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昼間飛ぶ蛾――警告発するメッセンジャー?(むしたちの日曜日120)  2026-07-17

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 「へえ、久しぶりだなあ」
 思わずつぶやく。
 道路わきの植え込みに、ホタルガがとまっていた。知る人ぞ知る昼間飛ぶ蛾だ。
 それにしても明るい昼間になぜ、ホタル?
 もっともな疑問であり、答えが知りたくなる。
 三角形の停止姿勢は蛾によくあるスタイルだが、際立つのは頭の赤とはねの色だ。黒いはねに白い帯だから、緑の葉に混じると一目瞭然。「ここにいますよー!」と敵に居場所を教えるようなものである。
 もっともそれは、彼らの作戦らしい。ヒトを害することはないが、鳥にとってはなんともマズい味であり、口にしたことを後悔させる汁を出す。マダラガ科に多い性質だとされている。
 そんなホタルガがなぜホタルとつながるかというと、どうやら飛び方からの発想らしい。はねをふるわせて飛ぶと、白い帯の残像がつながって光の輪のように見える。それをホタルの明かりに見立てたようである。
「なるほどねえ」
 それ以来、ホタルガを見つけると飛ぶところを見ようと気をつけてきた。しかしなかなか、思うように飛んでくれない。
 つい先日、それがかなった。とまっていたホタルガが飛び立ったのではなく、白い円を描いて飛んでいる何かを見つけ、それが葉にとまって、ホタルガだと判明した。
 確かにそう見えた。昼間飛ぶだけでもヘンなやつなのに、隠しネタまで持っているとは驚きの蛾だ。
 
 以前はたびたび、蛾の夜間採集をした。しかし最近はもっぱら、昼間中心になっている。適した場所が近所になくなり、年とともに夜目がきかなくなった。その結果、蛾を見る場所と時間も変化し、昼行性の蛾を見る機会が自然にふえている。
 
 そんな中でいつ見てもうれしいのは、カノコガだ。
 漢字で「鹿子蛾」。「鹿の子」だなんて、名前からして美しいではないか。黒いはねにある白い斑点模様を子鹿の背模様に見立てた命名だろうが、和風の言葉を生かしたところがすばらしい。日本人の心に訴える名前のように思う。
 その仲間に、キハダカノコがいる。「キハダ」は木肌ではなく、「黄肌」だ。
 見るからに黄色い部分が多い。黒地に黄色い帯が2本だけ入るカノコガは黒っぽい印象を与えるが、キハダカノコは黄みがかった腹部に、細い黒線が何本も入る。地肌が黒か黄かのちがいは大きく、こう言っては彼らに申し訳ないのだが、キハダカノコの方が高貴な蛾に見える。
 
 沖縄や奄美に行くと、ムラマツカノコがいる。首の後ろに黄色いマフラーのような模様があって、なかなかおしゃれだ。なんだか女性の名前みたいだが、発見した男性の名前にちなんだ命名だから、「村松かの子」さんがいても関係はない。
 カノコガの仲間がすごいのは、ハチに見間違えられることを計算したようなデザインにしていることだ。自然界においてハチ類は恐ろしい虫のひとつだから、なるほど理にかなった判断だといえる。
 ハチといってもいろいろだが、カノコガの仲間はドロバチの一種に擬態しているといわれる。
 ドロバチといわれても、ピンとこない人が多いだろう。木の幹や建造物などに泥をかためてつくった巣を見たことがあるなら、おそらくそれがドロバチの巣だ。
 ハチといえば、いちばんに連想するのはスズメバチ類だろう。特にオオスズメバチは、見るからにおっかない。
 ドロバチの中でもオオフタオビドロバチに似せているらしいが、そういわれてもまずわからない。よく見るスズメバチやアシナガバチの仲間でさえどれも似ているのに、ドロバチの種類まで言われてもわかりっこない。
 
 とりあえず、ハチはハチだ。アブとのちがいは、はねの枚数で見分けがつく。ハチは4枚、アブのはねは4枚のうちの2枚が退化しているので2枚に見える。
 ――といったことを知っていれば、まず困らない。天敵である鳥やトカゲだって、「おや、こいつは先日ヒドい目に遭わせてくれたハチってやつだな。くわばら、くわばら。口にするのはやめておこう」といった判断をしているようだから、特別な興味がなければ、ハチはハチという認識でいいだろう。
 現実のドロバチはどうかというと、毒針を持っている。だからより観察力の優れた天敵なら、チクッと刺された記憶を呼びさますだろう。ということはつまり、カノコガの選択はその意味でも正しいことになる。
 
