ログイン会員登録 RSS購読
こんにちは、ゲストさん
トップ > コラム
コラム
コラム筆者プロフィール
前を見る 次を見る
スッポン――暁を告げるのはいつか(むしたちの日曜日88)  2021-03-17

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
「スッポンってさあ、何に分類されるのかなあ」
 雑談をしていて、そんな話になった。
「どう思う?」
 意地悪くぼくが問い返すと、
「カメに似てるけど、カエルやイモリのような両生類だと思うんだ。だけど、なんとなくちがうような感じもするし……」
 生き物に特に関心がない人にはどうでもいい話だから、考えたことがなかったのだろう。
「甲らを見て、カメの仲間だとは思わない?」
「カメは、は虫類だろ。となると、ワニの仲間だよね。スッポンの甲らはやわらかそうだし、陸にいるよりも水にもぐっている時間の方が長そうだろ」
 甲らの硬軟や水への依存度が、分類するうえでの判断基準になるようだ。
「なるほどね。でもスッポンは、両生類じゃない。カメと同じは虫類だよ」
 それからまた簡単に説明し、ようやく理解してもらうことができた。
 
 8本あしのクモが、6本あしの昆虫とは別のグループだということはよく知られている。だったらクモは何に入るのかと問うと、悩む人もまた多い。
 ぼくの経験からすると、そういう人は自分の知っている生き物のグループを頭のなかで順番に消していく。そして最後に残るのがどうも、は虫類らしい。その結果、クモはヘビやトカゲの仲間に入ると思ってしまう。
 ムカデやヤスデもわけがわからなくなり、やっぱり、は虫類にされる。正体不明のものはどうやら、は虫類とする法則がひそかに知れわたっているかのようである。
 
 開いたスッポンのくちを見ればワニやカメにそっくりだと思うのだが、カメに比べると、生きたスッポンを見る機会は少ない。たまに写真を目にすることがあっても鼻先がとがっていて、それがくちのように見える。それにスッポンは一度吸いついたら離れないともいわれるから、掃除機のホースのように思われているフシがある。
 世の中ではトイレが詰まったときに使うラバーカップのことを「すっぽん」と呼ぶらしい。それは音からくる呼び名だと思うのだが、その構造から、スッポンのくちも道具のすっぽんと同じように吸いつく形状だと思われているのかもしれない。
 そうかと思えば、「スッポンは吸いつくのではない。かみつくのだ」と主張する人もいる。
 たしかに、かみついたら離れないという言い方もするが、どうも固定したものではない。地域によって異なる。「かみつく」呼称派ならスッポンのくちを正しく理解しているかというとそうでもないのだ。生ものを目にしなくなった現代人は、イメージを優先するきらいがある。
 
 人によってはこんなふうに混乱するスッポンだが、世界進出の決め手となったのは、白亜紀の温暖化らしい。そのころにはすでに、扁平な甲らと皮膚呼吸に適したうろこのない体を手に入れていた。そのおかげで水底の泥のなかに潜んで、外敵から身を守ることもできたというのだ。
 甲らにうろこがないことも、カメとは別の生き物だと誤解される一因となっているかもしれない。
 は虫類の体は、かたいうろこに覆われる。ワニはワニ革を見ればうなずけるし、カメでいえば巨大化したうろこが亀甲模様を作ることで、カメらしく見えている。ところがスッポンにそんなものは見当たらない。

 温暖化拡大説によらずとも、スッポンは暖かい地域ほどすみやすい。だから沖縄県での養殖例がよく話題になり、大分県、長崎県、佐賀県、鹿児島県などが産地として世に知られる。温暖な地域であれば成長も早まり、それだけ早く出荷できる。えさ代とか回転率を考えれば、南国ほど有利になるのだろう。
 しかし実際には、雪深い北国での養殖も行われている。その多くは地熱や温泉熱を利用したもので、そうした現場を見せてもらったこともある。
 例えば温泉熱に含まれるミネラル成分が甲ら周辺部のエンペラとかヒレ、エンガワと呼ばれる部分を厚く、やわらかくするのだとか。それぞれの土地に見合った益があるから、養殖に挑む人がいるのだろう。
 
