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コブナナフシ――草むらにひそむ龍(むしたちの日曜日105)   2024-01-19

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 ことしは辰年、龍の話題で幕開けだ。
 西洋はともかく、東洋の龍は空飛ぶ器官を有しない。それなのに、この空狭しとばかりに、勢いよく泳ぐようにして駆けまわる。その推進力の源はどこにあるのだろう。
 
 なーんてことを新年から考えても仕方がない。
 だったらというので素直にいけば、龍から連想する生き物はタツノオトシゴだろう。龍そのものではないが、その落とし子なら、まずまずの価値もご利益もありそうだ。水族館では12年に一度の年魚として、展示コーナーを用意する。
 
 そう。タツノオトシゴはれっきとした魚だ。馬を思わせる頭をしていても哺乳類ではないし、龍から連想されそうな爬虫類でもない。分類上はトゲウオ目に属する、れっきとした魚の仲間である。
 タツノオトシゴは尾をくるっと曲げて、海草などをつかむ。愛媛県で生まれ育った父は、子どものころよく、そんなタツノオトシゴを見たと話していた。
 ミカンの段々畑を背負う土地で、目の前は青い海。家のすぐ前から飛び込んで泳いだり、櫓(ろ)をこいで進む舟に乗って魚を捕ったりしたそうだ。
 もう半世紀も前の話だが、それだけ豊かな海だったと言いたかったのだろう。
 生きたタツノオトシゴを手にすることはかなわなかったが、プラスチック標本になったものは買ってもらった。
 それがいま見られないのは残念だ。引っ越しを繰り返すうちに、どこぞへ消えた。
 もしかしたら龍になって、空に昇ったのかもしれないと思うのは、子ども向けの話を書くようになったからかもしれない。
 
 タツノオトシゴが多くの人に注目されるのは、その特異な姿と習性だろう。
 あの馬ヅラをカッコよく表現すると龍になる。だが、そのモデルである龍は想像上の生き物だから、だれも見たことがない。
 それなのにパッと見て、「こりゃあ、龍にそっくりじゃ!」と叫んだ人がいたのだろう。しかも、ひとりではなく何人も同じようなことを言うので、「だったらここはまあ、そういうことで……」とタツノオトシゴ誕生となったのではないか。
 命名の瞬間に立ち会ったわけでもないので、あくまでも想像だ。存在しない生き物を相手にするのだから、すこしぐらいの想像を交えても許されよう。
 
 タツノオトシゴをよく見ると、馬ヅラの先にはひょっとこみたいな口がくっついている。
 ひょっとこだって、なんでそんな名前なのか、考えたことはなかった。
 せっかくの機会だからと調べてみたら、諸説あった。なんとなく信じたいのは、「火男(ひおとこ)」がなまって定着したのではないかというものだ。
 時代劇を見ると、竹筒を口に当て、顔を真っ赤にしてかまどの火を吹く男がいる。その彼こそ「火男」、火をおこす役割を担う者だ。
 懸命な吹きっぷりが受けたのか、現代にいたるまで、舞いや踊りの道化役として活躍する。かまどの神、火を守る神としてたたえられる。
 そして対になる「おかめ」は、その下膨れの顔だちが甕(かめ)を思わせるからだとか。そんなことを考えるだけで、なんだかめでたい気分になってくる。
 
 話が横道にそれたが、主役はひょっとこでもおかめでもなく、タツノオトシゴだ。見た目は魚らしくないユニークな造形で、ひょいっとしっぽを丸めるしぐさも愛らしい。
 そこへきて、男女の役割が逆転したような風変わりな習性を持つ。タツノオトシゴの雌は雄のおなかにある「育児のう」に卵を産みつけ、育児を雄にゆだねるのだ。
 卵を受け止めた雄は、しっかりと卵を守り、立派な稚魚に育て上げる。
 
 クマノミやサクラダイのように雄が雌に性転換するのも不思議だが、父親と母親の役割をとりかえっこしたような習性を持つタツノオトシゴも、十分に変わり者だ。
 しかも多い時には、1000匹にもなるコドモを抱えるという。
 一度カップルになると、死ぬまで添い遂げるともいわれる。
 そんな話を聞くと、夫婦仲が良く、「鴛鴦の契り」のモデルに祭り上げられたオシドリの習性まで思い出す。
 オシドリが仲良くみえるのは、繁殖期だけらしいというのが真相だ。繁殖期には仲睦まじいようだが、雌が産卵したら、雄の気持ちはどこへやら。仲がいいのは、自分の遺伝子を残すまでの行動でしかないというのだ。
 タツノオトシゴにも、ヒトの知らない真実があるかもしれない。だが、とりあえずは本物の「鴛鴦の契り」を結ぶ魚ということにしておきたい。
 
