界で最初に冬の舘野上空、高度9000mに現れた風速72m/sの強風をとらえ、論文を発表した。その論文はエスペラント語で書かれた。エスペラント語は、1887年にポーランドの言語学者ザメンホフが発案し、世界共通語として作られた言語で、いわば民族を超えた理解の手段としてのシンボルでもあった。当時、日本のエスペラント協会第2代理事長であった大石は、館野上層の強風に関する論文をすべてエスペラント語で発表した。
 
 国際的にジェット気流の発見者として知られているのは、ロスビーほかのシカゴ大学のメンバーである。かれらは、第2次大戦末期にアメリカの爆撃機が日本の本土上空付近で極めて強い西風に遭遇したことから、ジェット気流を発見した。皮肉なことに、大石の観測結果を知った日本軍は、アメリカに一歩先んじて冬期に強い西風帯が安定して現れる現象を認め、アメリカ本土を爆撃するための風船爆弾計画を実行した。アメリカ本土の爆撃は、日本軍の念願でもあった。風船爆弾に関してはご存じの方も多いだろう。この計画を実行した陸軍登戸研究所が神奈川県川崎市(現在の明治大学生田キャンパス内)にあるので見学するとよいだろう。
 
 最近になって、J.M. Lewis(2003)が大石和三郎の高層気象観測に関する業績について改めて論評した。参考資料にある報告書で、アメリカ気象学会の雑誌に発表されたものである。これにより、ジェット気流の真の発見者は大石であると認められた観がある。Lewisの報告書を参考にして、大石和三郎の時代の世相と、かれが取り組んだ高層気象観測とは何だったのかに迫ってみよう。(つづく
 
参考文献
Lewis, J.M., 2003: Ooishi’s Observation – Viewed in the Context of Jet Stream Discovery. Bulletin of American Meteorological Society, 357-369.

 
 
 

 
 
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