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地球沸騰の夏(あぜみち気象散歩99)  2023-08-30

●気候問題研究所 所長 清水輝和子   

 
温暖化の時代は終わり地球沸騰の時代に
 今夏は、猛暑が続き、干ばつ、台風、局地的雷雨、きびしい残暑と過酷な天候となっている。異常気象は世界規模で頻発し、熱波や森林火災、大雨や洪水がどこかで絶え間なく発生した。気象庁の異常気象分析検討会は8月28日、「日本の6~8月の夏の平均気温は統計を開始した1898年以降で2010年を超え、第1位の値を更新する見込み」と発表した(図1)
 

北日本中心に記録的猛暑
図1 地域平均気温平年偏差5日移動平均時系列
(2023年6月~8月) (気象庁)

 
 7月の世界の平均気温も、1891年の統計開始以降で最高となった(図2)。1991年~2020年の平均値からの偏差は+0.62℃(速報値)で、第2位の2021年と2016年の+0.29℃を大きく上回った。じつは、7月だけでなく、5月も6月も最高記録を更新している。第2位との差は、5月は0.08℃、6月は0.22℃、7月は0.33℃と6月から急激に大きくなっている。
 7月28日、こうした事態に国連のグテーレス事務総長は「地球温暖化の時代は終わり、これからは“地球沸騰の時代”が到来した。」と危機感を表明した。
 

7月の世界の平均気温は記録的高温
図2 7月世界の平均気温偏差の経年変化
(1898~2023年)(気象庁)

 
亜熱帯高気圧強まり、面積拡大
 温暖化で夏の亜熱帯高気圧は強まり、年々面積が拡大している。今夏は一段と亜熱帯高気圧が勢力範囲を広げた。図3の500hPaの北半球天気図を見ると、亜熱帯高気圧は上空5880mの高さの線で囲まれた範囲で、温暖化で年々北に広がる傾向だ。また、高気圧の中心にさらに高い5940mが毎年現れ、その面積が広がっている。8月13日にはアフリカ北西部から大西洋中部を覆い、北米南部にまで張り出した(図4)
 

北半球規模で強い亜熱帯高気圧
図3 500hPa平均天気図 高度と平年偏差(上空約5000m付近)
(2023年7月) (気象庁の図をもとに作成)

:平年より高度が低く、気温が低い
:平年より高度が高く、気温が高い
 

アフリカ北西部から大西洋、北米南部まで高度5940mエリア広がる
図4 500hPa平均天気図 高度と平年偏差(上空約5000m付近)
(2023年8月13日) (気象庁の図をもとに作成)

:平年より高度が低く、気温が低い
:平年より高度が高く、気温が高い
 
 もっと高い10000m上空でも低緯度を中心に北半球全体で高度が上昇し、気温が高くなっている(図5左)。地球全体の気温が上がっているので大気が膨張し、気圧の高度が高くなっている。昨年7月の同様の天気図(図5右)と比べてみると、今年は濃いオレンジ色の範囲が広がり全体に高度が上昇している。昨年も全体に高かったが、今年はさらに上昇している。まさに地球大気が沸騰しているかのように思えてくる。北半球の天気図を長年見てきた私たち専門家にとって、恐ろしくなるような天気図だ。ちなみに、夏にヒマラヤ上空に現れるチベット高気圧は今年も強く日本付近に張り出し、猛暑の一因となった。
 

左 :今年7月 低緯度を中心に高温(2023年7月)
右 :昨年7月 高温だったが今年ほどではない(2022年7月)

図5 100hPa平均天気図 高度と平年偏差(上空約10000m付近)
(気象庁の図をもとに作成)