 考えてみれば、スッポンの名前自体、不思議な感じがする。
 雷が鳴るまで離さないといわれるスッポンだが、じつは臆病な性格で、人を見るとあわてて水に飛び込む。そのときの音がすっぽん、しゅっぽんと聞こえることからそう命名されたとする説がある。
 さもありなん。これはなんとなく正しいように思えるが、スッポンでなくてもいいのではないかという疑問もわく。イシガメだって、カエルだって、水に飛び込めばそんな音がするだろう。
 そうかと思えば、「いや、いや。スッポンは鳴くのです。その声がスホンとかスポンと聞こえるから、スッポンなのですよ」という話も聞く。自分で確かめたわけではないが、もしかしたら鳴くかもなあという気持ちは捨てきれない。
 「亀鳴く」は春の季語だが、ミミズやタニシと同じように実際に鳴くことはないと解説されている。
 
 ところが、いわゆるネットサーフィンをしていて、たまたま聞いてしまったのだ、カメの鳴き声を。繁殖時というか交尾の最中に、キューンというかギューンというのか、くちを開けてそんな声を発していた。しかも何回も。
 そんな動画を見たので、カメが鳴くこともあるのだと知った。
 だったらスッポンのスホン、スポンも真実かもしれない。
 そう思って調べると、江戸時代の書物には、現在の岐阜県海津市あたりでとれるスッポンのなかには、たまに鳴くものがあると記されていた。
 いずれも聞き間違いといえばそれまでだが、飛ばないはずのカイコガだって、江戸時代には飛ぶ力があったようだから、こと生き物の話に関しては、完全に否定するのが難しいこともいろいろとありそうだ。
 真偽はともかく、すくなくとも水に飛び込むときの音よりは、スッポンならではの感がある。
 と思っていたら、「カメは鳴き声でコミュニケーションをとることができる」と報告する専門家まで現れた。卵からかえったばかりの稚ガメが砂のなかから母ガメを呼び、その声にまた母ガメが応えていると発表したのだ。こうなると、『夫木和歌集』にある藤原為家の「川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり」は、ほんとうの生態を模写したものかもしれないと信じたくなる。
 
 スッポンの語源説には、こんなものもある。
 いわく、「丸いお盆を赤く塗ったものを朱盆といい、それがなまってスッポンになったのだ」と。そういわれれば、それもあり得る。
 現代でお盆といえば、四角いものもある。しかし昔は丸いものが普通だったようで、丸いということではスッポンの姿に結びつく。スッポンはその姿かたちから団魚、甲魚とも称されるが、もっと気楽に「マル」と呼ばれるのが常だからだ。
 甲らが丸いといわれれば、なるほど「丸い」の範ちゅうに入る。しかし、撮った写真をじっくり見ると、長円形というのだろうか、丸は丸でも長い丸になっているものもある。そうなると、またまた、うーんとうなるしかない。
 さればとて空を見上げれば、丸い月がある。
 形はなるほど、「マル」と呼ばれるスッポンの甲らにたとえられる。だが、そうはいっても、泥のなかにもぐって暮らすスッポンとは比べものにならないほど神々しく輝いているではないか。
 とまあ、こんなところから、「月とすっぽん」といわれるようになったのだろうなあ。
 スッポンの名を持つスッポンダカラというタカラガイや、スッポンタケというきのこなら見たことがある。
 ところが野外で生きのいいスッポンを見ようとすると、意外に難しくなっている。その数が近年、著しく減っているというのだ。2016年には国際自然保護連盟(IUCN)が絶滅のおそれがあるとしてレッドリストに載せている。
 スッポンは激減している。それなのに、テレビではきょうもスッポンのCMを流していた。野生のスッポンは少なくなったが、養殖物は減っていないということだろう。
 
