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大石和三郎とジェット気流の観測 【11】  2017-04-21

●NPO法人シティ・ウォッチ・スクエア理事長 林 陽生  

 
大石が夢見たもの
 「科学技術の発展がどのように導かれてきたか」を考える場合に、しばしば引用される逸話がある。1674年に独創的な発想で顕微鏡を発明し、微生物を発見したオランダ人のレーウェンフックの話しだ。
 彼は、顕微鏡の中にそれまで未知だった膨大な数の微生物を発見した。しかし、それらのコレクションを公開することはなく、個人的な趣味の域を超えなかったといわれている。その後、微生物と病気の関係が解明されて、社会的に大きな貢献をもたらす。微生物学から医学への発展である。ここで重要な役割を果たしたのは、フランス人のパスツールだった。レーウェンフックの微生物発見ののち、200年が経過していた。
 
 1926年に大石が観測した冬季日本上空に現れる強風層に関する知見は、高層大気の研究発展にどれほど寄与しただろうか。
 気象学の歴史における1930年代は、大気大循環に関した議論が活発に行われた10年間である。中緯度帯に現れる擾乱(じょうらん)の構造に注目が集まり、運動を支配する物理的なシステムの解明がおこなわれた。こうした学術上の流れのなかで大石は、上層風に関する未知の現象を解明しようとする純粋な好奇心を抱いたに違いない。
 
 大石は海外視察や留学を通して同時代の欧米の研究情報を知ったが、海外の気象学者は大石の観測結果を知ることはなかった(観測結果は逐次発表したがエスペラントで書かれていた)。その一方で、日本の軍隊は大石の観測結果を基礎とし、当時の秀英な気象学者達の研究結果を利用して風船爆弾を考案するに至った。
 
 先般、NPOのメンバーで陸軍登戸研究所を訪問した際に、当時の風船爆弾作戦の責任者である荒川秀俊のもとで気象データを解析していた人が健在なことを知り、のちに手紙で当時の状況を聞くことができた。それによると、ジェット気流という用語は一度も耳にしたことはなく、毎日上司の指示のもとで、ひたすらに気象データの解析の任務にあたったという。
 
 大石の観測の後、シカゴ大学の研究チームがジェット気流の礎となる論文を発表したのは、大石が没するわずか2~3年前だった。当時は科学論文の成果の伝達に遅れがあり、大石は彼らの最新の研究成果を知ることはなかっただろうと思われる。もし知っていたとしたら、観測した未知の現象が大気大循環の解明に役だったことを誇りに思ったに違いない。
 
 微生物の発見を自分だけのものとして顕微鏡のなかに秘密を閉じ込め、その結果、医学の進歩を遅らせることとなったレーウェンフックの場合と違い、大石は、ヨーロッパやアメリカの科学者に自分の研究が受け入れられるよう、並々ならぬ協力をした。その証拠に、すべての研究結果を日本語ではなくエスペラント語で発表したのである。これは、賞賛に値する。
 大石和三郎は、幸運にも東京帝国大学で最先端の教育を受け、海外での経験も積んだ。獲得した知識は日本の高層気象観測に不可欠なものとなり、学会では専門分野の研究発展を推し進める有力な一員となった。こうした科学者のありようは、明治復興の時代に万人が夢見た姿そのものだった。(つづく)

 
 
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