:平年より高度が低く、気温が低い
:平年より高度が高く、気温が高い
 
今夏も世界各地で異常気象
 地中海では上空5000m付近と10000m付近で亜熱帯高気圧が強まったので、ポルトガル、スペイン、フランス南部、イタリア、ギリシャ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、トルコ、アルジェリア、チュニジアなど地中海周辺地域は熱波に見舞われ、チュニジアでは最高気温が50℃近く達した。熱波により大地も空気も乾燥し、各地で山火事が発生し、8月に入っても亜熱帯高気圧は強く延焼が続いた(図6)。“大西洋のハワイ”といわれる大西洋スペイン領カナリア諸島のテネリフェ島では強い亜熱帯高気圧に覆われ猛暑が続いたので、山火事が発生し、12000人以上の住民が避難したという。
 

8月も亜熱帯高気圧強く、寒気弱い
図6 500hPa平均天気図 高度と平年偏差(上空約5000m付近)
(2023年7月29日~8月27日) (気象庁の図をもとに作成)

:平年より高度が低く、気温が低い
:平年より高度が高く、気温が高い
 
 欧州では、全体が熱波に見舞われた昨夏とは違って、今夏は寒気が英国から欧州北部に南下し、7月から8月上旬にかけて涼しい夏となった(図3)。観光客は熱波の南欧をさけて、英国や北欧に押し寄せて、オーバーツーリズムが問題となった。一方、寒気と暖気の境界では低気圧が発達し、ドイツでは局地的にヒョウが30㎝も積もり、オランダでは100年ぶりに夏季の暴風雨に見舞われ、風速40mの嵐が発生したと報じられた。
 太平洋のハワイ諸島のマウイ島ではハワイの歴史上最悪規模の山火事が発生し、死者が100人を超える大惨事となった。干ばつが何か月も続いていたところへ、南海上を通過したハリケーンからの風でフェーン現象による乾燥した強風が吹き山火事が拡大したという。
 北米では南部と北西部が熱波に見舞われた(図3)。南西部では亜熱帯高気圧が強まり、カリフォルニア州デスバレーでは7月16日最高気温が53.3℃まで上昇した。米ワシントン州の国境では山火事が発生し、7月29日には国境を越えてカナダのブリティッシュコロンビア州に燃え広がった。カナダ北西部からアラスカでは高気圧が停滞し、高温少雨に見舞われた(図3)。上空10000mの天気図でもカナダ北西部と米国南西部は強い高気圧に覆われている(図5左)。7月26日のアラスカ州フェアバンクスでは最高気温が30℃に達した。北極圏に近いノースウエスト準州では山火事が発生し、州都イエローナイフでは全住民に避難命令が出された。カナダでは例年でも5~9月に山火事が多発するが、発生件数は温暖化で年々増加しているという。だが、今夏は件数も多く規模も大きく、過去最悪の山火事シーズンとなっている。8月に入っても高温少雨で乾燥した晴天が続き、焼失面積は最悪の被害だった1989年の2倍に迫ると報じられた。
 一方、カナダ東部から米国北東部には寒気が南下し、7月15~16日かけて米東部を豪雨が襲い、ペンシルベニア州では洪水が発生した(図3)。今夏は暖気が強いので、寒気が南下すると低気圧が発達する。温暖化で大気中の水蒸気が増えているので、気圧の低い地域や風のぶつかり合う地域に水蒸気が集まると積乱雲が発達し、激しい天候になる。
 
エルニーニョ現象で海水も沸騰
 今春から太平洋赤道付近の東部で海水温が平年より高く、西部で低くなるエルニーニョ現象が発生している(図7)。東部の海面水温は急激に上昇している一方で、西部のインドネシア周辺からフィリピン沖では下がらず、太平洋の熱帯海域全体が高い。
 

春にエルニーニョ現象発生したが、太平洋赤道付近の西部は高水温
図7 2023年7月 海面水温平年偏差 (気象庁の図をもとに作成)
 
 エルニーニョ現象が発生すると、熱帯の広い範囲で高水温になり大気を暖めるので、地球全体の気温がゆっくりと上昇する。ところが、今回のエルニーニョ現象では東部の海面水温が発生当初から急上昇し、熱帯に近い低緯度の大気から気温が急上昇した(図8)。そのうえ西部の海水温も高いので、地球全体の気温上昇が早まっていると思われる。西部で高水温が続いているのは、冬まで続いたラニーニャ現象の影響が残っているからといわれている。地球の気温が高くなると、海面水温を暖めるので、エルニーニョ現象発生後にはインド洋や大西洋も高くなる傾向がある。
 

