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海のウサギ――跳ねることに意味をなさず(むしたちの日曜日99)  2023-01-18

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 干支にちなんで、ウサギの写真を撮りたいと思った。わが家のすぐ近くで、糞が転がっているのを見たことがあるからだ。車で少し走った林でも、大量の糞がいつも見つかる。
 だが、どちらも実際に落とし主の姿を見るのは難しい。新鮮なぽろぽろの糞があるからといって、ウサギが簡単に人間の前に現れると思ったら大間違いだ。耳もしっぽも見ることなく、撮影はあきらめた。
 
 
 
 それにしてもウサギを1羽、2羽と数えようと言いだした人はスゴい。ウサギを、ウとサギという鳥だと言い含めたのだ。
 ウもサギも何羽と数えるから、ウサギも同じように数えていい、だから四つあし獣の食用を禁じられた時代にあっても、食べて良いのだという理屈につなげた。
 言われてみればそうも思えるが、なかなかの知恵者だ。おそらく、詐欺師に近いセンスの持ち主だったにちがいない。
 考えてみれば、野生ウサギの撮影にはそもそも、過去に一度しか成功していない。そう考えると、最初から無理だったのかもしれない。
 
 ウサギの名を持つ植物なら、なんとかなる。ウサギギク、ウサギゴケ、「卯の花」と俗称されるウツギなどがある。「月兎耳(つきとじ)」という葉をウサギの耳に見立てた多肉植物もあるが、「パンダプランツ」「パンダウサギ」のあだ名もあるから、まぎらわしい。
 
 
 
 ウサギギクは高い山に行かないと見られないが、あるところにはある。ウサギゴケは栽培されているから難易度は低い。うまくいけば、販売品に出くわすこともある。
 ウサギゴケはコケではなく、地下茎に捕虫のうを持つミミカキグサの一種だ。園芸店ではウトリクラリア・サンダーソニアの名前もよく用いられる。ウツギも近所でいくらでも見られるから、花の時期をねらえば撮影は難しくない。
 ウサギの名こそ付かないが、イボトビムシの仲間の触角はウサギの耳を思わせる。体長2mm前後の小さな虫だから話題になりにくいものの、もう少し大きければ人気者になれたのではないだろうか。耳が短いから、モデルはさしずめアマミノクロウサギか。
 
 
 
 だが、イボトビムシ類が歩くところは見るものの、ピョーンと跳ねるところは一度も見たことがない。
 そう思って調べてみたら、トビムシの名前こそ有するが、跳べない体なのだそうだ。
 跳びはねるトビムシには、跳躍器というものがある。そいつを使って地面や接している落ち葉を叩きつけるようにして、跳ねとぶ。
 気の毒なことに、イボトビムシには跳躍器官の持ち合わせがないという。だったらいっそのことトビムシ仲間からとび出せばいいのに、そうはいかない。イボトビムシのファンには、そこが残念ポイントだ。
 
 こうしていろいろ考えると、ウサギつながりの王道はやはり、アメフラシだろうというところに落ち着く。海にすむアメフラシには、「海兎」の呼び名があるからである。
「ようし、久しぶりにアメフラシを探すぞー!」
 そう宣言して家を出た。冬の千葉の海で巨大なアメフラシを見つけたことがあるから、時期もいい。行けばまあ1匹は見つかるだろうと簡単に考えた。
 うまい具合に、潮もちょうどひいていた。
 以前は見ることがなかったアマモが大量に浜に上がり、昔と変わらず、いろんな種類の貝殻がいくつも目に入った。
 クラゲも1匹見つかった。そのすぐそばには、クラゲの切れ端も転がっていた。
 つんつん。
 棒切れでつついてみると、弾力がある。
 砂がいっぱい付いて汚れていたので、海水で洗った。
 と、それはクラゲのかけらではなく、寸詰まりの雲古のイメージに近づいた。さらに砂が落ちると、薄ぼんやりとした模様が浮かんできた。
 
「ナマコじゃない?!」
 一緒にいた家族が叫んだ。とげとげが目立たないが、なるほどナマコに見える。体長は10cmほどだから、とりあえず「3寸ナマコ」と呼ぼう。
 その「3寸ナマコ」は、生きているのか死んでいるのか、よくわからない物体だった。
 もっとも、ナマコはもともとそんなものだから、それ自体はどうでもいい。重要なのは、アメフラシは発見できなかったが、なんとなく同類っぽいナマコが見つかったという事実である。その後、浜辺を長く歩いたが、アメフラシにはとうとう出会えなかった。
 
 だが実は、アメフラシとナマコを同類とみるのはちと問題がある。どちらもぐにゃりとした軟体動物のように見えるが、分類上は別のグループに入る。
 アメフラシは貝の仲間で、地上のナメクジと同じで貝殻は見えなくても、体内には巻き貝だったころの貝殻の名残が埋まっている。運が良ければアメフラシのその殻を海岸で見ることもあるようだが、いまのところ出会いはない。
 ナマコは子どものころよく食べたが、コリコリした食感はあっても貝殻らしいものは見当たらなかった。
 それもそのはず、ナマコはヒトデやウニが属する棘皮動物なのである。だからアメフラシとは似て非なるものであり、ウサギから遠ざかる。
 アメフラシもその名残の貝殻も見つからなかったが、浜辺に貝殻はたくさんあった。バラバラになって転がる二枚貝が多いなか、コベルトフネガイはなぜか蝶番の部分でくっついたものが多かった。
 コベルトフネガイの貝殻表面には細かい毛が生えていて、ちょっぴり「変わった感」が漂う。
 フネガイの名前は、舟のようなその形状に基づくものだろう。蝶番部分でくっついているから、言うなれば二艘船といったところか。
 横から見ると、鳥の頭骨のようでもある。子どものころ飼っていた小鳥のひなもこんな形の頭だったと思い出した。見方を変えると、牛や鹿のひづめのようにも見える。
 
