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虫こぶ―よくよく見れば芸術品 (むしたちの日曜日48) | 2014-07-15 |
| ●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治 | こぶといえば、むかし話に登場する「こぶとりじいさん」を連想する人がいる。あんな風に、こぶをとったりくっつけたりできれば楽しいが、ここで話題にするのは虫がつくるこぶ、「虫こぶ」のことだ。こぶを幾つもつなげたようにでこぼこした感じのチョウや蛾の幼虫がいるが、それの呼び名ではないことを断っておきたい。 ――などと記すのは、行数かせぎのためではない。まさかと思っていたのだが、虫こぶは、ぼくが思うほど一般的なものではないようだからだ。だからといって、「ゴール」という専門的な用語を使うと、ますます混乱する人がいるので、それもやめる。   だったら、「虫えい」はどうか。 しかし、これまた通じない。その原因の一つは「えい」とひらがなで表記するためだが、「癭」と書いてもそんなに変わらない。よく似たところで「嬰児」という熟語ならなんとなく分かってもらえるが、「もしかして、虫の赤ちゃんの意味?」などと尋ねられても困る。虫の赤ちゃんといえば、幼虫を思い浮かべるのがふつうだからだ。 「嬰」自体には赤ん坊を意味する以外にも、取り囲むとかとりつかれるというような意味があるらしい。そんなところから、「癭」にはコブとか、タマといった意味を持たせている。   ことほどさように、虫こぶという用語は扱いにくい。「だったら、実物を見せなさいよ!」とプチ切れ、ブチ切れる人もいるが、目の前にあっても気づかぬ人に説明するのもまた大変だ。奇形をもたらす原因をつくるのは主に昆虫で、ハチやハエ、アブラムシの仲間がよく知られている。 そんな虫こぶが、ぼくは好きだ。たいていは魅力的なフォルムを有し、それぞれに強烈すぎる個性を主張する。   見たい見たいと念じていてようやく巡りあったのはイスノキにできる虫こぶだった。ヒョーヒョーとまるで妖怪・ヌエの鳴き声のような音を発するとか、そのままオカリナに加工できそうなものだとか聞かされたら、興味を持たない方がおかしい。「ヒョンノキ」「猿笛の木」というあだ名だけでも十分にそそられるというものだ。ヒョンは「瓢」だというから、ヒョウタンに見立てることもあるのだろう。 その正体はというと、アブラムシがイスノキにもたらす奇形だ。彼らのたくまざる仕事ぶりにこれまた感心するしかない。   イスノキはその昔、ツゲとともにくしの材料にされた樹木だ。ところが、本家本元のイスノキを見て、それだと分かる人はイスノキの虫こぶ以上に少数派である。かくいうぼく自身、あまたある雑木の中から、さしたる特徴のないイスノキを見いだす眼力は持ち合わせていない。だから、虫こぶあってのイスノキのように思えてならない。だからこそ、苦労して見つけたときの喜びはひとしおだ。 イスノキの虫こぶをつくるアブラムシは10種ほどいるようだが、そのひとつであるモンゼンイスアブラムシについて最近、面白い研究報告がされた。このアブラムシがつくる虫こぶには基本的に出口がなく、2年間に及ぶ長い集団生活を経てはねのある成虫が外に飛びだすまで、閉ざされた環境下に置かれる。完全な閉鎖空間ということだ。   その中を調べたところ、脱皮したあとの抜け殻や死がいなどの固形物は見つかったが、俗に「甘露」と呼ぶ排せつ物、つまりおしっこがたまっていなかった。研究報告ではその理由を、虫こぶの内部はおしっこを吸収する構造になっているのだと結論づけている。 いってみれば、赤ん坊の紙おむつみたいな仕掛けが施されているということだろう。多い時には2000匹を超す集団になるというから、自然吸収装置付きの住宅だと便利なことこの上ない。 同じような仕組みは、エゴノネコアシアブラムシがつくる虫こぶでもみられることも分かった。これは、エゴノキにできるものだ。したがって紙おむつ式住宅は植物がもたらす性質ではなく、虫こぶを形成する虫の種類によるものではないかと推測されている。   