今春以降、気温は低緯度から急上昇
図8 帯状平均層厚換算温度の時系列 2013~2023年 (気象庁の図をもとに作成)
 
 欧州連合(EU)の気象情報機関であるコペルニクス気候変動サービスによると、地球の平均海水温は今年7月28日20.96℃に達し、2016年の最高記録を更新した。
 海は温室効果ガス排出によって発生した熱の90%を吸収しているといわれている。今夏の記録的高水温は、温暖化で暖められた深部の海水がエルニーニョ現象などの影響で海面に上昇してきたのではないかという科学者もいる。地球大気よりも“海水が沸騰”している状態なのかもしれない。
 
 今夏の日本近海では、北日本周辺の海面水温が記録的に高く、とくに三陸沖は海洋内部まで顕著に高い状態が続いている(図7)。気象庁の海洋気象観測船「凌風丸」による7月22~25日の観測では、三陸沖は海洋内部で平年より約10℃も高く、記録的高水温が直接観測された。気象庁の異常気象分析検討会は「この高い海水温によって、日本海北部や北海道南東方から東北沖にかけては下層大気が冷やされにくかったことが、北日本の記録的な高温に寄与した可能性がある」と分析している。また、エルニーニョ現象が発生しても西太平洋の海面水温が下がりにくく、インド洋東部では平年より低くなっているため、フィリピン付近の対流活動が活発で、太平洋高気圧を強めたことも猛暑の原因の1つとなっている(図7)
 
日本も豪雨、記録的猛暑、災害多発
 海に囲まれた日本では暖かく湿った風が入り、多量の水蒸気が集まり豪雨が発生しやすくなっている。今夏は例年以上に梅雨前線の活動が活発になった。6月末から西日本中心に大雨となり、各地で線状降水帯が発生した。太平洋高気圧が日本の南海上に張り出し、6月30日には低気圧が日本海を進んだため、高気圧の縁辺から湿った風が入った(図9)
 

太平洋高気圧南海上に張り出し、暖湿流入る
図9 地上天気図 (2023年6月30日)(気象庁の図をもとに作成)
 
 また、梅雨前線に沿って中国の華中付近からも水蒸気が西日本や日本海に流れ込み、梅雨前線の活動が活発になった。7月7~10日にかけては偏西風が蛇行し、日本の西で上空の気圧の谷が深まって、湿った南西風が入りやすくなった(図10)。九州北部を中心に記録的大雨となり、10日未明には福岡県や大分県に大雨特別警報が発表された。7月14~16日には秋田県を中心に大雨となった。日本海沿岸に梅雨前線がのび、フィリピン沖の熱帯低気圧や中国の華南、さらにはベンガル湾からも多量の水蒸気が運ばれ、前線の活動が活発となった(図11)。6月28日から7月16日までの総降水量は、大分県、佐賀県、福岡県で1,200mmを超えた地点があったほか、北海道、東北、山陰、山口県、九州北部で7月の平年の月降水量の2倍を超えた地点があり、各地で河川の氾濫や浸水、土砂災害が発生した。
 

日本の西で気圧の谷が深まり、湿った南西風入る
図10 500hPa平均天気図 高度と平年偏差(上空約5000m付近)
(2023年7月9日)(気象庁の図をもとに作成)

 

梅雨前線に向かって多量の水蒸気が華中やベンガル湾からも流入
図11 地上天気図 (2023年7月14日09時)(気象庁の図をもとに作成)
 
