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インセクトホテル――虫語の勉強、必要かも(むしたちの日曜日113)  2025-05-16

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 家庭菜園のまねごとをしている。
 そう公言しているのだが、マネであってもホンキであっても、野菜を育てるということにおいては変わりがない。タネをまき、苗を植え、たまには肥料や水をやり、やさしい気持ちも注いでいる。
 ちょっとだけほかの菜園家とちがうのは、害虫を心から憎まないことだろうか。虫が増えすぎたら、「まあ、そんなこともあるわなあ」と寛大になり、虫を観察するための〝自然観察園〟に切り替える。「そこがちいとばかし、アテらとちがいまっせ」と言われたことが幾度かある。
 
 わかりやすい例がモンシロチョウの幼虫「青虫」だ。コマツナやダイコン、キャベツなどアブラナ科野菜の常連客としてやってくる。イモムシが苦手で昆虫食のファンでもないため望まぬ客なのだが、一時的には収穫物よりも望まれる。小学校で、モンシロチョウの生活を学ぶ時間があるからだ。
 
 「先生がね、青虫がいたら、欲しいと言っていたよ」
 「そうかい。ほらよ!」
 「よそのクラスも欲しいんだって」
 「あい、あーい!」
 
 てな調子で、喜んで提供していた。
 害虫を歓迎してくれる授業なら、どんどんやってほしい。アブラムシやカメムシも取り上げてくれたら、なおうれしい。要望があれば、いつでも協力しよう。
 その気持ちに変わりはないのだが、最近は青虫のオーダーがちっとも入らない。学校の先生も親も、生きている虫にふれたくないのだろうか。
 
 
 
 蚕だって、イモムシだ。だから個人的にはほかの幼虫と差別せず苦手なのだが、たまたま縁があって、1000匹を超す数の世話をした。巨大なイモムシだし、桑の葉しか食べないので、その確保に奔走した時期もある。
 それに比べれば青虫は小柄だし、えさだって庭に豊富にある。好きで放し飼いにしているわけでもないので、どこぞにもらわれてもさびしくはない。
 イモムシは苦手でも、虫そのものは好きだから、ぜひともおいでくださいと願う虫たちもいる。
 といってもよほどの事情がない限り、種類は問わない。「まあ、なんでもいいから遊びにおいで」といった感じである。
 同じように考える人が多かったのか、「バタフライガーデンをつくろう!」という呼びかけに応じて、チョウが集まる草や木を植える人たちがいる。美しいチョウが庭にやってくれば、なんとなく華やかになる。
 
 
 わが家の狭い庭にもパンジーやミント、ミカンなど雑多な植物が植えてある。それでツマグロヒョウモンやヤマトシジミ、アゲハチョウの仲間などが飛んでくる。
 ちょっと変わったところでは、近所には少ないウマノスズクサを目指してジャコウアゲハがやってくる。あまり来てほしくないキアゲハもミツバやアシタバにこれでもかというくらいの卵を産みつけ、見方によってはなんとも気持ちがいい食いっぷりで葉を消化していく。
 お子さんはいずれもイモムシなので、おとな限定だとうれしいとは思う。遊園地などでは年齢とか身長で利用を制限しているのだから、「お子さまお断り!」の札でも掲げたい心境だ。
 
 できれば、チョウ以外の虫にもっと来てほしい。
 庭のあちこちには今年もニワハンミョウの巣穴が見られるし、ミミズのふん塊、アリの掘り出した土の粒だってある。
 でも、地味だ。もっと多様な虫がやってくる庭になればうれしい。
 
――いかん、いかん。なんとかしよう!
 といった強い気持ちはいっこうに芽生えないのだが、にわかに気になってきたのが、「インセクトホテル」とか「バグホテル」と呼ばれるものだ。日本ではなじみが薄いが、ヨーロッパでは半世紀も前から知られている。現在は公園や学校といった公共的な場や農園、民家でもよく見る。
 かつて訪れた「園芸王国」オランダのガーデンセンターには、花苗やタネにまじってカラフルに彩色された小鳥の巣箱やインセクトホテルがいくつも並んでいた。800年の歴史を持つアイルランドの古城ホテルは、コウモリボックスやインセクトホテルが庭園にあると聞いた。
 
 
 