 それにしても、「コベルト」というのはなんだろう。まさか、ドイツなどに伝わるみにくい妖精のコボルトに関係するのか?
 家事も手伝うがいたずらもする妖精だといわれるから、食用にもなるが、毛が生えていてみにくい貝からの命名?
 コボルト鉱石はドイツ語で「コーボルト」と呼ばれていて、元素番号27のコバルトの名前になったと聞いたようなおぼえもある。
 そう思うと、とても気になる。
 調べてみたら、なんてことはない。ヴィルヘルム・コベルトという、軟体動物を専門とする動物学者にちなむ名前だとわかった。北海道南部から沖縄にかけて、波のおだやかな内海に産するとも紹介されていた。
 国内で見つけた貝に外国人の名前がついていると気になるものだが、こうして調べるきっかけを与えてくれるのだから、感謝しなければなるまい。
 
 それにしても、見つけただれもが美しいと思うであろうナミマガシワがいくつも見つかったのはうれしい。地元の浜でもたまに見つかるが、ここは豊漁地だ。バラ色をしたものが大半で、「幸せを呼ぶ貝」と称されるのもよくわかる。
 ナミマガシワは生きている間、岩や貝に張りついていて生活しているという。しかも食用になるそうだから、一度は食べてみたいものだ。
 とはいえ、ホタテガイを養殖する際には邪魔者扱いされるとも。立場がちがえば見方も変わるものである。
 
 ウサギの年にちなむ話をしようと思っていたら、陸からどんどん離れて海に向かった。なんとか引き戻そうと思ったのだが、ぼくの興味は「ウサギ=海」となる。
 そこでついでにいえば、アメフラシと同じように「海兎」と書く生き物でもうひとつ見のがせないのがトビハゼだ。海岸でこの魚が跳びはねるさまを見て、中国の人はウサギを連想したらしい。
 アメフラシは、頭に突き出た1対の触角がウサギの耳を思わせるが、トビハゼは形状ではなく、行動に着目したところがなんとも興味深い。
 アメフラシには「雨虎」「海鹿」の別称もある。理由ははっきりしないが、アメフラシの体表の模様から虎や鹿を思ったのではないか。ただし、「海鹿」はアシカを指すこともあるから、注意は必要だ。
 
 いやはや、また脱線しかけている。
 ハゼがウサギにたとえられるという話だった。
 少年時代にはトビハゼを当たり前のように見て育ったが、千葉に住むようになってからは見ていない。
 トビハゼの英語名は「マッドスキッパー」。泥の上を跳ねまわるものといった意味だろう。近年は生息地でも減少が目立ち、環境省のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定されている。
 沖縄では「トントンミー」と呼ばれるミナミトビハゼを、出かけるたびに観察してきた。だが、そうやっていつでも見られると思っていたものがいつの間にか姿を消している例は多い。当たり前のもの、足元にいる生き物にこそ目を向けておきたいのはそういう気持ちがあるからだ。
 温暖化が進むとまた変化するのか? なんとも気になるが、まずは近くでのトビハゼ発見を目標にしよう。
 
 ――というところでまた、話はウサギに戻る。
 ウサギには「止め足」「戻り足」という行動が知られる。雪の上を走りまわるエゾユキウサギは追跡者を惑わせるためなのか、歩いてきた道を逆戻りしたり、いきなり直角に跳んで、ちがった方向に進む。そんな習性から、ずっと続いていた足跡がとつぜん、途切れるのだ。
 その習性には以前から、着目していた。
 だからなのかわからないが、急にとんでもない方向に話がとぶのは、ことしの干支の主役であるウサギに敬意を表したものである。
 なーんてことは、ないのだけどね。
 なにはともあれ、とんだことがない、穏やかな年でありますように。
写真 上から順番に
・左:近所で見つけたころころのウサギのふん。これを見るだけでもうれしくなるのは、おかしい?
・右:たった一度だけ撮影できたウサギの子。それ以来、生きている野生ウサギには出会っていない
・左:ウサギギク。高山の植物だが、保護されているからか、山に登れば見る機会は多い
・右:「コケ」といってもコケ類ではないウサギゴケ。ミミカキグサの仲間で、食虫植物の一種でもある
・左:アカイボトビムシの一種。耳の短いウサギを思わせる、かわいい跳ねないトビムシだ
・右:耳の短いウサギといえば、奄美大島で見たアマミノクロウサギを思い出す。耳は短いが、しっかりウサギ体型だ
・浜辺にはアマモがたくさん打ち寄せられていた。時間があれば、ワレカラが付いていないか調べたかったのだが、あきらめた
・勝手に名づけた「3寸ナマコ」(右側)とクラゲ。浜に並んで落ちていた
・以前見つけたアメフラシ。同じ浜で探したが、今回は見つけられなかった
・貝殻に毛が生えているコベルトフネガイ。鳥のひなの頭のようにも牛や鹿のひづめのようにも見える
・出かけた砂浜で拾ってきたナミマガシワ。見ていると心までバラ色になる。なるほど、「幸せを呼ぶ貝」だね
・野生のトビハゼをしばらく見ていない。ことしはこれを地元で探すことを目標のひとつにしよう
・沖縄では「トントンミー」と呼ばれるミナミトビハゼをよく見た。かわいらしくて、元気もある


 
 
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