| スリムインセクト――やせていても夏は暑い?(むしたちの日曜日121) | 2026-09-17 |
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●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治 |
1967年10月。1人の若い女性が羽田空港に降り立った。ロンドンから来た華奢な「小枝(ツイッギー)」のような少女で、それがそのまま、彼女の呼び名となった。世界的なモデルであり女優として成功するが、レズリー・ホーンビーという本名は現在に至るまでほとんど見聞きしない。われとわが身を振り返り、どうしたらあんなにスリムでいられるのかと不思議でならなかった。   生き物の世界なら、細いものはいくらでもいる 。 例えばトンボだ。ミミズだ。ナナフシだ。ウナギやドジョウだって細くて長い。もっと言えば、ヘビがいる。 スリムな体形がうらやましいと感じるのは、酷暑、猛暑が続く昨今の夏のせいである。9月の声を聞いたというのにこんなにも暑いなんて、ツイッギーが来日したころ、想像できただろうか。やせていても汗かきの人はいるから一概にはいえないが、細身の人は少なくとも、見た感じは涼しげだ。   人間はエアコンという便利な機械を手に入れた。だがしかし、一歩外に出れば野生の生き物と変わらない。 暑い日の赤トンボは、おしりを空に突き出す。太陽の光が当たる面積を少しでも減らすのがねらいだ。どこで覚えたのか誰に教えてもらったのか知らないが、それが彼らの避暑対策となっている。 オニヤンマは雑木林のふちで、だらんとぶら下がる。風が吹けば、ゆらゆら揺れて、夢見心地なのかもしれない。トンボといってもいろいろだから、自分たちに合った日よけ法を採用するのは当然だ。   イトトンボになれば さらにスリムだ 。あれだけ細いなら、なにもしなくてもさぞかし涼しかろう。それとも、あんなにスリムな体でもやっぱり暑いのだろうか。 「ああ、イトトンボな。イトトンボもやっぱり、暑いで」 トンボの生態に詳しい友人が口をはさむ。 彼によると細身だから熱がこもらないように思えるが、それはニンゲンの勝手な想像らしい。体が小さくて細いだけに、直射日光や高温の影響をじかに受けるという。 難しい用語を持ち出すと、比表面積が大きいからだそうだ。体積に対して表面積の割合が大きいため、熱が一瞬で体の芯まで伝わる。だから最高気温が35度を超すような猛暑日には、小さな体がすぐにオーバーヒートするらしい。見かけによらず、苦労していると知って驚いた。 「だったら、赤トンボみたいに、おしりを突き出せばいいだろ」 「そうするやつもおるらしいで。せやけど、そんなことせんでも、草むらの奥でじっとしとったらええんや。まあ、昼寝やな」 どこまで正しいのか知らないが、たしかに一理ある。ニンゲンだって、「夏は昼寝に限る」といって、欠かさず実践している人がいる。 |
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トンボ類にはそんな避暑手段があるとして、ほかの虫はどうだろう。 現場で確かめようと、よせばいいのに暑いさなか、外に出た。 田んぼではすでに稲穂がずんと重みを増し、目玉風船がスズメ来るなと目を光らせる。そのわきの水路を見れば、アメンボが何匹も水上スケートを楽しんでいた。 「のんきなものだな」 と思った瞬間、アメンボだって暑いのではないかと考えた。「田んぼ周辺におけるアメンボ類の暑熱対策についての一考察」なんていう論文は見たことも聞いたこともないのだが、はたして彼らも暑さを苦手としているのか。 気になる。   ささっと調べたら、きちんと研究している人たちはちゃーんといるようだった。そして知ったのは、水上のアメンボだって、夏の暑さはけっこうしんどいと思っているらしいということだ。 青空の向こうにはお日様がいて、誰にもどこにも分け隔てなく、しかも容赦なく熱を注ぐ。とにかく熱心だ。 アメンボの背中もじりじりと焼け焦がす。しかも直下の水面には、強烈な照り返しがエンドレスで続く。 そうなったら、のんきなスケーターではいられない。灼熱のフライパンで踊らされているようなものである。エアコンに頼れるニンゲンの方がずっといい。 だが、アメンボもただ耐え忍ぶだけではない。暑さや乾燥を避けて水から上がり、草むらに身を隠すことがあれば、厳しい環境を休眠状態で乗り切ることもあるようだ。   ――アメンボといえば、よく似た虫が樹液酒場にいたよなあ。 思い出したのはヤセバエだ。アメンボの陸の親せきといったいでたちで、スズメバチやカナブンと一緒に樹液をなめている現場を何度も見た。 もっとも、昆虫の分類からすると、両者は赤の他人だ。