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オオキンカメムシ――冒険好きのブローチ虫(むしたちの日曜日94)  2022-03-17

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 いまはもう確かめようもないが、子どものころは玄関に番傘が置いてあった。竹の骨に和紙を張り、防水・撥水用の油が引いてあった。開くとバリバリッと音がしたし、長く使わないと油のせいで破れることもあったような記憶がある。
 そんな傘に使う油にもいろいろあるようで、桐油と呼ばれるアブラギリのタネから搾ったものもそのひとつだった。福井県永平寺町に出かけた時には、アブラギリの葉で包んだサクラマスの押しずしを買って食べた。
 そのアブラギリに依存するのがオオキンカメムシだ。シナアブラギリという似た樹木もあるが、在来種がお好みのようである。
 あざやかなオレンジ色で、体長は2~2.5cm。背中には、人面にも見える模様がある。
 そのデザインにも個性があり、ハートを背負ったものがぼくは好きだ。ハート形の模様を持つカメムシといえばエサキモンキツノカメムシが有名だが、オオキンカメムシはなにしろデカい。しかも明るい体色だから、より強いハートの力を感じる。
 
 
 
 南方系で、ぼくの住む千葉県でも県南に行かないと見られない。それより北でも見られるようになったという報告があるのは、温暖化が影響しているのかもしれないが、派手な昆虫であるからか、けっこうなファンがいるようだ。
 「ブローチにしたいなあ。生きている虫ブローチ!」
 そんな話が出るとアカスジカメムシやアカスジキンカメムシと並んで、上位にランクインする。生きているもので身を飾るという発想はいいが、植物ならまだしも、昆虫だとさすがにマズいような気もする。気に入らないことがあればすぐに、どこかへ飛んでいきそうだからである。
 それでなくてもオオキンカメムシはよく飛ぶ。
 いやいや、飛ぶという表現は適切でなく、数百キロという距離の障害を乗り越えて、びゅーんと飛んでいくそうなのだ。飛翔力はカメムシ仲間のうちでも抜群ではあるらしい。
 それにしてもすごい。台風のせいかもしれないが北海道で採集された記録があり、標高2000mを超す高山でも見つかっている。しかも多くは、産卵前のメスだったとか。
 オスではなく、メスであるところも興味深い。調査したメスのおなかには卵が詰まっていて、交尾済みだったそうだ。
 メスが新天地で産卵して繁殖すれば種の繁栄に貢献できる。そのための冒険だったのか。
 でもまあ、結果的には寒い季節を乗り切ることができず、大半の冒険日誌はそれで終わっている。
 食樹といっていいアブラギリは速乾性のある油の原料として重宝され、かなりの需要があった。それで日本海側でいえば山形、太平洋側なら千葉・茨城までが栽培地となり、その邪魔をする害虫としてオオキンカメムシの名も知られていた。
 島根県の研究者はその事態をなんとか改めようとして生態研究に乗りだし、その成果を公表してきた。しかし研究対象であるオオキンカメムシが減ってきたため、1957年には研究を打ち切っている。その時点でオオキンカメムシはもはや、重要害虫ではなくなったと理解していいのだろう。
 それがざっと調べて知ったオオキンカメムシの実情だ。
 で、わが記録をと見てみれば、過去に撮影した写真のデータはちょうど10年前の5月が最初だった。
 「しょーか。初回だから初夏だったのか」
 などはいかにもオヤジの言いそうなことではあるが、とにかくひと目で気に入った。
 
 一般のイメージ通り、カメムシは臭い、作物にとって害虫になるものも多いというのがぼくにとっても〝常識〟だった。例外的なのがブローチ虫にしたくなる美麗種だったが、オオキンカメムシもその例外種に入ると、極小メモリのわが脳みそが認知したのである。
 面白いことに、冬になれば海岸の常緑樹に集まり、何匹も一緒になって冬を越すというではないか。それならというのでその後、何度も房総南部に出かけて、オオキンカメムシの越冬シーンをウオッチングしてきた。
 ある年は、大荒れの天気のすぐあとだった。すると、いつもの場所にある木の葉にしがみつくものとは別に、道ばたに何匹も転がっていた。
 「へえ。ここにはこんなにもいるのか」
 目には見えないが、それだけ多くの越冬組がいるのだろうと判断した。
 最近のインターネットへの書き込みによると、多い時には数百、数千の個体が集まる場所があるようだ。千葉よりももっと南の地域らしいが、わが地元では数十の単位で一カ所にいるような場面を見たことはない。
 一度に目に入った数は、最高でもたったの4匹だ。オオキンカメムシの名産地とはいえないまでも、そのスジではけっこう知られている。それなのになんだか、さびしい。
 そうなるとどうしても見たくなるのが、人情というものだ。
 そう思ってから年をいくつかまたぎ、数度にわたる捜索をした。にもかかわらず、総数はむしろ減っている。出かけてはみたものの、まったく出会えないことも何度か経験した。
 それまでに県内で見た場所は数カ所。なかでも某所は、行けば必ず見られるという土地だった。ところが出かけるたびに少しずつ景色が変わり、それが魅力度を落として、オオキンカメムシ界の越冬リストから外されたのではないかと思えてきた。
 
