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シデムシ――死出の旅路の土産話(むしたちの日曜日100)  2023-03-17

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
「ダンゴムシみたいな変なのがいるよ」
「ワラジムシじゃないの」
「だけど、体を丸めてるんだ」
 だとしたら、やっぱりダンゴムシの仲間か。
 と思っていると、次の報告。
「金属のよろいを身に着けているみたい」
 
 家族で散歩中の出来事だ。どんな虫だろうと駆け寄ると、たしかに体を丸めた虫がそこにいた。
 それはダンゴムシでもワラジムシでもなく、シデムシの幼虫だった。その状態でコト切れたか、死んでから丸くなった個体に見えた。
「シデムシの幼虫だよ。細身の三葉虫みたいだろ」
「そうなの? でも、なんだか気持ちが悪いよ。それより、シデムシも死ぬの?」
 シデムシを漢字で書くと、なんともおどろおどろしい雰囲気の「死出虫」となる。その名の通り、動物の死がいがあるとやってきて、自然にかえしてくれる奇特な虫だ。その習性から、「埋葬虫」と呼ぶこともある。
 しかし、そうやって死がいに近づくのは生きている証拠だ。シデムシだって、死ねば動かない。
 というか、シデムシだって死ぬ。当然のことだし、過去に何度も目にしている。死んだシデムシの葬送にもシデムシが活躍するとなると、なんだかよくわからない迷路に入り込みそうなので、それ以上考えるのはやめた。
 
 
 
 人間も含め、生き物はいつか死ぬ。地球温暖化の影響で南方系昆虫が北進しているとか、温度が高すぎて羽化がうまくいかない例がある、繁殖に異変が生じているという報告がときどき話題になる。それでなくても数年前には、世界の昆虫の40%が減少傾向にある、地球はいま、6度目の大量絶滅を迎えているといった指摘もされた。昆虫の急激な減少は、そのサインだともいわれる。
 データの取り方や分析の仕方によっても印象は変わるから、本当のところどうなのかは、素人にはよくわからない。だが、虫が死んでそのままになっていたら、それはそれで大変だ。
 身のまわりを見ればわかるが、落葉樹は毎年、大量の葉を地上に落とす。それがどんどん積もれば、天然のふかふかベッドができる。だがそれを喜ぶのは子どもたちで、何事にも飽きっぽいから、そのうち落ち葉は邪魔になる。
 そこで活躍するのが、ダンゴムシやミミズ、ササラダニといった生き物だ。自然界の分解者としてせっせと働き、地球が落ち葉だらけになるのを防いでくれる。
 
   
 
 同じようにシデムシは、動物の死がい担当の処理班だ。どれだけ鼻がきくのか知らないが、死がいがあるとどこからか集まってくる。しかも、1匹だけということはない。たいていは数匹いっしょになって、死がいに食らいつく。
「この腐り具合、焼き加減にたとえればレアだな」
「できれば、もう少し熟成した肉がオレの好みなんだがなあ」
「おいおい。食いたくないなら、あっちへ行けよ」
 シデムシたちのそんな会話も聞こえそうである。
 しかも親子かどうかはわからないが、成虫も幼虫も一緒になってひとつの獲物に群がることが多い。ほかの虫ではまず見ない光景だ。
 
 甲虫の一種だから、成虫はクワガタムシやコガネムシに似た感じがする。平べったいため、なんとなくゴキブリを連想させるが、むろんゴキブリの仲間ではない。
 興味深いのはカブトムシやクワガタムシのように腐植食性昆虫の幼虫はイモムシ体形なのに、腐肉食性のマイマイカブリやオサムシの幼虫はシデムシの幼虫に似た姿をしていることだ。 腐ったものを食べるといっても一方は植物の腐ったもの、もう一方は腐った動物の死がいである。そうした食性のちがいが外観に反映されるのだろう。
 
