キンカメムシ――あっと驚く七変化(むしたちの日曜日75) | 2019-01-09 |
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●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治 |
1年ぶりに出かけた沖縄県。 ぼくにしては珍しく、今回はこれが見たいという目的があった。そのひとつは、タビビトノキの実であった。 漢字も交えて書けば「旅人の木」。旅人というだけでロマンを感じるのに、その旅人のための木というのだから、ますます魅力的だ。そんな木にもたれて夜空を仰ぎ、無数に輝く星々をながめたら最高だろうなあ、なんて思いながら、その木をめざした。 沖縄には学生時代から、幾度となく訪れている。だが、恥ずかしいことに、つい最近までタビビトノキという名前すら知らなかった。     ところが昨年、久しぶりに渡った西表島の船着き場で、この木にできる実が飾ってあるのを見た。そしてすっかり、そのとりこになった。 かたいバナナの果実のようなものが四つか五つに裂け、ぱっくり開いたさやみたいなところに、青くてうっすらとした衣をまとったような種が顔をのぞかせていた。 ――な、なんなんだ、これは!? この種を初めて見た者がおそらく発するであろう言葉を、ぼくも思わず口にした。 青い色を備えた植物はそう多くない。有名なのはヒマラヤの青いケシの花だろうか。 だが、このタビビトノキの種は花びらではない。正しくいえば種を包む仮種皮が青色をしているのだが、美しく奇異なことでは青いケシの花に負けていない。 和名をオウギバショウという。まさに扇状のバショウに似た木である。 と知ったのもつい最近で、その名を聞いて、ありゃりゃと叫んだものだ。なんてことはない。オウギバショウならこれまでに何度も見ているではないか。名前も知っていたではないの! 運がいいことに知人の家の庭にも生えていて、はしごにのぼって取らせてもらった。   この人の家では、赤と黒のコントラストが美しいトウアズキの種もいただいた。もじゃもじゃわさわさと生えているのである。しかしその種には猛毒が含まれているから、扱いは慎重にせねばならない。 「ところで、カショウクズマメのさやはないでしょうね」 「時期外れだけど、落っこちたのがあるんじゃないの」 と探してみれば、これまた見つかった。どれもこれも手に入るなんて、おそろしいくらいの幸運である。
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となれば、もしかしたら、あの虫も……。 大いに期待して、よく出かける小山をめざした。 ねらうのはクロカタゾウムシだ。かつて採集・飼育したものは2年間生き、卵を産んで、仲間というか子孫をふやした。ヒーターを入れ、どんぐりをたっぷり与えて産卵させ、それが無事に羽化したのである。 そこでまた、あの夢よもう一度と願った次第だ。 しかし、探せど見つからずで、時間だけが過ぎた。どうやら、旅の前半で運を使い果たしたようである。 がっくりしてさらに歩くと、アカメガシワとおぼしき木の葉に、なにやら違和感をおぼえた。むむむとにらむと、あなおそろしや、人相ならぬ虫相の悪い毛虫がいるではないの! 電光石火のごとくとはこのときのためにあるのではないかという素早さで身を引いた。 正解だ。こんなのに刺されたら、身がもたない。   と、これまた何かの気配。 恐る恐る確かめるとカメムシが集団でお休みなさっていた。あの葉、この葉ととまっている。 見たところ、幼虫だ。きらきらした感じからすると、もしかしてめざすナナホシキンカメムシ? いやいや、なんだかニシキキンカメムシにも似ているようだぞ。 それとも、オオキンカメムシだろうか。 頭に浮かぶキンカメムシの名前を順番に挙げながら、これがアカギカメムシだったらいいのだがなあ、と思った。写真ではよく、集団でいるところが撮られている美しいカメムシだ。ただ、その多くは、いかにもアカギカメムシらしい、成虫を撮ったものである。   今回ひそかにねらったのは、ナナホシキンカメムシだった。何度も見ているし、採集して持ち帰ったこともある。そして虫にちょっとばかり関心のある子どもをつかまえては、言ったものだ。 「こいつはまだ、沖縄にでも行かないと見られない。だけど、このまま温暖化が進んだら、もっと身近で目にするようになるかもしれない。ちゃんと覚えておくのだよ」 いわば、からかい半分のヨタ話である。それでも純真な少年たちは大きくうなずき、この世のものとは思えないキラキラ星ならぬキラキラ虫に釘づけになるのだった。   ところがそのナナホシキンカメムシが☆になると、その輝きが見事に消える。青みはあるが、ブリキの光沢程度の色合いだ。生前の、なんて言いかたをよく耳にするが、とても生きていたときのあの輝きを持つ同じ虫の姿とは思えない。 それがまた不思議なのだが、水につけると、あらまあ、おやまあと言わずにはおられない変身・変化を遂げ、もとの輝きがよみがえる。それも確かめたくて、カメムシ探しをしているのだ。 しかし見つけた幼虫がその水かけ変身虫である可能性は小さい。図鑑を見ると、それとは異なる幼虫が載っている。
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キンカメムシの仲間はだいたい、コドモとオトナとでファッションが異なりすぎる。まったくの別虫だ。地元で見慣れたアカスジキンカメムシなんて、幼いうちは赤っぽいのに、終齢に近づくと白と黒のパンダ模様になり、まるでピエロ顔にしか見えなくなる。ところが一夜明けてオトナになると、赤や緑で彩られた錦模様になり、若い女性をして「ブローチにしたい虫」といわせる、あこがれの虫へと変貌を遂げる。 だからこれがキンカメムシの仲間だとすると、親子で外見はまったく異なるはずだ。     では、目の前にいるこの虫たちはいったい、何者か? 「……というわけですが、名前わかりますか?」 虫友達に尋ねた。 「カメムシに詳しい人を知っているから、聞いてみるよ」 しばらくしてもらった返事はこうだった。 「どうやらアカギカメムシの幼虫らしいよ」 「えーっ!」 なんとまあ、長いこと探し求めていたあこがれのカメムシちゃんでないの。 アカギカメムシには「キン」が付かないが、金色ではない金印的なキンカメムシ科のカメムシもいるのだ。 ということでいま、アカギカメムシの幼虫を飼っている。 温暖化がこれ以上進むことは望まないが、暖地に生息する虫のひとつだ。 オオキンカメムシと同じように、このカメムシももう少し身近で見られたらいいのになあ、と温暖化の進行と防止のはざまで悩みながら、えさの落花生を取り換えている。
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写真 上から順番に ・左:かたいバナナみたいな形をしているタビビトノキの実 ・右:タビビトノキはオオギバショウとも呼ばれるが、それが同一の木だということは最近まで知らなかった ・タビビトノキの実が弾けると、おやまあ、なんとも魅力的な青い物体が現れる。タネを包む仮種皮だ ・カショウクズマメのさや。表面にはとげとげがいっぱい。気をつけないと大変なことになる ・クロカタゾウムシは石垣島に出かけたときに見つけた ・ヒカゲヘゴ。キンカメムシの一種の幼虫は、古代の植物を思わせるこの木の近くで見つけた ・ナナホシキンカメムシ。生きている間はこんなにキラキラしているのに、死んだら体色は一変する ・左:若齢のうちは赤みがかった体色のアカスジキンカメムシ。丸っこくてかわいい ・右:アカスジキンカメムシの成虫。幼虫時代からは想像できない変わりようだ ・アカギカメムシらしいと教えてもらったカメムシの幼虫。無事に羽化できれば、いいのだけどね
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