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ジョロウグモ―高貴な出自も編み込んで (むしたちの日曜日49)  2014-09-10

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 「わわわ、また引っかかっちゃった」
 里山歩きや菜園で野菜を収穫しようとして、もう何度、同じせりふを発したことか。そうでなくても、たいていは毎年、玄関に大きな網を張ってぼくの帰宅を待ってくれる。
雌のジョロウグモ。「上臈」か「女郎」か。見る人によって受け止め方は異なりそうだ
 そんな網を張る生き物とくれば、想像がつこう。クモのことだ。なかでもジョロウグモがもっともなじみ深い。
 クモは、昆虫よりも2本だけあしが多い。そして、漫画でいえば2等身となる頭胸部と腹部で体を構成する。昆虫はご存じのように頭部、胸部、腹部の3等身だ。 基本的にはそれくらいの差しかないのに、習性はずいぶんちがっている。
 
 ジョロウグモがクモらしいクモだと思うのは、認識しやすいためだろう。一般の人が持つクモのイメージは、大きな網の中央にデンと構え、うっかり近づく獲物をとらえる悪役だ。ひとたび網にかかったら、もう逃がさない。糸の振動を頼りにウシシシと近づき、おしりから糸を出してぐるぐる巻きにする。
 糸を出す場面は何度か見たが、まるで消火ホースのようである。シューッという音こそ聞こえないまでも、目標に対してまっしぐらに突き進む糸の噴射には敬意さえ払いたくなる。
腹側から見たジョロウグモ。よく見ると、おっかない顔のような模様がある
 もっともそう思うのはクモの立場で見た場合であり、獲物の側に立てばまったく逆になる。「あ~れ~! なんと、ご無体な……お、お代官さま~!」。そんな悲鳴が聞こえてきそうになる。時代劇によくある、悪代官が娘さんの帯を引っ張ってぐるぐる回す場面を逆回しにして見るようなものである。
 
 ジョロウグモの名前の由来を調べたことがある。その結果、ふつうに思い描く「女郎」説よりも、「上臈(じょうろう)」説の方が優位に立っているようだと分かった。上臈というのは、身分の高い女官とか貴婦人というような意味である。
 ということはつまり、高貴な女性がいたいけなチョウやバッタ、トンボなどを透明な糸でだまし討ちにして、その体液をじわじわ、チュチューッと吸っているようなものである。そんな想像をするならやはり、悪代官に見立てた方がいい。
 
ジョロウグモの張る網は独特だ。その一部を、五線譜に見立てる人もいる
 クモの網はいろいろで、その張り方からある程度の種の見当がつく。ジョロウグモが上臈に由来するかもしれないと思わせるのは、多くのクモの網の張り方と異なる点にもある。
 一般という言い方をしていいのか迷うところだが、本などで紹介されることが多いオニグモやコガネグモを例にとると、枠糸を張ったあとは放射状に縦糸を張り、そのあとで中心部から、横糸を張っていく。縦糸の粘着性は弱く、ねばつくのは横糸である。
 ところがジョロウグモの網は3重になった「蹄鉄(ていてつ)円網」と呼ばれる形で、ねばつく横糸を張るための足場になる横糸も4、5本おきに、規則的に編み込んでいる。同じ横糸なのに、ねばらないものも出すところが心憎いではないか。
 それに張り上がった網目にも特徴がある。台形というよりも長方形になっているため、「まるで五線譜のような」と形容されることが多い。高貴な御方は、編み物にもひと手間かけるようである。修復する際には左右半分ずつ張り替える習性もあるという。
 
夕暮れの空に浮かぶジョロウグモのシルエット。小さいのが雄たちだ
 カマキリは交尾のとき、メスがオスを食べてしまうといわれてきた。野外の観察ではそうでもないと否定する声が大きいようだが、それはさておき、クモの結婚も命がけということではカマキリに劣らない。
 ジョロウグモの網には体長2cmも3cmもある堂々たるクモが鎮座するが、さらに目を見開くと、1cmあるかどうかのちっぽけなクモがゴミのごとく、網にしがみついているのに気がつくだろう。
 それはゴミではない。種族を維持するために欠かすことのできないオスのジョロウグモたちだ。しかも1匹だけでなく、数匹くっついている。
 大柄のメスに比べると、弱々しい印象を受ける。それは事実で、交接(交尾)しようと不用意にメスに近づこうものなら、獲物と同様の扱いを受けること必定と心得ているからだ。
 