 そうした例を耳にするとニッポンは後れをとったように感じるが、インセクトホテルという名前の認知度は低くても、同じようなことはむかしからしてきた。
 たとえば竹筒を束ねて軒下などに吊るし、ハチを呼び寄せた。リンゴ園やナシ園では、トタン屋根をつけた小屋のようなところにヨシの茎を束ねて置き、開花期の受粉をマメコバチに手伝ってもらった。
 そうした仕掛けをしなくても、かやぶき屋根の古民家の適度なすき間にも虫たちは入り込んだ。一軒で100種を超すハチ類が観察されたという古民家の調査記録もあるから、なかなかの人気ホテルなのだろう。
 現代では珍しくなった古民家という環境でないとすめないものだって、いそうである。絶滅が心配される種も混じっているかもしれない。そうなるとインセクトホテルは、駆け込み寺のような役割も担う。
 
 
 
 インセクトホテルに決まった規格はない。いわば自由にデザイン・工作をして、気に入った客に入ってもらえばいい。それで、みなさんもやってみませんか、といった動きが目立つようになってきた。自由だといわれればハードルも下がる。
 ハチを呼ぶなら、広葉樹の材に3~8mmの穴を深さ4cmにはなるように開けたものを〝部屋〟にする。竹やヨシ、麦わらを束ねただけでもいいが、茎の長さは14cmぐらいがいいのだとか。松ぼっくりや木の枝を使う人も多い。
 大きなホテルになってもいいし、小さくてもいい。サイズも含めて、「お好きにどうぞ」ということらしい。完成したホテルは、東か南向きの日当たりの良い場所に設置するのが基本だという。
 ただし、いずれもヨーロッパの話だ。日本にそのまま通用するとは限らないから、自由研究のようにいろいろと試せばいいだろう。
 
 
 インセクトホテルといえども、ホテルはホテルだ。客が来ないとさびしい。そのためには蜜源になる植物やえさになる多様な生き物がすむ環境が望まれる。
 大きくいえば、生物の多様性を保つのに役立つ設備がインセクトホテルだ。虫たちに新たなすみかを提供すれば、自然界のバランスもとりやすくなる。しかも在来種が客の中心になるというデータもあるので、ちょっとした外来種対策になるかもしれない。
 そういえば外来種であるキマダラカメムシを積極的に呼び込もうと計画した、ユニークな導入例もあるとか。それはそれで、面白い。
 
 横文字にするとなんとなく新鮮だと感じる国民性を利用し、教育の場にインセクトホテルを取り入れても良さそうだ。ハチやテントウムシ、クモなどが集まる例が多いから、イモムシが苦手でもなんとかなる。
 ただし、仮にもホテルなのだから、維持するにはそれなりの管理作業はサボれない。春の初めや秋の終わりには掃除をしたり、新しい素材と入れ替えたりするのがいい。やりっぱなしは得意なのだが、それだけは気をつけたいと思う。
 とかなんとか言いながら、結局はまだ行動に移していない。素材をいくらか用意したくらいである。
 ちょっと出遅れた感もあるので、今年はまず、小さなホテルから始めますかね。
写真 上から順番に
・数が多いと嫌われるモンシロチョウの幼虫。でも、教材として喜ばれることもあるんだよなあ
・左:ふ化して間もない蚕。この時期はまだいいのだが、何度か脱皮をするうちにイモムシらしくなる
・右:地図にプロットされたようなモンシロチョウの卵。これが全部、幼虫になるのだから、にぎやかなわけだ
・左:ツマグロヒョウモンのレストランと化したパンジー。この店はもうすぐ廃業だ
・右:ウマノスズクサ。個性が強すぎるため、ジャコウアゲハ限定の虫ホテルとなっている
・ニワハンミョウの巣穴に丸い印を付けた。庭の至るところにある
・左:オーストラリアで見た単独性ハナバチの家。説明板には、幸せを呼ぶ「ブルービー(ナミルリモンハナバチ)」らしい写真が添えられていた
・右:外国製バットハウス。とまりやすくするためか、板に刻みが入っている
・左:用意されたヨシ製のホテルにやってきたマメコバチ。けっこうな人気がある
・右:虫食い穴の木。木にドリルで穴を開けなくても、このまま、ホテルの部屋に利用できそうだ
・左:竹筒を丸く束ねただけでも、軒下につるしておけばハチがやってくる。昔ながらの農家の知恵だ
・右:ヨシをマメコバチが好むサイズにカットして、屋根付きの箱にぎっしり詰める。宿代のつもりなのか、果樹の授粉をしてくれる
・ハチの家らしいが、よそに比べるとちょっと地味だなあ

 
 
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