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ミナミトゲヘリカメムシ――ひげ長の黄色いイケメン(むしたちの日曜日103)  2023-09-20

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 地球はどんどん暑くなっている。
 連日の酷暑の中にいると、本気で地球温暖化に向き合わないと大変なことになるとの思いが強くなる。
 とにかく、暑い。
 それでもと思うのは、外出して木陰に入ったときだ。ありがたいことに、ひと息つけるだけの温度低下が感じられる。
 室内でエアコンの冷気にさらされているより、ずっと心地がいい。それで近くの公園にたびたび足を運び、虫や草木と交流する。
 途中でアカメガシワの花に出会った。雌雄異株の木だが見つけたのは雌株で、ユニークな形の雌花に目を奪われた。
 3方に分かれた柱頭の先がほんのりと赤く、子房がぷくんとふくらんでいる。いつか見たクルミの雌花に似ていると思った。そんな出会いがあると、暑さもしばし忘れる。
 この時期の楽しみは、形が整っていくコブシの実を見ることだ。初めて見た人の感想を聞くと、なるほど拳のようだと言う。
 コブシという名前の由来には諸説あるが、つぼみを拳に見立てるより、実を見てイメージする方がずっといい。握り拳の指のでこぼこ感が、あの実にそっくりだ。
 
 
 
 その実をアカスジキンカメムシが食料にする。
 ふつうに思い描くカメムシは平べったく、なんとなく五角形に近い。ところがアカスジキンカメムシはドーム型で、みどりの地色に赤い筋のデザインでおしゃれ感が漂う。
 幼虫がまた面白い。白と黒のパンダ模様で、ピエロの顔のようにも見える。嫌悪感が少ないため、子どもにも人気がある。
 
 
 ということで、コブシといえば「アカスジキンカメムシの木」と頭に刷り込まれていた。
 ところが少し前、たまたま通りがかってなにげなく葉を見ると、金色に光る卵が見えた。
「カメムシだな」
 そこまでは、すぐにわかった。
 問題はその種類だ。うっかりしてヤバいカメムシに付き合うと、ロクなことはない。
 アカスジキンカメムシは何度か飼ったのだが、用意するえさが気に入らないのか、産卵にまで持ち込めたことはない。だから実際に卵を見たことはないのだが、図鑑には丸い卵が載っている。
「ということは、アカキンさんではないなあ」
 目の前にある卵は、紡錘形だ。そしてルビーのような赤い色で、透明感がある。
「ひょっとしてこれは……」
 次に思ったのは、わが家の代表的な害虫となっているホオズキカメムシだ。
 ヤツらはしつこい。しぶとい。酢と焼酎とトウガラシを混ぜたものを吹き付けるのだが、いったんは逃げだしても、すぐに戻ってくる。ほかに行き場がないのか、わが家のうらなりピーマンやナスがそれほど魅力的なのか。
 そんなこともあってわが菜園の常連であるホオズキカメムシの卵は見慣れているから、ふつうなら間違えようがない。
 そう思うのは素人だ。
 いやいや、素人だからそう思うのだろうが、目の前の卵は何に似ているかといえば、宿敵・ホオズキカメムシの卵にそっくりなのだ。
 
 写真を撮って、じっくり見直す。
 やっぱり、似ている。かといって、自信をもって、「ホオズキカメムシの卵であるぞよ」と言い切れないかなしい現実がある。
 
 ホオズキカメムシはピーマンやナス、トマト、食用ホオズキにくっつき群がり、これでもかと汁を吸いつくす。それを何年もくり返されたので、食用ホオズキはとうとう栽培をあきらめた。
 だから十分すぎるほどのなじみ客なのだが、コブシの木で見たことはない。
 その卵は、コブシの葉にきれいに並んでいた。
 ――害虫のホオズキカメムシかもしれないのに、持っていくか?
 自問したが、迷うだけだ。
 となると次には、「ここでホオズキカメムシの卵がひとかたまり増えたからといって、どうってことないさ」というおおらかな考えになり、四十数個の卵つきの葉を取った。
 
 家に帰ってよく見ると、卵の中に赤い点がふたつあった。
 つぶらな瞳。
 と言いたくなるような、どことなく愛らしい目玉でぼくを見る。
 ホオズキカメムシの卵でそう感じたことはない。やはり、別種なのか……。
 
