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初夏の虫――裏の事情はなんともかんとも(むしたちの日曜日119)  2026-05-18

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 虫が少ない。初夏だというのに、ふだん目にする虫たちが姿を見せていないのだ。
 「コノ草ニスンデ居リマス」なんて宮沢賢治風の看板こそないものの、カラスノエンドウには例年通り、アブラムシがびっしり張りついている。それだけは変わらない。それなのに、そのほかの虫との出会いが極端に少ない。
 カラスノエンドウにしたって、アブラムシは群れていても、テントウムシの成虫も幼虫もあまり見ない。
 
 
 
 思い返すと、春先からおかしかった。公園の桜の木の幹には、テントウムシの卵の塊がいくつもあるのがふつうだ。その卵からかえった幼虫部隊がアブラムシを求めて、よっこらせとあちこちへ移動するのだろうと思っていた。
 小学校の桜の木には、キマダラカメムシがいておかしくない。地球外生物のようなあやしげなデザインの幼虫だって、成虫に混じって木の汁を吸っている季節のはずだ。外来種だと知りながら、そこに動くものがいるとなんとなくほっとしたものである。
 
 ヨコヅナサシガメもそうだ。桜の木にもケヤキの木にもよくいて、白と黒の派手な装いを見せびらかしていた。数も多かった。
 キマダラカメムシは冬の間どこにいるのか知らないが、ヨコヅナサシガメの幼虫たちは、身を寄せ合うようにして幹のくぼみなどに潜んでいた。
 体が黒っぽいこともあり、写真に撮ってもはっきりとは見えない。それがちょっと残念だったが、当たり前のように見ていたので、「ああ、そこにいるのだね」といった感想しか持たなかった。
 近所の桜はすっかり葉桜、桜若葉の装いだ。食べるにはすっぱすぎる実も、目立つようになってきた。
 新聞では桜だよりにのせるようにして、花見の将来を危ぶむ報道をしていた。クビアカツヤカミキリの生息範囲が広がり、桜の木も犠牲になるからだろう。
 幼虫の食欲がハンパではない。その証拠となる木くずのようなフラスが幹からこぼれだし、根元に積もる木も増えている。
 
 
 
 被害が広がらないように、涙をのんで切り倒す場面を見たこともある。桜並木の消滅が一大事なら、桃や梅などの果樹で生計を立てる農家にとっては死活問題だ。ちっぽけな虫けらに飯の種を奪われたのでは、たまったものではない。
 
 幸いなことに、近所でそうした話は聞かない。それ以前に、どうにもこうにも、おなじみの虫が少ないのだ。
 害虫が少なくなるのは歓迎すべきかもしれないが、それらも生態系のより上位にあるものにとっては重要な食料だ。得られないと、生存にかかわる。種が維持できないと、さらに上位の生き物だって困ってしまう。
 ――いいのかなあ、こんなで。
 かなりいい加減な自然ウオッチャーでしかないのだが、やっぱり気になる。
 
 虫は無視して、ふんだんにある草に目を向ける日が多くなった。オオイヌノフグリの向こうを張る勢いで目立ってきたフラサバソウやキュウリグサのちっぽけな花の写真を何枚も撮った。とにもかくにも、動くものがいないのである。
 そんなとき思い出すのが、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』だ。 農薬によって自然の声が消える世界を描いたが、あの当時とはちがって農薬が及ぼす影響もかなり減っている。生き物のダメージは皆無といえないまでも、減農薬・無農薬の農業生産は着実に広がっている。
 
 すこし前、国が5年ごとに見直す第3次気候変動影響評価報告書が公表された。それによると農業や自然生態系では果樹・野菜の生産にかかわること、カメムシの越冬可能域の北上などが指摘されている。桜の開花時期の乱れ、カエデやイチョウの紅・黄葉の遅れ、シカ・イノシシや外来生物の分布拡大なども俎上に上がった。
 それらが地球温暖化によるものだと言い切るのは専門家でも難しいだろうが、身近で見るちいさな生き物も何かのサインを送っているように思えてならない。
 