脱皮をしたばかりのジョロウグモ。抜け殻が左側にある。上には交接のチャンスをうかがう雄グモがいる
 苦労して編んだ網を揺らすものがあれば、それは獲物だ。えさの一部として、メスの腹におさまるしかない。
 だが、オスだって考える。メスが最後の脱皮をしたタイミングを狙って接近するか、食事に熱中しているところに忍び寄ればスキがつけるのではないか、と。体も小さく、力も弱いのだから、たとえ卑怯(ひきょう)といわれても仕方がない。そんな弱腰のオスたちの中にも優劣はあるらしく、強いオスほどメスの近くにとまっている。
 かくしてオスたちはふだん、居候(いそうろう)のごとく、メスのお城でひっそりとつつましく暮らすしかない。それなのに、ああ、それなのに、その名もイソウロウグモという紛らわしくも本家本元のような名前を持つクモがいるのだ。こうなると、「居候」ということばさえ、軽々しく口にするのは慎まねばならぬ。
ジョロウグモの卵のう。卵は、美しいピンク色をしている
 知れば知るほど、ジョロウグモのメスは悪者に見えてくる。上臈に見立てた古人は錦のような体の模様を評価したのだろうが、いまの人たちにはそれさえも気色悪いと映っている。念のため周囲の人にたずねてみたら、「体がぶよぶよしていて、気持ち悪いなあ」「あの腹の模様も不気味だよな」という答えが返ってきた。そんな中で、「何をおっしゃるおのおの方、あの美意識を褒(ほ)めずして何を褒めましょうぞ!」という人がいたら、変人扱いされるのはまちがいない。
 だがしかし、秋風が吹き、景色が冬の装いをするころになると、ひとの見方も変わってくる。上臈たるジョロウグモの成体にではなく、その卵に対してである。
 
食事中のオオジョロウグモの雌に近づく、ちっぽけな雄グモ。えさにされることなく、無事に交接できるといいのだが……
 人間たちの勝手な批判に耐え、ボロ網を守りながらたくわえた栄養分をもとに産みだした卵には美しい白い産着をかぶせ、「冬の寒さをどうか無事に乗り切っておくれ、わが子たちよ」と願う母の愛情を感じさせる卵のうに感激しないわけにいかない。
 少しだけのぞき見るお許しをいただき、様子を見てみよう。絹のような白い編み物の中にあるのは、これがあのジョロウグモのものかと驚くしかない、つやつやしたピンクの卵の粒だ。イクラのようにも見えるし、俗称「ジャンボタニシ」(スクミリンゴガイ、ラプラタリンゴガイ)の卵を知る者には、その卵のようだと話すと理解が早い。
 
 ジョロウグモ科のクモは、熱帯に行くほど多い。温暖化が進むともっとすごいクモがご近所にすむかもしれないが、一足先にそんなクモが見たいなら、沖縄に出かけよう。その名もオオジョロウグモという、体長5cmほどの巨大グモがやたらと目につく。あしも長いから、見た目の印象はもっと大きいかもしれない。時には鳥さえも餌食にするというクモだから、想像するだに恐ろしい。
とはいえ、オオジョロウグモの雌の〝顔〟を見ると、もう憎めない
 初めて目にするまで、その通りのことを思い描いていた。
 ところが、事実はちがった。カワユイのである。いや、愛きょうがあると言い換えた方が適切だろう。ぼくにはおとぼけ顔のサルにしか見えない。ぜひ一度、実物にご対面あれ。(了)
 
 
写真 上から順番に
・雌のジョロウグモ。「上臈」か「女郎」か。見る人によって受け止め方は異なりそうだ
・腹側から見たジョロウグモ。よく見ると、おっかない顔のような模様がある
・ジョロウグモの張る網は独特だ。その一部を、五線譜に見立てる人もいる
・夕暮れの空に浮かぶジョロウグモのシルエット。小さいのが雄たちだ
・脱皮をしたばかりのジョロウグモ。抜け殻が左側にある。上には交接のチャンスをうかがう雄グモがいる
・ジョロウグモの卵のう。卵は、美しいピンク色をしている
・食事中のオオジョロウグモの雌に近づく、ちっぽけな雄グモ。えさにされることなく、無事に交接できるといいのだが……
・とはいえ、オオジョロウグモの雌の〝顔〟を見ると、もう憎めない

 
 
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