アメンボはカメムシ目、ヤセバエはハエ目に属する。 それはともかく、あの酔っ払い連中はどうだろう。水場とちがって照り返しの心配がなさそうだから、夏の暑さも平気だろうか。 などと思ったものだが、そうとも言い切れない。強い日差しはかなり苦手なのかもしれない。 それでも感心するのは、君子危うきに近寄らずを実践していることだ。「暑いの嫌い!」を公言しているのか、薄暗い雑木林の中や茂った草むらの陰などを生活の場にしている。 そんな彼らの様子を見ていて、ちょっとした行動に気づいた。樹液が出る木でも、ヤセバエたちは日陰側を選んでいるようなのだ。そちらの方が涼しいと知っているのかもしれない。 ――だとしたら、やせ型といえどもいろいろということだなあ。 とまあ、一般的な考えに落ち着くのだった。
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スリムな虫としてはナナフシやガガンボ、イトカメムシも外したくない。だが、彼らもまた、それぞれに暑さに関する悩みを抱えていよう。 細長いからといって、暑さに強いと限らないことはいくつかの例が教えてくれた。見た目で判断するニンゲンの目はあてにならない。 ――人もいろいろ、虫もいろいろ。島倉のお千代さんだって歌っていたもんなあ。   暑さを気にしてもしかたがないと割り切り、田んぼのふちを歩いた。 ところどころに水たまりみたいな場所があり、ヌマエビだかカダヤシだかはっきりしないものがちらちらと見えた。網ですくって正体を確かめたいところだが、また今度にしよう。いつでもすぐに来られる田んぼだ。 何事も慌てない、必死にならないのがわが流儀だ。つまり、いい加減、良い加減で物事は進むと思っている。 そのノーテンキぶりが幸いしたのか、もしかしたらこれぞ究極の細長い虫ではないかと思えるものに出くわした。おそらく5年ぶりだ。 そいつはもはや、針金だ。 勘のいい人なら、想像はつくかもしれない。勘が鈍くても、針金という言葉から思いつくかもしれない。何を隠そう、そのまんまのハリガネムシであった。 「おまえ、何やってんの?」 さすがに言葉にはしなかったが、脳天にはそう届いた。   数日前の大雨でできたのだろうか、やや大きな水たまりのふちで、何をするでもなくうごめいていた。30cmはありそうな細いひも状のものが、くねりくねくね、くにゃりくにゃりと、前に進むでもなく、もぐるでも、下がるでもなく、ただふらふらとしながら、そこにいた。 カマキリの腹に潜み、時期がくるとカマキリを操って水辺に向かわせ、しかるのちにカマキリの体内から出て、水に入る。 そんなけったいな習性で知られる、奇妙な虫だ。 分類上は、昆虫ではない。ミミズが属する環形動物でもギョウチュウ、回虫の線形動物でもない。 あまりなじみのない類線形動物というグループに属する生き物だが、そんな分類上の区分けなんかどうでもいい。水たまりで見たのだから、関心はこれからどうするのかという一点に尽きる。 簡単に言えば、水中で交尾して産卵し、生まれた幼虫は、めぐりめぐってまた昆虫の体内へ入る。とすると相手が要るわけだが、見たところ1匹で、やたらともがいている。いや、ただうごめている。 いまいる水たまりがいつまであるのかわからない。 相手が見つかる保証もない。 それでもじーっと待つしかないようだ。   彼か彼女なのかもわからないが、幸あれと願うことにした。ちょっと、キモいけれど。 ――それにしても、水中だから、さすがに涼しいのだろうなあ。 熱湯とまでいかなくても十分に熱そうだから、またしても的外れかもしれない。 だが、そんなことはもはやどうでもよくなる暑い日ではあった。
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写真 上から順番に ・ナナフシ。英語では「スティックインセクト」とか「ウオーキングスティック」。まさに小枝だ ・尾を立てるトンボ。細身でもやっぱり、暑いのだろうね ・スリムといえばイトトンボ。日に焼けて赤いわけではない。アジアイトトンボ本来の体色だ ・目玉模様の風船は田んぼの鳥よけ。効果があるといいね ・アメンボは水上のスケーター。すいすい泳いでいるが、涼しいとは限らない ・ヤセバエの仲間はさしずめ、「陸のアメンボ」。水面の照り返しがないだけ、暑さはマシかも……というのは思い込みかも ・無駄を省いて身軽になったようなガガンボだが、夏はやっぱり暑すぎる? ・ハリガネムシ。久々に見てうれしいのだが、あまり気持ちのいいものではない ・木の枝にからむハリガネムシ。けっこう太い針金に見える |
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