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クモ――天界につながるアサガオとの縁(むしたちの日曜日116)  2025-11-21

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 庭のアサガオが盛んに咲きだしたのは、ことしも秋に入ってからだった。わが家の草木はどうも、世間一般の生育サイクルとちっとばかしズレている。
 アサガオとくれば反射的に思い出すのが、別名の「牽牛花」だ。
 アサガオの種子は有毒だが、漢方では「牽牛子」と呼んで薬用にしてきた。素人考えで不用意に口にしてはいけないが、その牽牛子のおかげで病が治ると、牛を牽(ひ)いてお礼に行く習慣があったことから「牽牛子」と命名されたのだとする説がある。
 その一方で、いやいや、わし座の一等星・アルタイルが夜空に現れるころ咲く花だからだとする説もある。
 アルタイルは、「彦星」の名とともに、「牽牛星」としても親しまれている。こと座の一等星・ベガ(織姫星)と彦星との間には天の川が横たわり、年に一度だけふたつが出会うとされるのが七夕伝説だ。現実には14.4光年離れていて、光速でも14年半かかるとか。そうなると毎年会うなんてとてもとてもの物語となり、いっぺんに興ざめしてしまうのだが、それを言っちゃあおしまいの世界でもある。アルタイルとベガの話からアサガオと七夕が結びついたのは、なんともめでたいということにしておこう。
 ということで七夕伝説は、古代中国の産物だ。
 それなのに庭のアサガオの花を見た日にたまたま、中国の歴史ドラマを見た。するとその一場面で、数匹のクモが入った箱が映し出されたのである。
 それは、スライド式のふたがある筆箱か箸箱のようなものだった。
 ――クモを箱で飼う?
 すぐさま疑問がわいた。
 中国のドラマにはときどき、日本ではあまり知られていない生き物関係の映像が流れる。物語を面白くするための演出とも考えられるのだが、小さなクモを箱に入れることは現実にあったことだと踏んだ。中国のクモ事情に詳しくはないが、身近にいるクモだからこそ、そこに登場させたにちがいない。
 
 
 
 日本には、クモを闘わせる遊びがある。
 江戸時代にはハエトリグモを「座敷鷹」と呼んで文字通り畳の上にはねを切ったハエを放し、それを捕らえさせて楽しんだ。大型のコガネグモは相撲に見立てて、闘わせた。中国には、コオロギ同士を闘わせる「闘蟋(とうしつ)」のなんとも長い伝統がある。
 目にしたのはそれらとは一線を画する映像だった。
 中国語の字幕があるものの、よくわからない。だが、現代はなんともありがたい。その文字を頼りにネットでちょちょっと調べると、七夕伝説とクモが、強い糸で結ばれているとわかった。
 かの国では旧暦7月7日を「乞巧節(きっこうせつ)」とか「乞巧奠(きっこうてん)」と呼ぶ。そして、「喜蛛応巧(きしゅおうこう)」という風習があったというのだ。
 七夕というと夏の行事の印象が強いが、暦のうえでは二十四節気の「立秋」のころで、いわば秋の始まりということになる。夏の猛暑も地球温暖化の影響ではないかという議論があるが、それはさておき、クモと七夕を結びつけたところはなんとも興味深い。
 七夕の夜、水を張った盆のうえに細い竹や糸を張った格子などに置き、そこにクモをとまらせる。そして翌朝、水面に映るクモの網模様が美しければ、女性の裁縫が上達すると占ったらしい。
 天意をはかるには、水に映った月を見るものだと思っていた。しかし、ルールはもう少しゆるやかで、水盆でなく、首飾りを入れるような箱だったこともあるようだ。ドラマに登場したのは、その箱バージョンだったということになる。いずれにしても、天界の意向をクモを通して伝えるというのはいかにも中国らしい。
 映像を見る限り、ハエトリグモとはちがう。腹がやわらかい感じだったから、ヒメグモの仲間だろうか。種名は明らかではないが、そうしたクモを「喜蛛」とか「喜子」と呼び、小型のクモを用いた。
 
 調べていく中で、アシダカグモのことだと記すものにも出あった。あしを広げれば10cmを超す巨大なクモであり、網を張ることもない。室内を歩きまわり、ゴキブリを見つけ次第にやっつけてくれる「ゴキブリハンター」だ。映像で見たクモは小さかったから、それだけでアシダカグモ説は否定されよう。おそらく、別の何かの話との勘違いなのだと思う。
 それにしても、面白い風習ではある。中国であった行事だから、おそらく過去の日本にも伝わったにちがいない。
 
 と思ったらその通りで、奈良・平安時代には宮中や貴族の行事のひとつとして催されていた。
 しかしそのままではなく、和風にアレンジされていた。庭に台を置いてウリや桃などを供え、そこにクモが網を張ってくれれば願いがかなうと判断した。
 日本のその時期はまだ、蒸し暑い。クモは、どちからといえば嫌われ者だろう。そんなことから江戸時代になると一部の知識人の間で知られるだけの存在となり、一般庶民にまで広まらなかった。
 その一方で乞巧奠には、梶の葉にたまった露で墨をすって文字や歌を記すと上達するといった風習もあった。日本ではそれが普及した。
 「梶の葉」というのは、カジノキの葉のことだ。サトイモの葉にたまった水で墨をすって梶の葉に書くとする資料もあり、どちらが正しいのかは知らない。だが、いずれにしても梶の葉に文字を書く風習があったことで、七夕の短冊に願いごとを書くことにつながったのではないかと思っている。
 面倒なことにカジノキは、コウゾやヒメコウゾといっしょくたにされて「コウゾ」と呼ばれることもある。クワ科の樹木で、古くは和紙の原料にもされた。樹皮が紙の原料となるため、「紙の木」を意味する「カミソ」という古語が変化していった名前だとする説が有力だ。
 
 和紙の主要な原料は、コウゾ、ミツマタ、ガンピとされる。だから、その「コウゾ」にカジノキが混じっていても不思議はないのだが、これまでに見たカジノキは大木ばかりだった。採取するだけで大変そうだ。
 現在目にするコウゾは、カジノキとヒメコウゾが自然に交配したものらしい。だったらコウゾの葉もまた、「梶の葉」と考えてもいいだろう。コウゾなら近所に、何本も生えている。いつか試しに、文字を書いてみることにしよう。
 それにしても、アサガオとクモがつながり、コウゾにまできてしまった。
 へえ、へえ、の連続である。
 調べるうちに、それまで知らなかったことがどんどんつながっていくのがなんとも楽しい。
 これもまたクモ効果、網を広げる意味でのネット効果なのだろうね、きっと。
 
写真 上から順番に
・「天の川」は、西洋だと「ミルクの道」」。女神・ヘラの母乳が飛び散って白い帯になったとか。日本人にはやっぱり、道より川だよなあ
・左:座敷にいた「座敷鷹」ことハエトリグモ。残念ながら、掃除をしたばかりだから、ハエはいないのだよ
・右:決闘前のコオロギ2匹。中央の仕切りを上げた途端、相手に立ち向かった
・ゴキブリ退治をまかせたいアシダカグモ。どくろ模様からして、おっかない!
・カジノキ。クワ科だから、桑の葉にそっくりだ。この葉にたまった露で文字を書くといいらしい
・実をつけたコウゾ。コウゾは、カジノキとヒメコウゾが自然に交配したものらしいから、「梶の葉」の代用になるかも

 
 
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