 そんな擬態の精度をさらに高めた虫もいる。スカシバというグループで、カノコガの何倍もたくみな印象を受ける。
 どう見てもスズメバチの仲間風なのだ。実はそうでないと知っていても、目にするとドキッとする。なんともどう猛な感じで、「近づくとヤバいでっせ!」というオーラを発する。
 スカシバたちは羽化した当初、りん粉を身にまとっている。多くのチョウや蛾の特徴と同じだ。
 ところが初めて飛ぼうとしてはねを震わせると、りん粉がバサッとはがれ落ちる。ほんの一瞬のはばたきでそうなる。そしてすっきりした見通しの良いはねになり、一気にハチ感を増す。
 それにしてもあまりにもあっさりと落ちるのが不思議だが、そもそもそうしたはねのつくりになっているからというのが正解らしい。りん粉の根元がとても外れやすい構造になっているそうだ。だったらりん粉なんて最初からなくていいのに、と思うのはヒトだからだろう。自然にはムダがないといわれるから、そうするだけの理由があるはずだ。
 
 
 
 スカシバといえば、オオスカシバを思い浮かべる人もいよう。だがオオスカシバは、スズメバチには見えない。多く耳にするのは「ハチドリがいた!」といった声だ。緑がかった色合いからして、スズメバチとはかけ離れる。唯一同じなのは、はねが透き通っているということだろうか。
 その理由は、分類学が教えてくれる。セスジスカシバやコスカシバはスカシバガ科に属する蛾だが、オオスカシバはスズメガ科の蛾という大きな隔たりがある。名前は似ていてもグループは別物なのである。
 
 
 昼間飛ぶ蛾は総じて、派手なものが多い。目立つことがねらいのひとつだから仕方がないのだが、夏の初めにはクマノミズキの上空に舞う十数匹の蛾に心を奪われた。はねの模様からしておそらく、ヒロオビトンボエダシャクだろう。
 動きが素早く、高いところを飛ぶ。だから写真を撮りたくても、ピントがうまく合わない。確かに飛んでいたという証拠写真にでもなればと、シャッターだけは何度か押した。
 
 昨年の同じころには、キアシドクガが近所の公園のコブシの木の上に群れていた。食樹ではないはずだが、ミズキやクマノミズキのように白い花だから集合場所に選んだのだろうか。そのあたりの事情は知らないが、「ドクガ」といっても毒を持たないから、安心して付き合える。
 名前では得をしているように思えるが、天敵対策としてはどうなのだろう。名前なんて自分たちも知らないだろうし、天敵だって名前は気にしない。食べると後悔する味らしいが、だまされて警戒するのは結局、ヒトだけのように思える。
 
 それにしても、これらの昼間飛ぶ蛾が目立ちすぎる。あたりが真っ暗な夜ではなく、太陽がさんさんと輝く真昼間なのだから人目につくのは当然だが、そうだけではない理由も時に指摘される。それが地球温暖化だ。
 気温が上がると活動できる期間が広がり、年に1回だけの発生だったのが2回、3回と増える。すると当然、目撃される頻度も高まるだろう。
 それに本来は南の地域を基盤にしていた種類が北へ北へと進出し、それまで見られなかったところでも見つかる。ハチや有毒種ではないかと警戒するのもいいが、とりあえずヒトへの直接的な害はなさそうだから、足元で静かに進む温暖化の方こそもっと気にすべきかもしれない。
写真 上から順番に
・久しぶりに見たホタルガ。赤い頭に、白帯のある黒いはね。緑の葉にとまっていると遠くからでもよくわかる
・近所にいたカノコガ。どこかヘンだと思ってよく見たら、はねが欠けていた
・ムラマツカノコ。首の後ろに黄色いマフラー模様がある
・左:ドロバチの仲間の巣。種名までわからなくても、どろをこねたような巣ならほぼ正解だ
・右:アブのはねは2枚。それでハチとの区別はつく
・左:黄と黒の模様からスズメバチを連想するが、ハチではなく、蛾の一種のヒメアトスカシバだ
・右:スカシバといっても、オオスカシバはハチに見えない。緑色なので、ハチドリと間違えられることが多い
・左:ヒロオビトンボエダシャクの交尾。こうして草にとまっていれば、観察もしやすい
・右:葉にとまってもはばたきをやめないキアシドクガ。休めばいいのに
・キアシドクガ。名前の通り、あしが黄色。名前とちがって、毒はない


 
 
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