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アリ――地にも天にも巨大帝国(むしたちの日曜日115)   2025-09-22

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 クマとのトラブルが絶えない。北海道ではヒグマ、本州ではツキノワグマが大きな脅威になりつつある。
 あれだけの巨体だ。しかも突然現れるから、身の処しようがない。
 実際に襲われた人の話を聞いたことがあるが、川にいるときには要注意だそうだ。ヒトもクマもその気配が瀬音にかき消され、すぐ近くにいても気づかない。それでその人はクマに気づくのが遅れ、パニくったクマに腕を引っかかれた。
 「とにかくね、川にいるときには周囲の様子をよく見ることだ。それに尽きると思うよ」
 そのアドバイスをもらってから、川遊びをする際にはいつも以上に気をつけるようにしている。
 
 アリがたくさんいる地区に、クマが寄りつくとも聞いた。
 あの巨体とちっぽけなアリがなかなか結びつかないが、雑食性だからアリを食べること自体は不思議ではない。
 アリを食べるメリットは何か。それは、栄養価と捕獲効率の良さだといわれる。
 アリはおしりから蟻酸を出すが、クマはまったく気にしない。
 朽ち木や石の下にある巣を見つければ、一度に大量のアリが食べられる。しかも巣の中には幼虫やさなぎもたくさんいるから、栄養補給にもってこいだという。
 怪力のクマにかかれば、大きな石だって、ちょちょいのちょい。その下からわらわらとアリが出てきたら、なめるようにして食べるだけだ。夏にはアリをけっこう食べるらしく、ふんの中にもその痕跡が残る。
 
 
 
 朽ち木は、シロアリだってすみかにする。アリとシロアリはよく似ているが、アリはハチ目に属し、対するシロアリはゴキブリ目だからその差は大きい。
 ニンゲンにとっても同じだ。アリなら平気だという人は多いが、「わたし、ゴキブリの味方です!」なんて言おうものなら、白い目で見られかねない。シロアリだから白い目というわけではなく、一般にはヘンなやつ、というレッテルを貼られそうである。
 クマはどちらも区別しない。朽ち木から出てきたものが黒くても白くても、うまそうにペロペロなめる。
 
 ふだんの生活でシロアリを食べる機会はないが、オーストラリアではちょっとした観光資源となっている。
 「えー、これがアリ塚です。土を盛っただけのように見えますが、かたいんですよー」
 ガイドが言うと、観光客はどれどれとばかりに、ドンドンと叩く。
 なるほどカチカチだ。ガイドはにんまりして、話を続ける。
 「この中にいるのはシロアリなんです。アリといっても、シロアリはゴキブリに近い仲間なんですよー」
 その時まちがっても、「シロアリとアリは親せきでもないのに、どーしてシロアリ塚と言わないの?」なんてことを言ってはいけない。
 ここでは、うへえ、とかゲーとでも言うべきだ。そうするとガイドはうれしそうな顔をして、次のステップに移る。
 
 「いまから、このシロアリを食べていただきます。うひひ」
 わたしゃ、決して食べないよ、親の遺言でシロアリは食うべからず、とあるからね――などと言う人でもなければ、高いカネを払ってせっかくやってきたのだからと、1匹だけ、おそるおそる口にする。
 プチッ。
 シロアリの頭はかたく、それをかみつぶせば、シロアリ試食の完了だ。
 セロリの味がすると言われるが、1匹ではわからない。クマのように舌を伸ばして、大量になめとらなければ、本当の味を評するのは難しい。
 
 
 同じオーストラリアには、「グリーン・アント」がいる。腹が緑色をしているからで、日本ではツムギアリと呼ぶ。
 地面の下や朽ち木に巣をつくるのではなく、木の葉を紡ぐようにして、球状の大きな巣を築く。
 葉を紡ぐための糸を吐くのは幼虫の仕事で、働きアリが幼虫を作業現場に運び込む。
 野球のボール大の巣から、バレーボール大の巣まであり、大きさはさまざまだ。
 地上でも地下でもないツムギアリの巣はさしずめ、空中帝国といったところか。あのアリのサイズからすれば、なんとも高い場所につくる。
 街を歩けば、ツムギアリは苦労せずに見つけられる。だが、現地の人によると、以前に比べるとかなり減ったそうだ。
 
 
 
