正の北極振動で北極にオゾンホール発生(あぜみち気象散歩79) | 2020-04-23 |
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●気候問題研究所 副所長 清水輝和子 |
記録的暖冬と3月の記録的高温 | 今冬は全国的に気温が高く、日本の冬平均気温偏差は+1.66℃と統計開始(1897年12月~1898年2月)以降では最も高い記録を更新した。東・西日本では、12月~2月の冬期間と1月の月平均気温が共に、統計開始以降(1946年12月~1947年2月)で第1位の高温となった(図1)。  
記録的暖冬・暖春 図1 地域平均気温平年偏差5日移動平均時系列(2019年12月~2020年3月)(気象庁) ・左側の数値は、各地域における2020年冬(2019年12月~2020年2月)の平均気温平年差。 ・括弧内は1947年冬(1946年12月~1947年2月)以降の高い方からの順位。 ・グラフ内の丸数字は各月における1946年以降の高い方からの順位(上位3位までを記述)。   3月も引き続き全国的に気温が高く、日本の月平均気温は1898年の統計開始以来最も高くなった。また、北日本の気温も1946年の統計開始以降で最高を記録した。 暖冬と暖春でサクラの開花が早まり、東京では観測史上最速の3月14日に開花が発表された。東京の満開は22日で観測史上2番目に早かった。  
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正の北極振動続く | 前回のあぜみち気象散歩78で解説したように、今冬は北極寒気の蓄積型が続き、大暖冬の主な原因となった。とくに1月以降は「極ウズ」と呼ばれる北極の低気圧が強まり、北半球の中緯度は極ウズを取り囲むように暖かな空気に覆われた(図2)。  
正の北極振動続く:北極寒気は蓄積型、中緯度に暖気 図2 500hPa北半球平均天気図 高度と平年偏差(上空約5000m付近) 2020年1~3月(平年値は1981年~2010年の平均値)(気象庁の図を基に作成) 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い   このような蓄積型は「正の北極振動」と呼ばれ、3月も強い状態が続いたので、全国的に暖春となった。 報道などメディアではあまり話題に上らなかったが、1月から3月にかけて続いた「正の北極振動」によって、北極上空では異変がおきていた。この春、北極では珍しいオゾンホールが発生したのだ。2011年以来9年ぶりの発生だった(図3)。  
今春、北極上空に過去最大規模のオゾンホール発生 図3 北半球のオゾン全量 2020年3月27日 NASA 青~紫:オゾン量が少ない 黄から赤:オゾン量が多い  
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北極上空にオゾンホール発生 | オゾンホールは成層圏のオゾンがフロンガスなどによって破壊されて発生し、有害紫外線が地上に届き生物に影響を与えることはよく知られている。 大気中のオゾンは上空約10~50kmの成層圏のなかでも下部の高度約10~25kmのオゾン層に多く存在する。極地方の成層圏には「極成層圏雲」という特殊な雲が発生し、この雲の上でオゾンの破壊がおこる。極成層圏雲は硫酸塩や硝酸塩が含まれる氷の粒によってできている。-78℃以下になると発生し、太陽の光をうけると虹色に美しく光るので「真珠母雲」とも呼ばれる。春になり極地方に太陽の光が届くようになると、紫外線のエネルギーをうけて雲の表面で化学反応が起こり、オゾンを破壊する成分が発生する。下部成層圏でオゾンが破壊されオゾンの量が極端に少なくなると、オゾン層に穴が開いたような状態になる。この現象をオゾンホールと呼んでいる(図3)。 成層圏のオゾンは有害紫外線を吸収してくれるので、オゾンが減少すると地上に降り注ぐUV-Bなどの有害な紫外線量が多くなり、人体や環境に大きな影響を与える。冷蔵庫やクーラ―の冷媒など人工的に生成されたフロン類が成層圏オゾンを破壊することは1986年に発見され、南極昭和基地での成層圏観測が南極上空のオゾンホールの発見に繋がった。   南極のオゾンホールは毎年発生している。南極大陸は標高も高く周りは海に囲まれているため極ウズが強まり低温になるので、極成層圏雲が発生しやすい。一方、北極は陸地や島に囲まれた海で、大陸にはヒマラヤやアルプス、ロッキー山脈など標高の高い山が連なり、地形の影響で偏西風が蛇行しやすい。蛇行すると北極に暖気が入るので極ウズは発達しにくいうえ、中緯度のオゾンも運ばれる。このため、オゾンホールは北極より南極上空で発生しやすい。ところが、今冬は極ウズの発達と持続によってジェット気流が強まり偏西風はほとんど蛇行せず、北極上空でオゾンホール発生の条件がそろった。 今冬の北半球は「正の北極振動」により、北極付近は成層圏の高さまで低気圧となって、極ウズが強まった(図2、4)。昨冬は今年とは反対に「負の北極振動」だったので北極上空は高気圧になり、極ウズは発達しなかった(図5)。春のオゾン層も破壊されず、オゾンホールは現れなかった(図6)。  