イスノキとちがって、エゴノキは見分けやすい樹種だと思う。初夏には純白のベル状の小さな花を幾つもぶら下げる。虫好きにとってその実は、おしゃれなデザインで愛らしいエゴシギゾウムシや頭部のデフォルメのしすぎで逆に好まれるエゴヒゲナガゾウムシ(別名・ウシヅラヒゲナガゾウムシ)が産卵に使う木として親しまれてもいる。 後者のゾウムシなどは「ちしゃ虫」として、魚釣りのえさにもなっている興味深い虫である。「チシャといやあ、レタスのことだんべ」と思う人がいたら、それは誤りだ。この場合はエゴノキの別名である。動物の乳のようにも見える実から連想した、「乳成り(ちなり)の木」に由来するという。 |
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| そのうるわしい木に出現する虫こぶがこれまた、魅力的だ。エゴノネコアシアブラムシが、妖怪・ネコマタの前あしではないかとわくわくさせるような形をこしらえる。虫こぶ名の「エゴノネコアシ」からして、ネコのあしから名前を頂戴したものだと認識できる。 まだ若いその虫こぶもうれしいが、中にいたアブラムシが飛び立ち、秋風が吹く時期にこげ茶色の姿をさらすものには妖気さえ感じる。ネコマタの想像主たるご先祖さまに感謝するのはそのときだ。ろうそくの火だけが頼りだった時代だからこそ生みだすことができたはずで、いまのようにコンビニの灯りがこうこうと輝く時代では生まれようがない。   虫こぶの話で絶対に外せないのは、ヌルデだろう。この樹木にはヌルデシロアブラムシが寄生し、「ヌルデミミフシ」という虫こぶをなす。 というよりも、「フシ」とか「五倍子」という呼び名の方がずっと有名だ。虫こぶのことをフシともいうから、まさに虫こぶ中の虫こぶ、虫こぶの名門である。 その利用法もよく知られている。かつてはお歯黒やインク、染物などの染料にされた。ついでにいえば、春の山で黄色いかんざしのような花をつけるキブシは漢字で「木倍子」と書き、秋にとれる実をヌルデの代用にした。お歯黒には、単なる風習というだけでなく、虫歯を予防する効果もあったとか。そう聞けば、一度は試してみたいと思えてくる楽しみな樹木である。   マタタビといえば、「猫にまたたび」のたとえ通り、猫がゴロニャーンという猫なで声を発する木として知られる。猫と同じネコ科のライオン、トラでさえもうっとりとろろーんとなるというから、相当なパワーを持つことが想像できよう。「またたび」というのも、昔の旅人がこの実を口にしたところ元気になって、また旅ができたというところから来たといわれる。   その真偽はともかく、マタタビにも虫こぶができる。秋になるとマタタビのはちみつ漬やら焼酎漬が観光地で見られるが、どんぐり型の実よりもカボチャ型の実の方が価値があるとされている。見るからに不細工なカボチャ型の実は、マタタビタマバエのしわざによる造形物で、虫こぶ自体には「マタタビミフクレフシ」という名前が付いている。 虫こぶにはまだまだユニークなものがある。虫の力は侮れない。(了)     写真 上から順番に ・どうやったらこんなにも個性的な虫こぶができるのだろう ・飾り用に最適? 赤い宝石のような虫こぶ ・イスノキの虫こぶ。こんなにも巨大な奇形をこしらえる ・よほど見慣れた人でないと、イスノキだと見分けるのは難しい ・小さくて可憐なエゴノキの花。公園で見かけることも多い ・エゴノネコアシ。名前の通り、まるで猫のあしのような形をした虫こぶだ ・ヌルデの虫こぶ。昔はこれをお歯黒の原料にした ・虫こぶのできたマタタビの方が薬効は高いと珍重される
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長く農業記者をつとめ、いまはプチ生物研究科として活躍する著者が、自らの小さな家庭菜園で次々と伸びてくる雑草対策として、代表的な13の方法を順次検討する、思索と苦悩の日々を綴っている。13の方... |
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