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ザトウムシ――謎多きあしながおじさん(むしたちの日曜日67)   2017-09-21

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 山に入ると、ふだん見ないものに出くわす。
 ある時は倒木の上に、粘菌とも変形菌とも呼ばれる奇妙でわくわく感たっぷりのものを見つけた。またある時は、冬虫夏草を含む異形のきのこ類が目に飛び込んできた。そしてまたまた別の機会には地衣類、コケ類など、虫や鳥、けものとは一線を画するものたちに遭遇した。
 そんなこんなをひっくるめて、予期せぬ出会いがあるからこそ、山歩きが楽しいものとなる。
 
 その一方で、たいして望んでもいないのによく顔を出すものがある。たとえばザトウムシだ。
 漢字で書けば、「座頭虫」。往年のヒット映画「座頭市」シリーズを知る世代には、名前自体はすんなり受け入れてもらえる。ただ、その座頭の市やんとちがうのは、ザトウムシにはちゃんと見える眼が2つあることだ。
 
 
 
 ザトウムシはわれわれ人類よりうーんと先輩で、およそ4億年も前、この地球に出現した。巨大なシダ植物が生い茂り、オウムガイやアンモナイトがうじゃうじゃとたむろしていた古生代デボン紀にはすでに、いまのザトウムシのご先祖さまがお出ましになられていたという。
 ところが3億年ほど前になると進化をやめたようで、そのころの姿をいまも保っている。カブトガニやシーラカンスと同じように、「生きた化石」と呼んでいい虫ではある。
 
 興味深いことに、古い時代のザトウムシは4つ目だったという。
 タテハチョウやジャノメチョウの仲間は一見したところ、6本あしではないように見える。1対2本が、あしの痕跡のような「元あし」状態になっているからだ。したがって見た目には、4本あしのチョウということでよく紹介される。
 4つ目が2つ目になるのを進化というのか退化というのか迷うところだが、どこかの段階で目玉が2つ消えてしまったのは確かなようだ。それで現代のザトウムシには、2つしか眼がない。
 なーんて、ついつい書き始めてしまったが、「さっきから話しているザトウムシって何だよ?」という、そもそもの声が聞こえてきそうである。
 ごもっとも、ごもっとも。
 で、ぼくは答える。
 「そうだなあ、豆つぶを用意するだろ。その豆に、その10倍ぐらいの長さの針金を8本差し込んだような虫なんだ」
 「へえ、そうかね。なるほどねえ」
 と返ってくれば何の問題もないのだが、ちっとばかし虫に関心があると、こんなツッコミを入れる。
 「あしが8本? だったら、それはクモの仲間かね?」
 「ぼくの知る限り、クモじゃないね。小さなはさみみたいなものを持つから、サソリとかカニムシのイメージもあるけど……」
 「あしが長くて、8本あって、クモじゃなくって、はさみがある? そいつぁ、なんてケッタイな虫なんだ!」
 そう言われても困るが、写真を見れば答え一発、わかってもらえる。英語圏では、親しみをこめて「あしながおじさん」と呼ぶようだ。
 「へえ。おじさんなんだ」
 見た目の奇抜さはさておき、このニックネームの効力は絶大だ。アメリカの女流作家、ジーン・ウェブスターのあの有名な作品を思い浮かべるからだろう。
 
 
 山中で見るザトウムシは、そのシンボルである長ーいあしをもつれさせることなく駆使して、木の幹、岩の上を渡り歩く。
 クモそのものではないのだが、分類上はクモ綱ザトウムシ目に属する。だから大ざっぱにいえばクモの親せきといってもいいように思うのだが、クモかと尋ねられたら、やっぱりクモではない。どちらかといえば、ダニに近い。
 ところがクモ綱の虫の中では例外的に、オスにペニスがあるらしい。そしてちゃんと、交尾をする。ミャンマーで見つかった琥珀(こはく)の中のカレは、それを見事にたち上げた状態だったというから、クモにはないものを持つ身であることはまちがいない。
 
