芋虫――いつのまにか大株主(むしたちの日曜日102) | 2023-07-20 |
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●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治 |
地球温暖化の影響でサツマイモの生産地が北上しているという。本来は寒い地域では栽培しにくいとされてきたが、その壁が取り払われたような印象だ。 サツマイモの原産地はメキシコあたりだそうで、日本へは中国から沖縄、鹿児島に伝わり、九州一帯で盛んに栽培されるようになった。その広がりには、江戸時代の度重なる飢饉が関係するという。 飢餓を救う優秀な食べ物なら、どんどん増やしたい。しかし、初めのうちはうまくいかなかった。 土の中にできる作物だからと、芋を植えて増やそうとした。ところが、腐ることが多すぎた。それならというので現代のような苗づくりの手法が導入され、安定供給につながったとされている。 実際には細かなところで諸説あるようだが、まあこんなところがよく、サツマイモの栽培の歴史として紹介される。   それはいい。虫好きのひとりとして気になるのは、サツマイモの重要な害虫とされる「芋虫」だ。サツマイモを食害する悪い虫だから「芋虫」であり、その正体はスズメガの幼虫だと教わった。 生産量はジャガイモにかなわないが、サツマイモを代表的な芋のひとつとして取り上げることに文句を言う人はいまい。それにスズメガがジャガイモに大きな被害をもたらしたという話も聞かないから、サツマイモのスズメガ幼虫が正統派の「芋虫」だと信じてきた。  
   念のためと思って調べると、そうではなかった。 「芋虫」はサツマイモではなく、もともとはサトイモの葉を食うスズメガの幼虫に付いた名前だという。「サトイモやサツマイモ」とする解説もあるが、挙げる名前の順番からすると、なんとなくサトイモが優位に立つ。 ということは、栽培の歴史が関係するのか。 それなら縄文時代にはすでに栽培されていたサトイモに軍配が上がるのは間違いない。日本に伝わったのは1598年とされるジャガイモ、1600年ごろ上陸のサツマイモとは比較にならない大先輩である。だとしたら、歴史的にはサトイモの葉をかじっていた虫が芋虫の始まりと考えるのがよさそうだ。   とはいえ、サトイモを自分で育てたことはない。鑑賞用に、「八ツ頭」の芋を水盤に置いていたことがあるだけだ。屋内だから、害虫にやられたという記憶もない。 そんなこともあって、サトイモの芋虫がどの程度発生するのかよくわからない。 芋虫は、サツマイモ畑で見るよりもずっと多いのだろうか。現代人がスズメガ幼虫を目にする機会は、どちらの畑が多いのだろう。 そうした個人的な疑問は残ったままだが、サトイモの葉ではセスジスズメ、サツマイモではエビガラスズメの被害が報告される。   芋といえばほかにも山芋類があり、「自然薯」と呼ぶヤマノイモは、「里の芋」であるサトイモに対する「山の芋」だ。 日本にいつから生えているのか知らないが、いわゆる野生種だから、葉がどれほど食べられても気にされなかっただろう。秋になって芋が掘れれば、その前のことはどうでもいい。掘り出した芋の出来がどうかで、価値が決まる。   そう考えると、山芋類で芋虫の害を気にするようになったのは、ナガイモ、大和芋などの栽培を始めてからだと思えてくる。 ヤマノイモとヤマイモを区別して統計に載せるようになったのは2007年だというから、そんなに古い話ではない。縄文時代には中国から伝わって栽培を始めたとする古文書があっても、素人からするとそれが現代のヤマイモなのかどうかはあやしいよなあと思えてならない。現在は、キイロスズメの幼虫が山芋類の害虫とされている。
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畑のスズメガの話になると、虫好きのはしくれとしては「夕顔別当」にもふれたくなる。ユウガオの畑に現れるスズメガの愛称で、古い書き物ではたびたび目にする。別当といえば古くは長官のような役職を言ったのだろうが、現代風にいえば寺や神社の責任者といったところか。   悔しいことに、ユウガオ畑で「別当」に会ったことはない。栽培する畑は何度か見たが、ほんとうに見たいのは飛ぶところだ。たまたま出かけて目にする確率は、きわめて低い。 それでも「夕顔別当」は俳句の世界で夏の季語として知られるから、知る人ぞ知る蛾なのかもしれない。  
