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ちまきグモ――密室のミステリーむしたちの日曜日【114】 | 2025-07-22 |
| ●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治 | ウスタビガの幼虫から出てきたウジ虫がつくった繭は、いかにもなんとも奇妙だった。 といっても実際に繭をこしらえる場面は目撃していないから、羽化してからでないと繭の主はわからない。はたしてどんな虫が飛びだすか、とても楽しみにしていた。 ひとつひとつの繭は大きな米粒のようだが、それがいくつもくっついて塊となっていた。だからたとえ1匹でも羽化すれば、寄生した虫は判明する。卵の形から判断すると、おそらくは寄生バチの一種だと思うが、姿を見るまでなんとも言えない。 まだかなあ、いつごろ出てくるのかなあ、と辛抱強く待った。 そしてとうとう……その繭からは何も現れず、いつまでも繭らしい繭としての姿を守り続けた。   どんな生き物もそうだが、立場によって見方は変わる。 ウスタビガの幼虫は木を食い荒らすけしからん虫だとみれば、寄生した虫は正義の味方に思える。だが、ウスタビガの繭をアクセサリーに加工したり薬剤利用したりする人たちには、寄生バチこそ害虫となる。 家庭菜園のまねごともするから、とりあえずは農家の側に立とう。 となると、寄生バチの一種であるアブラバチには毎年、お世話になっている。小松菜を育てると、アブラムシがもれなく、オマケとして付いてくる。 できれば、お引き取り願いたい。だが、根絶やしにしようとしても、殺虫剤でもまかない限り、退治できない。なにしろ数が多すぎる。   そこへさっそうと飛んできてアブラムシ集団に立ち向かうのがアブラバチだ。 彼らは黙々と、アブラムシの体に卵を産みつける。のんきでトンマな菜園オヤジが気づくのはたいてい、寄生バチがアブラムシの体内で十分に育ち、さなぎになってからである。ハリボテか風船のようにぷくんと膨らんだアブラムシの変形体を目にして、むふふとほくそ笑む。 小学生が身近かにいれば、モンシロチョウの幼虫「青虫」に寄生するアオムシコマユバチのはなしを聞かされるかもしれない。   野外では、カメムシの卵に自分の卵を産もうとする小さなタマゴバチの仲間を目撃することがある。 毛虫や芋虫の体に張り付くミニサイズの白っぽい俵形の繭を見れば、非道にもザマーミロと叫んでみたくなる。 頑丈そうに見えるミノムシの蓑の中から出てくるものをよく見れば、ミノガの成虫ならぬ寄生バエや寄生バチだったりする。 そんなこんなで自然界にはさまざまな寄生昆虫がいて、生態系のバランスを守っている。だから感謝するしないにかかわらず、寄生昆虫もあちこちで生存・存続できるのだ。  

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| なーんてこともチラッと思いながら、田舎道を歩いていた。 目にしたのが、チガヤらしいイネ科植物でつくられた〝ちまき〟だった。同じような造形物がいくつもある。 ――ははあ、カバキコマチグモの巣だな。 カバキコマチグモは、セアカゴケグモやハイイロゴケグモといった外来毒グモがこの国に侵入したのをきっかけに、国内にいる毒グモとしてクローズアップされたクモである。ヒトの死亡例は報告されていないようだが、警戒するに越したことはない。 ちまき形が多いが、小舟をひっくり返したようなものもある。それは、作り手の個性による違いだろうか。 久しぶりに見つけたちまきであり小舟だ。  
   ――ちらりと中をのぞかせてもらおうかな。 そーっと、葉を広げた。 あしの先は黒くない。それに毛深くもない。 ということはカバキコマチグモではなく、よく似たヤマトコマチグモだろうか。 毛深いクモということですぐに思い出すのがアシナガカニグモだ。全身毛だらけのグモである。そんなクモはあまりいないから、見つけたときにはうれしくなった。 それはともかく、恐る恐る開いた別の葉の中にいたのは黒っぽいクモだった。 初めて見る。   全身がはっきり見えないので断定はできないが、黒地に白い目玉模様のようなものがある。一度見たいと思っていた「ウルトラマングモ」こと、ヨツボシワシグモのようである。