 梅雨明けは7月15日に九州南部から、19日には関東甲信まで、最後は28日に東北北部となった。梅雨明け後は太平洋高気圧が強まり、日本付近を広く覆った。
 7月下旬は北日本中心に高気圧が強まり、下旬の北日本の平均気温偏差は+3.9と1946年の統計開始以降で第1位となった(図1)。東日本も第2位の高温だった。
8月は台風と猛暑・干ばつ
 8月に入ると太平洋高気圧は後退し、南海上で台風や熱帯低気圧が次々と発生した。8月上旬は台風6号が南西諸島方面で迷走した(図12)。東シナ海へ北上した後、進路を東よりに変えてUターンするように徳之島付近を通り、奄美の東で西よりに変わり、九州の西の海上を北上した。南西諸島や奄美では暴風や大雨の影響が長時間にわたり、被害が拡大した。また、台風の東側を吹く南東風が九州から四国、東海地方に湿った風を送り込み、太平洋側を中心に大雨となった。
 

経路上の印:○が09時、●が21時
台風6号南西諸島付近で迷走、のち九州の西海上を北上
図12 台風6号経路図(7月28日~8月10日)(気象庁)
 
 台風6号は10日、韓国南部に上陸し、ゆっくりと北上して朝鮮半島を縦断した。韓国気象庁によると台風が韓国を縦断するのは記録が残る1951年以降で初めてだという。局地的に300~400mmの大雨が降り、河川の氾濫や土砂災害、浸水が発生したと報道された。
 中国では7月に末に南部に上陸した台風5号が熱帯低気圧に変わってゆっくり北上し、各地に記録的豪雨をもたらした。中国東部から北東部では低気圧も頻繁に通り、大雨の被害が各地に広がり、死者・行方不明者は100人を超えたという。
 
 台風7号はお盆休みを直撃した(図13)。小笠原諸島近海からゆっくりと北上し、15日朝、和歌山県潮の岬付近に上陸して近畿地方を縦断した。台風から離れた岩手県では前線が停滞していたため暖湿流が入り、岩泉町では700mm近い大雨となった。台風が上陸した紀伊半島周辺では局地的に600mm近い大雨が降った。鳥取県では日本海からの湿った風が入って線状降水帯が発生し、大雨特別警報が出された。
 

経路上の印:〇が09時、●が21時
台風7号和歌山県に上陸
図13 台風7号経路図(8月8~17日) (気象庁)
 
 台風7号が去ると再び太平洋高気圧が強まり、きびしい残暑が続いた。札幌では23日の最高気温が36.3℃まで上がり、1887年の観測開始以来第1位の高温となった。
 8月は太平洋高気圧が東へやや後退し、西日本を中心に台風からの暖かく湿った風が流入し局地的な大雨が多かった。南海上からの暖かい空気が入ったので例年以上にむし暑く、全国的に気温が上昇した。また、太平洋高気圧の縁辺を回って吹き渡る南西風は山を越えて下降し、日本海側ではフェーン現象のため気温が上昇した。日中だけではなく夜も気温が下がらず、新潟県糸魚川では10日の最低気温が31.4℃となり、国内での最低気温が最も高い記録を更新した(図14)。日本海側を中心に少雨が続き、農作物の葉枯れや変色がみられ収穫量の減少が心配されている。新潟県矢代川では水量が減り、市は新井地域の約9000世帯に節水を呼びかけた。
 

日本海側フェーン現象で気温上昇、糸魚川で最低気温31.4℃
図14 地上天気図 (2023年8月10日03時)(気象庁の図をもとに作成)
 
 東京都心では、最高気温が35℃以上の猛暑日が8月8日でこの夏17日目になり、過去最多だった昨年の16日を上回った。1875年の観測開始以降で年間の猛暑日数は最多となり、8月29日までに22日と記録更新が続いている。フィリピンの東海上には29日現在台風9号と11号と2つの台風があり、30日21時までには12号も発生する見込み。3つの台風は太平洋高気圧を強める働きをするので、当面9月上旬頃までは、きびしい残暑が続きそうだ。
 エルニーニョ現象は来年春頃までは続く予報なので、今回のエルニーニョ現象によって地球大気の気温はジャンプするように上昇し、温暖化が加速すると予想される。来年もきびしい夏が待っているかもしれない。
 

 
 
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