 シデムシの幼虫は、よくいえば三葉虫のようでカッコいい。しかし、人間でいう肩のあたりがぐっと外に張り出し、その先が急に細くなっていて、どことなく不恰好ではある。
 しかも、シデムシ幼虫のあしは、体の前方にしかない。だから歩くときには、腹を引きずるようなイメージだ。進み方を表現すればトコ、トコ、トコなのだが、思ったよりも速いから、とっとこ、とっとこを早口で言うような動きになる。
 そんなにもせっかちな動きで死肉のありかを探すのだから、自然界の掃除屋さんとしてもっと感謝すべき存在だろう。小動物や鳥の死がいを片づけ、時にはウンコもキノコも、ハエの子どもであるウジムシまでも食べてしまう。
 人間からすると、避けて通りたいものが多い。したがって、シデムシを見てもいやーなまなざしを向けてはいけないのである。でも、せめてもう少しきれいだったら、見方も変わるのに……という気がしないでもない。
 そんな愚痴をこぼしたくなるほど、わが家の周辺では地味系のオオヒラタシデムシしか見たことがない。だが、シデムシ一族の中には胸が赤くてホタルを思わせるもの、黄色っぽい色をしたものもいる。そうしたカラー系なら、もっと親しくしてみたくなるかもしれない。
 ヨツボシモンシデムシのように、オレンジと黒の配色からなるおしゃれな種もいる。しかもそのヨツボシモンシデムシは子どもの面倒までみるのだから、評価は一気に上がる。
 身近にはいないとあきらめていたのだが、北海道に出かけたとき、ついに見ることができた。小さなヘビのようなものが見えたので近づいてみるとネズミの死がいであり、その上にのっかっていた。
 よく知る虫でいえば、イタドリハムシに似ている。ヨツボシケシキスイ、ダンダラテントウの模様にも似た感じがして、そこにネズミの死がいがなければ手を伸ばしたかもしれない。だが、腐肉を口にする虫は概して臭いとされているので、写真を何枚か撮るだけにした。
 
 個人的には、触角もカッコいいと思った。コガネムシ類のように、先端部がこん棒状というのか、パラボラアンテナのよう広がる。そんなちょっとしたことで評価が変わるのだから、虫のデザインは奥が深い。
 その死がいには、シデムシの幼虫とハエもいた。見慣れたオオヒラタシデムシの幼虫とちがって、胸のふちが赤かった。
 
 それよりも興味深いのは、ヨツボシモンシデムシの習性だ。モンシデムシ属は死肉を土に埋め、液状にした消化肉を、オスとメスが協力して子どもである幼虫に与える。
 数年前のことだが、複数の大学からなる研究グループが、ヨツボシモンシデムシの親虫が口から「幼虫のえさ乞い行動」を引き起こすフェロモン物質を出していることを発見したというニュースが流れた。子育てらしいことをするというだけでも十分に驚くのに、この虫はなんと、子どもの食欲をそそるものを与えていたというのだ。
 そうしたフェロモンの報告はないらしく、「給餌フェロモン」と名づけられた。
「お母ちゃん、おなかがすいたー!」
「はいはい。食事の用意ができたわよ」
 ということでそのフェロモンを出し、子どもたちが食事をする準備態勢をとるように仕向ける。そう考えれば、なんともすごい虫だ。
 自分が産んだ卵を守るエサキモンキツノカメムシやボロボロノキの実を巣にいる幼虫に運ぶベニツチカメムシ、自分の体をえさとして与えるコブハサミムシやカバキコマチグモのような虫がいることはよく知られるが、それにしても葬送にかかわる虫がそんなにも深い愛情の持ち主だと知れば、ますます頭が下がる。
 
 だったら、近くでよく見るオオヒラタシデムシはどうか?
 ヨツボシモンシデムシのような行動は知られていないが、交尾の際、上に乗ったオスがメスの触角をかんでいるという。片方の触角をガシッとかんで、引っ張るようにするというのだ。しかも、あまりにも力を入れ過ぎて、触角をかみ切ってしまうこともあるのだとか。
 いくらなんでも、そこまでするか?
 そんな疑問もわくのだが、そこまで自分の目で確かめたことはない。触角にかみつくまでがやっとのことだ。写真にもたびたび写っている。
 
 いずれにしても、シデムシは「死出虫」というだけでは済まされない、なかなか謎多き虫のようである。この世を去る動物たちは、そんな土産話を携えて三途の川を渡っているのかもしれないね。
 
写真 上から順番に
・ダンゴムシの特技だとばかり思っていたら、シデムシの幼虫も丸くなる
・左:シデムシだって、いつかは死ぬ。あり、あり。こんなにアリがたかっている
・右:なんてことない雑木林。シデムシは、こんなところで死がいを片付け、林の維持に貢献している
・左:行けども行けども枯れ葉ばかり。それでもめげずに探し続けるのがシデムシ魂。って、ホント?
・右:「おいおい。押すなよ」「そうだ。死んだ獲物がにげることはないんだから」「だけどさあ、そいつ、どこにあるんだろう」「……」。悩むシデムシたち
・シデムシの幼虫はゴキブリを思わせる。このゴキブリに、似ていませんか?
・コメツキムシにしがみつくシデムシ幼虫。おんぶしてもらいたいわけではなく、どう食べるかを考えている最中だろうね
・シデムシにも伊達者はいる。オレンジと黒でおしゃれなヨツボシモンシデムシ(中央)
・シデムシ幼虫のそばでうれしそうにながめるハエ1匹。手をすり、あしをすり、ごまをする?
・メスの上に乗っかって、触角を引っ張るオスのシデムシ。交尾の際によく見られる習性だ

 
 
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