 先住民族のアボリジニは昔から、ツムギアリを食料にしてきた。緑色の腹はかんきつ風味の液体タンクで、レモンの代わりにするのだとか。
 もっとも、自分の舌で確かめたことはない。たくさんいるからそのうち……と思っているうちに、たいてい忘れてしまう。
 「けっこう、イケますよ」と評価する人がいれば、「とんでもない味だ!」と憤慨する人もいる。いずれにせよ、そうした文化があるのは、ちょっぴりうらやましい。
 日本のシロアリもそんな味がするのだろうか。かすかに甘みを感じたという感想もあるから、まあ、そんなところか。だとしたら、セロリ味がするといわれるツムギアリの方が高級食材かもしれない。
 日本のアリは、アブラムシのおしりから出る甘露をもらう。オーストラリアのツムギアリはアブラムシではなく、カイガラムシから甘い汁をせしめる。その見返りとしてカイガラムシの天敵となる虫から守っているというのだから、なんとも興味深い。
 
 
 
 アリの種を見分ける力はないが、それでも「グリーン・アント」のように大きな特徴があればなんとかなる。
 たとえば、トゲアリだ。
 その名の通り、背中を中心にとげが生えている。そして、胸が赤っぽい。さらにいえば、カッコいい。
 巣は、土の中ではなく、木のうろや樹皮の裏などにつくる。
 このアリの習性は、いささか変わっている。トゲアリの若い女王アリはクロオオアリやムネアカオオアリの巣に単独で入り込み、まずはその巣のアリのにおいを体につけて、住民になりすます。
 それに成功したら、巣に元からいる女王の殺害だ。成功したあとは、自分の仲間を増やすことに専念する。どんどん卵を産み、その巣にいる働きアリたちに世話をさせる。
 そうやってトゲアリはどんどん増えるが、元からいる働きアリはそのうち寿命が尽きて死んでいく。そうなれば名実ともに、トゲアリ王国の誕生だ。
 
 そんな興味深い生活をするトゲアリだが、わが家の近所では見られない。それでも自宅から車で30分ほど走った林には、巣がある。
 といっても、たった1本の木でしか見つけていない。似たような木は何本もあるのに、なぜか、ほかの木では見つからない。
 いる木といない木の違いを探ったのだが、わからない。だから、たった1本の木を目指して、面会を申し込む。
 それなのに彼らは、いつもなんともせっかちだ。せかせかと動きまわり、写真もじっくり撮らせてくれない。
 
 それにしてもと思うのは、トゲアリよりも大きなムネアカオオアリがまんまとだまされ、女王が殺害され、ついには巣まで奪われてしまうという事実だ。ムネアカオオアリはどうして、小さなトゲアリの侵略を防ぐことができないのだろう。
 何度か見たムネアカオオアリはいつも集団でいた。大柄なこともあって屈強な戦士のように見えた。それなのに若いトゲアリ女王にだまされ、巣を乗っ取られるなんて、信じがたい。
 
 トゲアリは、真っ向から勝負することはない。においでだますという、化学的なりすましテクニックがとてもすぐれているからである。敵だと見破られなければ、攻撃されない。それでいて自分にはその巣の本物の女王アリを倒すというはっきりしたねらいがあるので、周囲の働きアリをあざむきつつ、女王打倒に専念すればいい。つまりは、化学的な擬態戦略の勝利ということになる。
 とはいえ、その成功率はそれほど高いわけでもない。ごく一部の成功者の乗っ取り作戦があまりにもわかりやすく象徴的であることから、語り継がれているようだ。
 トゲアリは南方起源のアリだとする見方もある。
 だとしたら、温暖化が進めば見る機会が増え、新たな伝説が生まれるかもしれない。
 なんてことはアリ?
写真 上から順番に
・左:アリ、アリ、アリ……。こんなにいれば、つい食べてみたくなる?
・右:朽ち木の中にあったアリの巣。幼虫やさなぎもいれば、クマにとってはごちそうに見えるのだろうね
・オーストラリアのアリ塚。これだけになるのに40年ほどかかるという。それが観光資源になっている
・左:アリ塚にいたシロアリ。口に入れると、かたい頭がプチッとつぶれる感じがする
・右:巣から出てきたツムギアリ。腹が緑色なので、「グリーン・アント」と呼ばれる
・左:ツムギアリの巣。大きなものはバレーボール大になる
・右:怒り心頭のようで〝牙〟をむくツムギアリ。レモン味がするからといって、襲わないのになあ
・左:アリがアブラムシに近づいた。おしりをつついて甘露をねだる
・右:カイガラムシを見つけて集まってきたツムギアリ。甘露が目当てのようである
・背中に鋭いとげを持つトゲアリ。このアリの女王がほかのアリの巣を乗っ取るところから伝説が始まる
・ムネアカオオアリ。体は大きく、見るからに強そうだ。それなのにトゲアリに巣を乗っ取られることもある。油断は禁物ということだろうね


 
 
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