 スッポンを漢字で書くと、「鼈」になる。この文字はどこかで見たと気づく人も多いはずだ。そう。「鼈甲(べっこう)」に使われている。しかし、べっ甲というのはウミガメの一種のタイマイの甲らを加工したものだということもまた知られている。
 それなのになぜ、まぎらわしい「鼈」という文字を使うのか?
 そこにはどうも元禄時代の「奢侈禁止令」が関係しているらしい。利にさといどこかの藩主が幕府に上申したそうだ。
 「安物のスッポンの『鼈甲(すっぽんのこう)』でつくるなら、ぜいたく品といえぬのではあるまいか?」
 そんなことでタイマイと鼈甲が混在し混乱し、それによるごまかしが横行することになったという話がある。
 だから本来ならタイマイ細工と呼ぶべきものが、いつの間にやら「鼈甲細工」となったのだとか。いつの世もカネが絡むと、とんでもないことが起きる。
 同じべっ甲でも、ベッコウガガンボ、ベッコウバエを見るくらいならいいだろう。その名の通り、なるほどべっ甲感のある虫たちだ。
 
 翼竜がスッポンに化けた話もある。2002年に茨城県ひたちなか市で見つかり、翼竜の肩甲骨だと鑑定されていた。
 ところが最近になってCTスキャンしたところ、どうもスッポンの右上腕部の一部のようだとなった。
 そんなわけで翼竜は消えたが、白亜紀のスッポンの化石としては最大級のものだというから、その価値は変わらない。
 あるはずのないことをたとえるのに、「すっぽんが時をつくる」という。鳴くはずのないスッポンだから鶏が時を告げるようなことはしないということだろうが、そのたとえさえも、スッポンが鳴くとしたら使えなくなる。そうなったらまさに、「すっぽんが時をつくる」ようなものだろう。
 このことわざ、後世の解釈はどうなるのだろうね。
写真 上から順番に
・スッポンには、くちがとがっているイメージがあるが、それは鼻先なんだよね
・もしかして、鼻先のでっぱり具合から、スッポンをカエルのグループに入れる?
・にらみをきかせるスッポン。鼻先はトイレで使う「すっぽん」にも似る
・こうして見れば、くちと鼻先の違いがわかるよね
・は虫類の代表といえばワニだが、これとスッポンがお仲間? それこそ、月とスッポンほどの違いがありそうだけどなあ
・スッポンのアルビノ個体。中国には白いスッポンに助けられた軍人の逸話がある
・スッポンには「マル」の俗称がある。でも、これを見ると長円形にしか見えないのですけど……
・タカラガイの一種、スッポンダカラ。名前の由来は知らないが、こんな甲らのスッポンもいるのかね
・「べっ甲」を思わせるベッコウアブ

 
 
コラム記事リスト
2021/07/16
イカ――カラスとの深い因縁(むしたちの日曜日90) 
2021/06/30
梅雨がおかしい(あぜみち気象散歩86)
2021/05/18
コツブムシ――海辺の踊り子(むしたちの日曜日89)
2021/04/30
記録的高温の春(あぜみち気象散歩85)
2021/03/17
スッポン――暁を告げるのはいつか(むしたちの日曜日88)
2021/02/22
新型コロナウィルスと今冬の寒波(あぜみち気象散歩84)
2021/01/18
ウシガエル――米利堅蛙鳴(めりけんあめい)(むしたちの日曜日87)
2020/12/24
小春日和のち師走寒波(あぜみち気象散歩83) 
2020/11/24
タコ――愛すべき海の賢者(むしたちの日曜日86)
2020/10/29
長い秋雨と台風接近(あぜみち気象散歩82) 
次の10件 >
注目情報
  コラム:梅雨がおかしい(あぜみち気象散歩86)
注目情報PHOTO  今年の入梅は西日本で早く、5月15~16日に東海地方より西で梅雨入りとなった。四国は15日、近畿は16日で、ともに1951年の統計開始以来最も早かった。  梅雨に入った途端に梅雨末期のような大雨が降り、鹿児島県のさつま柏原では15日の2...
もっと見る