 その答えは翌日、早々と幼虫の姿になって示された。
 小さな1枚の葉に、群れている。
 しかし、黄色いからだで半ばすきとおった感じだからか、気持ち悪いという感情はわかない。それどころか、かわいい、カッコいいと思える幼虫たちだ。
 空き家となった卵の殻も黄金色に輝き、なんだか価値あるものが入っていたような余韻が残る。
 それよりもうれしかったのは、「なんか違うよなあ」という直感が正しかったことだ。
 わが菜園の悪役として最上位にあるホオズキカメムシではなかった。それで卵の中からぼくにアイコンタクトを送り、「わたしたちはホオズキカメムシじゃないよー」とアピールしていたのかもしれない。
 となると何カメムシかとなるのだが、いつかどこかで見たような気がした。
「そうだ。キバラヘリカメムシだ!」
 これまた直感的にひらめいたのは、何度か見たことがある美しいカメムシだ。俗に、「青リンゴの香りがする」といわれる。もっともぼく自身、そう感じたことはない。
 
 
 しかしここでまた、疑問がわいた。キバラヘリカメムシの幼虫なら、あしの一部に白い部分があって、ちょっとしたアクセントになっているはずである。
 それにマユミとニシキギで見たことはあるが、コブシの木では記憶がない。
 正体不明のまま飼っていると、脱皮を繰り返して、だんだん大きくなっていく。その体にはとげが生えている。
 
 ――とげ?
 とげがあるのは、大きな特徴だ。
 そこで、とげ、カメムシ、幼虫といったキーワードを打ち込むと、わが家のパソコンは、それっぽいミナミトゲヘリカメムシを紹介してくれた。
 
 キバラヘリカメムシの幼虫に似ている。でも、あしは全体に黒い。コブシの実に寄り集まる写真もあった。ヘリカメムシの一種だから、おなじみのキバラヘリカメムシに似ていてもおかしくない。
 ご近所では初めて見たが、本来は南方系のカメムシなのだとか。それが温暖化により北上しているという。
 農業関係者はかんきつ類やスモモ、柿などの害虫と認識している。沖縄ではシークワーサーの主要害虫になっているとも聞く。
 幼虫の触角は長くて背中は黄色いからかわいく見えるが、おとなになるとガラッと変わる。キバラヘリカメムシは成虫になっても美しいが、ミナミトゲヘリカメムシは地味な色合いになるようだ。
 幼虫はだんだん大きくなっていく。見つけた木に戻そうとして公園に行くと、うまい具合に成虫がいた。
 蚊の猛攻撃を受けながらも数匹見つけ、なんとか写真におさめた。
 
 たいした特徴のないつまらないヤツだと思っていたのだが、意外にも渋いデザインだ。肩のとげが立派で、横から見た感じはなかなか精悍である。
 イケメンは成長してもカッコいい。これで果樹を害することがなければ、ファンも増えそうなのになあ。
 木を枯らすことはなさそうだから、公園のコブシの実でガマンしてもらうのがいいね。
 
写真 上から順番に
・左:アカメガシワの雌花。柱頭の先が3方に分かれていて、ヒトデのようにも見える。それにしても斬新なデザインだ
・右:コブシの実。名前の由来には諸説あるが、この実を拳に見立てたとするのが素直だと思う
・左:アカスジキンカメムシの成虫。一般的なカメムシのイメージとはちょっとちがって、美しい
・右:アカスジキンカメムシの幼虫の背中の模様はユニークだ。ピエロの顔に見えてしかたがない
・ホオズキカメムシの卵。ふ化したあとは幼虫も成虫も害虫と化すが、卵のうちは宝石みたいに輝いている
・臭いうえに暴飲暴食のホオズキカメムシたち。野菜を栽培していて歓迎する人はいるのかなあ
・ミナミトゲヘリカメムシの卵を拡大してみると、赤い点がふたつ。ふ化する前の幼虫の目玉だ
・左:キバラヘリカメムシの成虫。あしのホワイトが品の良いアクセントになっている
・右:キバラヘリカメムシの幼虫。あしの一部が白くなっているが、全体の雰囲気はミナミトゲヘリカメムシの幼虫に似ている
・ミナミトゲヘリカメムシの幼虫たち。この黄色くて透明感のある体色には心ひかれる
・ミナミトゲヘリカメムシの成虫。肩のとげが特徴で、触角にも黄色い塗り分け部分がある。害虫ながら、渋い魅力のある昆虫だ

 
 
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