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きのこ虫――近くて遠いふるさと(むしたちの日曜日107)  2024-07-18

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 その切り株は、街なかの小さな児童公園の隅っこにあった。
 樹種は、はっきりしない。それでもそこに生えるきのこがサルノコシカケであることは、独特の形状から判断できた。
 きのこ類の識別は、なかなかに難しい。
 春に見るアミガサタケならわかる。ツバキの花が落ちたところを選んで生えるツバキキンカクチャワンタケ、秋になると目につく地上に落ちた星のようなツチグリのような変わりものならともかく、よほど特徴がないと、「これは○○だ」と自信を持って言えない。
 
 
 
 ともあれ、とりあえずサルノコシカケだ。切り株に生えていたのは手のひらサイズだから、大物ではない。写真を撮るまでもないと思い、ただながめた。
 と、そこにいたのである、キノコムシが。
 赤地に黒の模様というのか、黒の地色に赤の斑紋があるというのか、とにかくよく目立つ。
 キノコムシはその名の通り、きのこを食べる虫だ。そのサルノコシカケは白っぽかったので、赤と黒でデザインされた派手な虫がいれば、否が応でも目に入る。
 ――オオキノコムシの仲間かなあ。
 樹液を吸うヨツボシケシキスイにも似ている。キノコムシのようだけど、キノコムシではないように思えてきた。
 きのこの名前が不案内のように、きのこに依存するキノコムシの名前もほとんど知らない。ヒメオビオオキノコムシと思われるキノコムシを2度ばかり見ただけだ。
 
 
 
 まずは記録写真を撮ろう。いつも持ち歩くコンパクトカメラをカバンから取り出し、シャッターを何度か押した。
 嫌がることもなく、付き合ってくれる。持ち帰りたい衝動に駆られたが、その先どうするという計画もないので思いとどまった。
 帰宅後に調べた結果、モンキゴミムシダマシかオオモンキゴミムシダマシだろうということに落ち着いた。両種のちがいは大きさや背中の帯の太さで見分けるようだが、いまひとつ自信がない。
 それでも分類上はキノコゴミムシダマシ亜科となり、「キノコ」と付く。名前に「キノコムシ」という文字が入る余地はなさそうだが、まあ、良しとしよう。
 毎度のいい加減な判定で一件落着とした。
 
 と家族から、思わぬ質問が飛んできた。
「そういえばサルノコシカケで探していたでしょ、なんとかいう小さな虫」
 思い出せない。
「ほら、小さなクワガタみたいな虫だとか」
「ああ……」
 そこまできて、ようやく頭に浮かんだ。
 見たいと願ってはいるが、いまだに見られない虫だ。名前も思い出せないが、確かに探していた時期がある。
 あとで確認すると、コブスジツノゴミムシダマシという虫だった。
 小さいながらカッコいい角が生えていて、かのトリケラトプスをうんと小さくしたような虫だといえばイメージしてもらえようか。
 その甲虫は、サルノコシカケの根元や裏側にすんでいるということだった。それっぽい虫の幼虫を見たことはあるが、違った。それ以来、すっかり忘れていた虫である。
 
 代わりに思い出したのが、きのこに群れるダンゴムシだ。雑食性だから、きのこを食べても不思議はない。
 しかし多くの場合、ダンゴムシは落ち葉のようなものをえさにする。自然界の有力な分解者として働いているのがダンゴムシだ。
 きのこにしがみついていたダンゴムシは、2匹、3匹という少数ではない。数十匹が1本のきのこに群がっていた。その重さで倒れたのか、倒れていたから集団で食事にとりかかったのか不明だが、きのこに群がるダンゴムシ集団がそこにいた。
 それから思い出したのがふん虫だ。ふん虫はとても魅力的な虫なのだが、飼育しようとするとふん、すなわち雲古が必要になる。熱心な観察者は自らひりだしたもので運をつかむらしいが、そこまでの情熱はない。
 
 昆虫の展示会では、ふん虫がよく販売される。たいていはセンチコガネという種類で、金属光沢を持ち、けっこう美しい。
 市販の昆虫ゼリーでも飼えるとは聞いている。だが、どうせ飼うなら、やはり雲古だろう。そう思っていまだに、雲古によるふん虫飼育は実現していない。
 雲古ではなく、きのこを食べるふん虫もいる。その食事場面に遭遇したこともあり、そのとき思ったものだ。きのこでもふん虫を飼うことができる、と。
 それ以来ずっとチャンスをうかがっているのだが、きのこを食べるふん虫にはその後、出会っていない。
 あれこれ思い出すと、きのこに依存する虫は意外に多いと気がついた。
 
 ――ということはつまり、クワガタムシも「きのこ虫」といえるぞ。
 オオクワガタの飼育から始まったようだが、クワガタ愛好家は、ヒラタケなどの菌糸が詰まった瓶で幼虫を飼育する。
 いってみれば、瓶詰めクワガタだ。えさとなる菌糸だけを詰めた瓶はもちろん、幼虫とセットになった商品もある。虫好きの子どもにでもプレゼントしたら、オジサンたちの株がいくらか上がるかもしれない。
 もっとも、どんなクワガタムシも飼えるわけでなく、種によって好・不適があるようだ。
 商品としての需要は期待できないものの、いまだ出会えぬコブスジツノゴミムシダマシもそうやって飼えたら、夢が広がる。小さな瓶で飼えるから、机の上に置いてながめられる。そうすればそこから、世紀の大発見が生まれるかもしれない。
 
 ちょっと気になるのが、菌類と地球温暖化の関係だ。虫たちはある程度の高温には耐えるが、菌類はどうだろう。温・湿度がしっかり管理できる設備があればいいが、趣味の昆虫ファンはそうもいかない。
 「江戸です」が学名になったといわれる「レンティヌラ・エドデス」とは、だれもが知るシイタケのことだ。シイタケなら30度を超しても大丈夫だと聞いたことがあるが、ヒラタケはそうもいかない。かたいサルノコシカケなら高温でも平気そうだが、実際にはどうなのだろう。
 だが、そんな心配よりも、虫たちの方が気になる。菌糸瓶育ちの虫がどんどん増えたら、仲間うちではどう話すのだろう。
「おめえさん、どこの生まれだい?」
「おいら、瓶中さね」
「ビンチュー? ああ、備中のことか。そういえば、備前生まれというヤツに会ったことがあるなあ」
 勘違いでもいい。虫同士の話が通じることを祈るばかりである。
 
写真 上から順番に
・左:春になるとよく目にするアミガサタケ。わかりやすい命名だと思う
・右:ツバキの花が落ちているあたりを探すと……ツバキキンカクチャワンタケが生えていた。なるほど茶わんだ
・左:ヒメオビオオキノコムシ。正統派キノコムシの一種で、カワラタケも好むようだ
・右:サルノコシカケを食べていた「きのこ虫」。とりあえず、モンキゴミムシダマシの一種だと思うことにした
・集団できのこにかぶりつくダンゴムシたち。重みで倒れたのか、倒れていたきのこに群がったのかは知らないが、多すぎる!
・名前はわからないが、きのこを食べていたセンチコガネ。雲古がなければ、こんなのも食べるんだね
・菌床から発生したヒラタケ。クワガタムシを飼う人は、この菌床と同じようなもの瓶に詰めて幼虫に与える
・コーヒーの空き瓶に腐葉土を詰めて飼っていたクワガタムシの幼虫。これでも無事に羽化してくれた

 

 
 
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