 そんなある年。鹿児島県で、アカギカメムシの集団越冬に出くわした。きちんとカウントしたわけではないが、それはそれは壮観だった。あっちの葉、こっちの葉と、見渡す限り、アカギカメムシのリゾート地と化していた。
 そんな場面を一度でも見ると、わがオオキンカメムシもそういうところを見せてくれてもいいではないの!
 と思えてくる。
 オオキンカメムシの習性として、冬越しを終えたものは4月ごろからあちこちに散らばるようになり、地元に残るものは残り、冒険に出るものは別の地をめざすという。
 2月のおわりごろ、またまた出かけた。よく知る場所の景色は前の年の台風の影響などでまた変わっていたが、幸いにも見ることはできた。
 「1匹、見つけたぞ!」
 とにもかくにも、まずは最初の1匹を見たときの喜びに勝るものはない。
 これまでに越冬しているところを見た木はかなりの大木で、目の高さで見ることはまれだ。だから、位置によっては写真を撮るのにも苦労する。いたぞという証拠写真は撮れるのだが、それにしてももう少し、ニンゲンのことも考えてとまってくれればいいのに……。
 出会いの感謝もどこへやら。すぐさま、不平・不満の気持ちがわいてくる。
 そんなわがままをきいてくれるように、細い木の株元近くでも見つかった。
 と思ったらそれは、クモ網にかかって絶命したものだった。
 だがそれが、幸運を引き寄せた。すぐそばの木を見上げると、1枚の葉に全員集合とはならないまでも、葉柄にとまっていたものも含めれば最高で1枚に6匹くっついていたのだ。その周囲も含めると、合わせて10匹。まずは2けたの大台だ。
 おそらくは自然災害のせいでいくらか変わった環境になり、このエリア内で適当な場所を探した結果、ここを選んだのだろう。これまた勝手にそう決めつけた。
 こんどは心から感謝した。
 
 いいことは続くものだ。その木をなめるように見まわすと、別の葉の裏側にオオキンカメムシ探索を始めて以来の快挙といえる17匹の団体さんが見つかった。そのすぐ隣の葉にも1匹とまっていて、葉を動かしたせいなのか陽気のせいか、トコトコと歩きだしたのである。
 なにはともあれ、この写真が1枚撮れただけで、やってきた甲斐がある。しかもそのあと、アオモンツノカメムシと思われる1匹まで現れてくれた。驚いたことに、彼女は産卵中のようだった。
 この寒空の下で、卵を産むのか?
 その卵を寒い中で守り育てて、無事にオトナにすることができるのか?
 素朴な疑問が頭に浮かんだ。寒い季節に産卵する習性は知られているようだが、なにしろ初対面だ。このあたりに来れば新しい友人に会えるとわかり、そのきっかけをくれたオオキンカメムシに頭を下げた。
 それにしてもの疑問は残る。オオキンカメムシがいくら大柄でも、暖かそうなオレンジ色の衣装をまとっていても、何匹か集まると暖房効果はあるのか……。不思議でしかない。
 それになにより、何年も生きることはできないはずなのに、どうして毎年、同じ場所に集まるのか。彼らとの付き合いは始まったばかりといえるかもしれない。
 
写真 上から順番に
・アブラギリの産地である福井県永平寺町には、アブラギリの葉で包んだマスずしが売られている
・左:ハート模様がきれいに浮き出たオオキンカメムシ。人面にも見える
・右:ハートを背負った2匹のエサキモンキツノカメムシは結婚式のようだった。どうぞお幸せに
・アカスジキンカメムシ。丸いからだが安心感を呼ぶのか、見せても逃げだす人はいない
・アブラギリの実。オオキンカメムシが好む木の実だ
・久しぶりに見られたオオキンカメムシ。マテバシイの葉の裏で、数匹単位でいるものが目立った
・鹿児島で見たアカギカメムシの団体さん。集合写真はいつ見てもいいね
・越冬中のオオキンカメムシ。ばらばらにとまっていたが、遠くから見ればひとかたまりだ
・1枚の葉に17匹のオオキンカメムシがいた。すぐ隣の葉の1匹も合わせると18匹の集団越冬だった
・アオモンツノカメムシとおぼしきカメムシ。卵を産んでいる最中のようにも見えた

 
 
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