   してその正体は何かというと、エビガラスズメだったりセスジスズメだったりする。単独ではなく複数のスズメガを指す季語だとすれば、「夕顔」の名を持ちだすまでないような気がする。ついでにいえば、「夕顔瓢箪」といえば、オオミズアオを指す。同じユウガオの芋虫なら、オオミズアオの方が成虫は美しい。 と思っていくつかの句をみると、ユウガオということばは出てこない。実物を見たことなく、詠む人が多いのだろうか。   ユウガオに比べれば、サツマイモの栽培地はずいぶん多い。わが家だって空いたところに苗を植え、秋には芋掘り気分を味わう。 ところが実際にスズメガが利用するのは、ヤマノイモだったり、トマトだったりする。ほんの推測だが、わが家のサツマイモは数株しかないので相手にしたくないのだろう。サツマイモを狙うなら、もっと広い畑の方がいいに決まっている。自分がスズメガだったら、選べる葉がより多い畑に向かう。  
   だから、エビガラスズメを見る機会は少ない。サツマイモに比べるといくらか株数の多いヤマノイモにはキイロスズメ 、トマトにはクロメンガタスズメが寄ってくる。もっとも成虫の姿を見たことはなく、巨大な芋虫と鉢合わせをして驚くのがもっぱらだ。 そんなこんなで、サツマイモの栽培地が北上すれば芋虫との出会いも増えるように思うのだが、北進した新天地にどれだけのスズメガがいるのかは知らない。
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それよりも温暖化がらみのサツマイモでは、アリモドキゾウムシの方が気になる。昨年は東海地方で見つかっている。 沖縄の空港ではイモゾウムシとともに巨大な模型を展示して警戒を呼びかけていたが、はるか北の地まで入ったとなると、温暖化の影響もあるのかと思いたくなる。 このゾウムシの体長は7mm程度と小さいが、空港のデカい模型のおかげで細長く、くち(口吻)の長い昆虫であることがよくわかる。 被害は主に幼虫によるものらしく、地下の芋が食害されると細いトンネルができる。スズメガの芋虫は地上部にいて堂々としているのとは大きなちがいだ。  
   サツマイモの葉では、エビガラスズメだけでなく、ほかの芋虫型の蛾類幼虫も見る。ハスモンヨトウ、イモキバガは何度か、実際に見た。 「芋虫」に対して「毛虫」という用語もよく使われるから、現代人にスズメガ幼虫だけを芋虫だと押し付けるのはよくないのだろう。でも幼いころからサツマイモの葉を食べるものが芋虫だと教わってきた身からすると、スズメガのように巨大でよく目につくからこそ、「夕顔別当」なんてたいそうな呼び名を思いついたにちがいないと思ってしまう。 その「夕顔別当」も絶滅しかかっている季語だから、それはそれでさびしい。 かといって、「夕顔別当」を応援すると生産者に申し訳ない。 名をとるか、実をとるか。 ハムレットならどうしたのかなあ。
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写真 上から順番に ・左:サツマイモの葉を食べる代表的な虫は何かと考えたとき、いちばんに思いつくのが、そのまんまの名前を持つ「芋虫」だ ・右:ジャガイモの花。最初は観賞用だったというのもうなずける。テントウムシはともかく、芋虫は見たことがない ・芋虫はもともと、サトイモの害虫だったとか。こんな水玉を見ることはあるのだが、栽培したことがないので、芋虫は見ていない ・旅先で見た「大和芋」。関東と関西では形状の異なることが多い ・セスジスズメ。「夕顔別当」のモデルのひとつとされるが、なぜ別当なんだろうね ・左:腹を見れば、なるほどエビガラスズメだとうなずける。しかも意外に美しい模様である ・右:「夕顔瓢箪」の異名を持つオオミズアオ。まるで幽界からの使者のような妖しさが漂う ・左:キイロスズメの幼虫。ハウス内で伸びたヤマノイモの葉にいた。デカい! ・右:トマトの葉のクロメンガタスズメ。からだの色は3種類あるが、この黄色タイプがいちばん好きだ ・以前は那覇空港にこんな巨大模型があった。これはアリモドキゾウムシ。サツマイモの害虫だ ・左:ハスモンヨトウの成虫。幼虫よりはまだマシだが、野菜の多くから害虫視されているのは知っているのかなあ ・右:イモキバガの幼虫。「牙蛾」は、成虫になると、口器の一部が牙のようになることからの命名とされる |
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