正の北極振動で、成層圏の極ウズ発達 図4 30hPa北半球平均天気図 高度と平年偏差(上空約23km付近) 2020年1~3月(平年値は1981年~2010年の平均値)(気象庁の図を基に作成) 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い  
昨冬は負の北極振動 図5 30hPa北半球平均天気図 高度と平年偏差(上空約23km付近) 2018年12~2019年2月(平年値は1981年~2010年の平均値)(気象庁の図を基に作成) 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い  
昨春は、オゾンホールは発生しなかった 図6 北半球のオゾン全量 2019年3月27日 NASA 青~紫:オゾン量が少ない 黄から赤:オゾン量が多い   今冬の北極上空の寒気は1979年以来で最強といわれ、-78℃以下の低温となり極成層圏雲が発生したようだ。極成層圏雲はオゾンホールの発生を予告するかのように、冬の始まりに増えることが知られている。今冬は11月末頃からスウェーデンの上空に現れていたという。図7では、12月初めには北欧上空にオゾン量の少ない青色の濃い部分が現れている。同時期の成層圏の天気図では、北欧の上空で極ウズが強まり始めていた(図8)。  
初冬の北欧でオゾン量減少 図7 北半球オゾン全量 2019年12月4日 NASA 青~紫:オゾン量が少ない 黄から赤:オゾン量が多い  
12月初めから成層圏で極ウズ強まる 図8 30hPa北半球平均天気図 高度と平年偏差 2019年12月2~6日(平年値は1981年~2010年の平均値)(気象庁の図を基に作成) 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い   北極上空の大きなオゾンホールは、ここ8年間は発生していなかった。前回発生した2011年の2~4月は「正の北極振動」だった。今年1月以降の北極振動指数は2011年より高指数になり「正の北極振動」が強まった。北極振動は約10年規模で変動することが知られているので、今年は変動期に入ったのかもしれない。  
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南極のオゾンホールは最小 | 南半球の春にあたる昨年9月の南極上空では、オゾンホールは小さかった。大規模なオゾンホールが継続して発生するようになった1990年以降では最大面積が最も小さくなり、消滅も早かった。気象庁は、8月末から南極上空約20km付近の気温が高くなり、高い状態が続いたため極成層圏雲が例年より発達しにくかった、と分析している。図9のように南極上空は高気圧になり極ウズが弱まった。ジェット気流が弱いので低緯度で生成されるオゾンが南極上空に流入し、オゾンホールの消滅も早まった。  
南極上空では昨春極ウズ弱まる 図9 30hPa南半球平均天気図 高度と平年偏差 2019年9~11月(平年値は1981年~2010年の平均値)(気象庁の図を基に作成) 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い   気象庁によると、大気中のオゾン層破壊物質の濃度は、現在は国際的な生産や消費の規制によって緩やかに減少している。報道などでは、昨年の南極オゾンホールの縮小は、フロンなどの有害物質の排出を削減する世界的な取り組みが功を奏しているとの見方がされたが、弱かった南極の極ウズと北極のオゾンホール発生の状況をみると、まだ安心してはいられないようだ。  
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紫外線に注意 | 北極上空は春になれば気温が上昇し、オゾンホールも消滅する。今年4月は上空5000m付近の寒気は放出型になり、日本にも寒気が南下して全国的に寒春に変わった。ところが、成層圏下部では極ウズは次第に弱まっているもののまだ根強く残っている。オゾンホールが日本へ直接南下することはないが、2011年には4月末から5月にオゾンホールの断片が通過し、茨城県つくばなどで通常より強い紫外線量が観測されたという報告がある。5月は例年でも紫外線が強くなる時期なので、今年は皮膚や目を守る紫外線対策が、例年以上に必要かもしれない。
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