 それにしてもふだんの彼らはいったい、何を食べて、どんな生活をしているのだろう。
 なにしろ、わざわざ探すことはしない。たまたま目にする虫である。だからそのあとじっくり観察することも少ないのだが、よく紹介されているところによれば、ヒトに危害を加えることはない。まずは、ひと安心だ。
 食事のメニューはいろいろで、小さな生きた虫とか、死んだり、弱っている虫を見つけて食べる。
 とくれば肉食性ということになりそうだが、木の実も食べ、樹液に集まることもあるらしい。そうなると、雑食性とみた方がいい。飼育下ではバナナも昆虫ゼリーも口にするのだ。
 昆虫ではないが、虫の仲間なので卵も産む。産卵するのはもちろん、メスだ。実物を見たことはないが、写真によると、まあるい卵を産んでくれる。
 
 
 
 それよりも、ぼくの前に現れるザトウムシはなぜだか、わらじのような体にオレンジ色の粒つぶを付けていることが多い。
 初めて見たときには、それが何なのか、わからなかった。「あしながおじさん」に関わっても得るものがないと思い、しっかり観察しなかったからである。しかし、よくよくながむれば、オレンジ色の物体はどうやら、ダニの一種だとわかってくる。
 1匹や2匹ではない。小さな体に数匹の便乗組がいることもある。まさかそうやって旅行に出かけようという魂胆ではあるまい。生きた虫に寄生するからには、体液を吸い取るのがねらいだろう。
 
 
 
 見るからにか細いあしは、ガガンボを思わせる。かつては「蚊の母」とまでいわれたガガンボのあしも、さわるとポロリと落ちる。ザトウムシも同じだ。危険が迫ると、トカゲのしっぽのように自ら切り捨てる習性がある。
 いやいや、ゲジの印象も強い。俗に言う「ゲジゲジ」だ。彼らのあしもまたもろく、体からすぐに離れる。あしと体の相性がよほど悪いのだろうか。
 アイヌの人たちはこの妙ちくりんな虫にもちゃーんと、利用価値を見いだしていた。有毒植物として有名なトリカブトの根を使って矢毒をつくる際、効果を確かめるために使うのがザトウムシだった。ザトウムシの口にトリカブトからとりだした毒を塗り、あしがポロリと取れたら良しとしたという。
 矢毒の力を強めるためにクモを使うこともあったそうだが、ザトウムシのように弱々しいものにまで目を向けるとはさすがである。それだけ自然と密接にかかわる生活をしていたからこそ、できたのだ。
 だがまあ、ザトウムシにしてみたら、災難である。そうでなくても自分のあしを落とす出来事は多かっただろうから、「たまったもんじゃない」とぼやいていたにちがいない。
 
 エクアドルの熱帯雨林からは、ちょいととぼけたウサギ顔のザトウムシが見つかったというニュースが伝わった。耳が立っていて、黒っぽい。ウサギといわれれば、なるほどそう見えてくる。「トトロじゃないか!」という見方をする人もいるようだが、ぼくには干したアメフラシのようにもムラサキトビムシのようにも見えた。
 熱帯地方にはびっくりするような虫がわんさかいることは周知の通りだが、温暖化が進めばこの日本でも未知の虫がどんどこ見つかるだろう。その可能性を秘めるのは、ふだんは無視されている虫のような気がする。影の薄いザトウムシの中から、次のスターが生まれる可能性は十分にある。
 ザトウムシは、それだけ特異なキャラクターだと思いませんか?
 
写真 上から順番に
・山の中で見かける機会が多いが、注意すれば身近な場所にも生息する
・左:ザトウムシ。改めて見直すと、意外にスマートな印象だ。勝手な思い込み?
・右:オウムガイと同じ時代にザトウムシがいた。だったらザトウムシにも「生きた化石」の称号をおくりたい
・タテハチョウやジャノメチョウの仲間には4本あしにしか見えないチョウも多い
・左:サソリを連想させるカニムシ。ザトウムシにもカニムシに似たはさみがある
・右:ザトウムシのはさみ。どれだけ使えるのかは知らないけれど、カッコいいね
・クモのように長いあしを持つザトウムシだが、分類上はダニに近いのだとか
・左:タカラダニの一種に大モテのザトウムシの一種。赤いダニだけによく目立つ
・右:ザトウムシとダニだけでなく、ノミバエのようなハエとおぼしき虫もくっついてることがある
・左:「蚊の母」のあだ名を持つガガンボ。長いあしは脱落しやすい
・右:誤解されることも多いゲジ。あしはすぐに落ちる。かなしいね
・北海道にあるものとは異なるが、トリカブトが有名な毒草であることはたしかだ

 
 
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