 ここで突然、タツノオトシゴから、ナナフシの話になる。
 いやいや、タツノオトシゴの容姿からの連想でナナフシにたどり着いた、というのが正しいように思う。
 実は昨年末から、コブナナフシを飼っている。
 沖縄土産にもらった卵からかえった幼虫だ。冬に誕生したところがいかにも南国産らしい。
 ナナフシといえば、わが家の周辺ではナナフシモドキかエダナナフシ、トビナナフシが常連組だ。冬の間は卵でいて、春になって木々が芽吹くようになると、狭い卵から這い出してくる。それなのにコブナナフシは、その〝常識〟から外れている。
 それだけでも面白いのだが、ふ化した幼虫を見ていて、はたと気づいたのだ。
 いや、気づいてしまったという方が当たっている。
 ――こやつ、龍に似ているぞ!
 わが家の周辺にすむナナフシだけではなく、トゲナナフシ、タイワントビナナフシ、オキナワナナフシなども飼育したことがある。だから、ナナフシの特徴はだいたいわかるつもりでいた。
 からだは細く、脱皮を繰り返しても見た目にはほとんど変わらない。基本的に、あまり動かない。それになにより、とぼけた表情を得意とする。
 
 
 
 さらに興味を引くのは、その卵の形だ。植物のタネのようでもあるし、大きくしたら地球外生物の乗り物と間違えられそうな奇抜なデザインの卵もある。個人的には、特殊合金を思わせるエダナナフシの卵が好みだ。
 コブナナフシの卵は、つまらない。小さな鳥の卵に毛を生やしたような感じで、特別な輝きも色彩もない。それでもある日、半球状のふたをパカッと開けて、幼虫が姿をあらわす。
 それまでのつまらない感が払しょくされるのはそのときだ。
 ――ナ、ナンダ、コイツは?!
 疑問と驚嘆が同時に弾ける。それほどに、けったいな見た目である。
 からだが細いのはナナフシらしいのだが、それまで見てきた数種の赤ちゃんナナフシとは雰囲気がかなり異なる。
 
 ややあって、ぼくは気づいた。
 ――そうか、龍だ!
 龍の角に当たる触角が生える頭はごつごつしていて、なんともいかつい感じがする。うろこにこそ覆われないものの、しわを寄せてかためたような頑丈なつくりに見えてしかたがない。横から見た頭は角張った感じで盛り上がり、うんとコンパクトにした龍の雰囲気が漂うのだ。
 胸と腹の長さは、ほぼ同じ。胸からは昆虫であることをあらわす6本のあしが生え、ほかのナナフシと同じように前方の2本は顔の横にぴったり張りつけている。ところがその2本のあしは短くて、触角とほぼ同じ長さしかない。
 
 と思って、あらためて全身を見直すと、残る4本のあしも短いではないか!
 それまでに飼ったナナフシに共通するのは、長いあしだった。トゲナナフシも短足気味だが、触角が長いせいか、短足の印象は薄かった。
 ところがコブナナフシは短足感たっぷりだ。しかも、からだ全体が平べったい。
 そのせいなのか、体格のわりに横幅が広い虫に見える。多くのナナフシとそこが異なる。
 「木の枝に化ける」と形容されることが多いように、ナナフシ類は木の枝のように丸みを持つものだと思っていた。その常識がいっぺんに覆された気がする。そして全体がかもしだす雰囲気は想像上の龍をコンパクトにしたようなものとなる。
 だからコブナナフシは、タツノオトシゴよりも龍に近い。
 ――とまあ、これはあくまでも個人の感想でしかないのだが、辰年は想像の年。その辰年にちなんで、そんな夢のような話があってもいい。
 
 コブナナフシが大空を駆け抜けることはなく、高い木にとまることもしない。彼らの好物はなんと、草むらに生えるツユクサとされているのだ。
 かといって露のようなはかなさはなく、成長もじっくりゆっくり進んでいく。
 脱皮を繰り返してもその装いは変わらない。
 そんなコブナナフシをながめながら、あくせくせず、のんびりした一年にしようと思っている。
 
写真 上から順番に
・タツノオトシゴの一種。雄が子育てをする面白い習性を持つヨウジウオ科の魚だ
・クマノミ は性転換をする。オスからメスに変わるんだって
・どのナナフシにも共通するのがその複眼だ。ねぼけたような、とぼけたような、なんともいえない味がある。コブナナフシも例外ではない
・左:エダナナフシの卵。こんなものが地球上に存在するなんて……信じられない!
・右:細かい毛に覆われたコブナナフシの卵。ふ化したあとのふた部分が、近くに転がっている
・コブナナフシのクローズアップ。なぜか話しかけたくなる魅力的な造形だ
・コブナナフシは平べったい。ほかのナナフシに比べると、異世界の生き物に思える

 

 
 
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