四つ星といっても、目立つのはウルトラマンの目のようなふたつの紋である。 ヨツボシワシグモは徘徊性のクモで、巣はつくらないと聞く。だったらどうして、ちまきの中にいる? 不思議だ。 しかしまあ、たまたま見つけた空き家にもぐり込んだ可能性も否定はできない。巣の修繕を願って、そっと戻した。   ――もうひとつ見せてもらおうか。 なぜかこの一帯には、ちまきや小舟が多い。好奇心は抑えられない。   ふたつ目の小舟を開くと……今度は、うじ虫が出てきた。芋虫・毛虫と同様に苦手なヤツだ。 だがしかし、ハエの幼虫ではない。とっさに浮かんだのが、アケビの果肉であり、ゾウムシ類の幼虫だった。そう思うと頭の中の芋虫感が薄らぐのだが、問題はそこではない。 ――もしかしてコイツ、クモを食ったのか?! そう思いたくなるクモの亡きがらが、小舟の中にあった。呉越同舟のなれの果てのような不可解を目の前に差し出された気分である。 黒い牙のようなものが、残がいとしてそこにあった。おそらく、ヤマトコマチグモのものだ。 ヨツボシワシグモはヤマトコマチグモが建造した小舟に侵入し、家主を食い殺したのか? ウルトラマンにそんなことはしてほしくないのだが、ワシグモの名にはどう猛イメージがあり、実際にその通りだとか。映画やサスペンスドラマなら、「犯人はおまえだ!」というせりふが飛びだすところだろう。 残念ながら、捕食の現場を見たわけではない。 小舟もちまきも、まだある。   ――よし。今度こそ、しっかり確かめるぞ! と思って開いた葉の中には2匹・2種のクモがいた。ヤマトコマチグモとヨツボシワシグモらしきクモだったのだか、写真を撮る前にどちらも舟を捨てて、逃げ去った。草ぼうぼうの現場だから、追跡は難しい。まさに、あとの祭りである。   めげずに、もうひとつ。 するとその中にはヤマトコマチグモがいて、じっとしていた。 マクロレンズを付けたカメラのファインダーをのぞく。 そのクモの首には、先ほど見たうじ虫の小型バージョンがしがみついているではないか。 2度目のうじ虫との遭遇だ。さびついた脳みそだが、それなりに働かせると、そのうじ虫は寄生バチの幼虫だろうという結論が導きだされた。
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| 何枚か撮影したあと、さらに別の舟を見た。 と、なんと! そこには紡錘状の繭らしきものがあったのだ。 ――うしうし。  
  およそ10日後、黒いハチが羽化した。 同定に自信はないが、ヤマトツツクモバチのようだ。 かくして梅雨の晴れ間の草むら殺害事件は、迷探偵が解決した。 ……ということにしておいてくださいな。   写真 上から順番に ・ウスタビガの寄生昆虫がつくった繭。正体を確かめたかったが、羽化しなかった ・商品加工するために集めたウスタビガの繭。すべて、飼育していたものだ ・アブラムシの集団と寄生バチのマミー(さなぎ)。寄生したアブラムシの体内でさなぎになり、風船みたいに膨らむ ・左:芋虫の体に張りつく幾つもの繭。体内から出て繭になった寄生バチのものだろう ・右:ミノムシに産卵しようとしているように見えるハチの一種。蓑材のすき間から、産卵管を挿すようだ ・左:カバキコマチグモの巣と思われる〝ちまき〟近くには舟形の巣もいくつかあった ・右:あしの先は黒くも毛深くもない。とすると、カバキコマチグモではなく、ヤマトコマチグモだろう ・背中に、よく目立つ紡錘状の紋。「ウルトラマングモ」のあだ名を持つヨツボシワシグモだと判断した ・ゾウムシの一種の幼虫。芋虫体形だが、嫌悪感は薄い ・ヤマトコマチグモに寄生するクモバチの幼虫。人間で言えば首筋にくっついていた ・左:ちまきの中にホットドッグ? ハチの繭だろうと見当をつけた ・右:正体を確かめようと容器に入れておいた繭から出てきたクモバチ。ヤマトツツクモバチだろうか  
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長く農業記者をつとめ、いまはプチ生物研究科として活躍する著者が、自らの小さな家庭菜園で次々と伸びてくる雑草対策として、代表的な13の方法を順次検討する、思索と苦悩の日々を綴っている。13の方... |
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