 とはいうものの、近所の様子をみるとむしろ逆ではないかと思えることも起きている。
 外来カメムシはいくらか減ったように感じられるし、同じ時期に見られたありふれた虫たちとの出会いも減っている。
 ――うーん。このあたりだけ、おかしいのかなあ。
 考えるほどに自信を失う。
 ――だが、待てよ。
 もしかしたらこれこそ、気候変動によるゆがみの証拠かもしれない。
 ヨコヅナサシガメはいつ見ても、堂々としている。キマダラカメムシだって、うっとうしいオッサンが近づき、しつこくカメラを構えても、ちゃんと付き合ってくれる。だから心配するような事態にはなっていないのだと、無言のアピールをしているようにも思える。昨年までのあのやけに落ち着いた歩き方からすると、こちらが季節のカレンダーを見間違えたのではないかと疑いたくなる。
 一方で確実に増えているのが、チュウゴクアミガサハゴロモだ。もうしばらくすればあちこちで見るようになるだろう。昨年はわが家の庭にも出現し、そこが自分たちのもともとの領地であるかのようにふるまっていた。
 とくに憎らしいのが幼虫だ。群れになって、「文句あっか!」という表情にしか見えない目をこちらに向ける。
 おしりにはバブル期のお立ち台をいろどった羽根付き扇子「ジュリ扇」を思わせるド派手な羽飾りがあり、これ見よがしに広げている。
 もっとも、羽根に見えるのはおしりから糸状に噴き出したろう物質を束ねたもので、敵の目をごまかすのがねらいらしい。
 
 
 
 そんなチュウゴクアミガサハゴロモに対し、以前からいた在来種のアミガサハゴロモはほとんど見ていない。温暖化で活気づくヤツらにとって、日本の夏はもはや、ふるさと中国よりも居心地が良いのかもしれない。
 しかも食い意地が張っている。
 アミガサハゴロモはカシ類などの限られた木を好むはずだが、「飛ぶものは飛行機以外、四つ足は机以外なんでも食べる」と称されるお国柄から来た新参者。その言葉を地で行くように、いろいろな植物にくちを差し込み、旺盛な吸汁欲を見せつける。
 
 庭には、ブルーベリーやポポーの木が植えてある。プランターのイチゴはヤツらのメニューから外れると思うが、それはそれでヒヨドリが食べごろを見極めて飛んでくる。庭のなけなしの草木はさながら、食べ放題のビュッフェ会場である。
 ――ああ。いやだ、いやだ。
 なんてぼやいても、通じない。じろりとにらみつけられるのがオチだ。
 
 野の草に群がるちっぽけなアブラムシや大きな農業被害につながらない虫たちは、数字の表舞台には出にくい。物好きなヒマ人が、たまたま見つけて報告するくらいだろう。いや、それさえもせず、観察者の目だけに残る例が大半のように思える。
 いつも見かけた虫たちが減ったと感じるのは、まだいいほうかもしれない。その先、その周囲の虫たちに目を向ける人はさらに少ないだろうから、自然界のバランスが崩れたと気づくのは、事態がよほど深刻になってからになりそうだ。
 
 夕ぐれどき、葉桜の並木道を歩いた。葉の根もとにある花外蜜腺の写真を撮ろうとして何枚かの葉にカメラを向けると、蚊ほどの小さな虫がいた。
 ――おっ、ユスリカだな。
 しましま模様で、なかなかカッコいい。おしゃれ感漂うフタスジツヤユスリカのようだ。ヒトを刺して血を奪うこともない虫だし、成虫の命は数日だろう。
 そうはいっても、自然界を支える生き物のひとつだ。数からいえば、カブトムシやクワガタムシよりもずっと多いはずである。
 ――よっしゃ。しばらく、こいつらと付き合ってみるか。
 ひそかに誓った……つもりだったが、そんなことはすっかり忘れてきょうも、虫がいないとぼやいている。
写真 上から順番に
・左:カラスノエンドウにびっしり張り付くアブラムシ。この光景だけは毎年変わらない
・右:卵からかえったばかりのテントウムシの幼虫。いつもの場所ではこの春、皆無に等しかった
・黒い塊に見える冬のヨコヅナサシガメ幼虫の群れ。撮影しても黒っぽくなる
・左:ソメイヨシノの実。散歩の途中でつまみ食いするが、すっぱい
・右:木の根もとに堆積したフラス。クビアカツヤカミキリのしわざだ
・キュウリグサの花。小さいが、よく見れば愛らしい
・草を食むホンシュウジカ。分布が広がっているそうだ
・葉上のキマダラカメムシ。まわりの色と異なるので、天敵にねらわれやすいかも
・左:派手な羽根を広げたようなチュウゴクアミガサハゴロモの幼虫。それにしても、目つきが悪すぎない?
・右:見る機会が減った在来種のアミガサハゴロモ。いまごろどうしているのだろうね
・わが家のブルーベリー。毎年の楽しみを奪わないでほしいね
・初めて見たしま模様のユスリカ。フタスジツヤユスリカだろう

 
 
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