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ルリタテハ――紺碧の海への招待状(むしたちの日曜日84)  2020-07-20

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 農業は草との戦いである。
 そんなふうにずっと、聞かされてきた。
 気まぐれ・ズボラ菜園家のぼくだが、それでも日ごろから、まさにその通りだと思い知らされている。
 雨が降ったあとなら、草が抜きやすい。そう思って雨上がりの翌日などに草とりをする。ところがどうにかきれいになっても、しばらくするとまた生えているのだ。まさに根の力、根性のなせる技である。仕方がないので、数日後にまた草を抜く。
 そうやって何度か繰り返すと、さすがにいくらかはきれいな畑に見えてくる。
 「ふふん。どんなもんじゃい!」
 最近はやりのドヤ顔で、ほくそ笑む。
 せっかくだからと、芽生えの図鑑を取り出して、草の名前を覚えようと試みたこともある。それにしてもよくまあ、芽生えだけをこんなにも集めたものだ。
 ハンドブックを片手に、感心しながら、ふんふん、なるほどとうなずき、そのついでに引っこ抜く。まさに、一石二鳥である。
 しかしそれだって、長続きすることはない。すぐに飽きて、気がつけばまったく違うことに時間を費やしている。これでは草を抜くことも草の名を覚えることもできやしない。二兎を追うもの一兎をも得ず、となる始末だ。
 そんなささやかな体験からでも、草がいかにしぶとく、戦い甲斐のある相手かということがわかる。
 相手にとって不足はない!
 ――なんて根性のカケラでもあれば別だが、残念ながらそういったものは持ち合わせていない。
 いっそのこと、開き直る? それにも幾ばくかの決意が要る。
 草をほったらかしにしておくとヤブ蚊が増えて、草とりを怠けるぼくを攻撃するのだ。それでしかたなく草むしりとなるのだが、全うできないことはすでに記した通りである。だから軟弱者であることを認めるしかないのである。
 
 
 
 地面から生えてきて、その場で葉を広げる草はまだいい。厄介なのはつる性の植物だ。ちょっと目を離すと、天に届かんばかりに伸びて、空をも覆いつくす勢いをみせる。
 そうやってカラスウリが生えてきた。アケビもフェンスに絡みついた。そしてことしはサルトリイバラまで姿を見せ、ついには花を咲かせようとしているではないか。
 サルトリイバラは、クリスマス用のリース材料として知られる赤い実をつける植物だ。東京都三宅村(三宅島)は、その栽培産地として名を成した。
 あるいは、端午の節句に食べるかしわ餅でも知られる。あの餅を包むのに、サルトリイバラの葉も使われている。もっともそれはおもに西日本の習慣であり、全国的には「かしわ餅」の名の通り、カシワの葉を使うものだと、ずっと信じてきた。
 「かしわ餅」にサルトリイバラの葉を使う習慣を持たないぼくは、西日本出身の何人かの友人に尋ねた。すると彼らもそのように独自の地域文化だと認識していたのだが、最近知ったところによると、事実はどうもそうではないようだ。
 サルトリイバラの葉で包むのが、もともとのかしわ餅だったらしい。ところが江戸時代のこと、大都市の江戸周辺で大量に手に入れるのが困難だったため、しかたなく、カシワの葉を使った。それがいつのまにか主流だったかのように記録され、ついには現代にまで伝わったそうなのだ。
 本当のところどうなのかは、知らない。だが、印刷したフィルムに包んだものまで出回るご時世だ。この先どうなるのか、興味深いところではある。
 サルトリイバラつながりでついでにいえば、沖縄県の久米島紬で染料のひとつにする「グール」がある。それは、サルトリイバラによく似た変種のオキナワサルトリイバラだそうだ。土の中にある根茎を掘り出して利用する。
 
 そんな話題性たっぷりのサルトリイバラが、わが家で育てるインゲンのつるに覆いかぶさるようにして領地を広げている。
 株の出どころはどうも、隣の庭との境である。そうなるとどちらの家にも所有権がありそうだが、空間の利用を許しているのはわが家の庭の方だ。そう思うと親しみもわき、情も移ろうというものである。
 記念に撮影しようと、カメラを持ち出した。と、その時ふと、とげとげしいものの気配を感じた。イバラというくらいだから、サルトリイバラにはとげがある。不用意に手を出そうものなら、痛い目にあう。
 だが、ぼくの感じた気配はそれとは違った。とげのようなのに、よく見るとげではない。なんじゃらほい、の〝とげもどき〟である。
 「ナンナノダ、コレハ?」
 目を近づけてみるとそこには、ゴジラの背中を思わせる芋虫がいた。
 芋虫、毛虫と言うくらいだから、体に毛が生えているかどうかは幼虫を識別するときの大きな基準になる。ところが目の前にいるのは、とげが生えているけれど毛虫と呼ぶのをはばかる、かといって芋虫と言っていいのか迷うような虫だった。
 「そういえばこの前、ルリタテハが飛んでいたなあ」
 その名の通り、美しい瑠璃(るり)色のはねを持つチョウだ。その時にはまだサルトリイバラが生えているとは知らなかったから、ルリタテハが卵を産むなんて思ってもみない。
 だが、彼女はひっそりと、産んでいたのだ。そしてその卵からかえった幼虫がいま、目の前にいて葉を食べ、ふんを出している。
 その体は黄色をベースにしながら、恐ろしく鋭いとげを思わせる飾りを身にまとっている。いまはまだ黄色いゴジラのような体だが、しばらくすれば見事な変身を遂げ、人もうらやむ瑠璃色のチョウに変身するのだ。
 瑠璃色――。
 ああ、なんという心地よい響きだろう。青色は人の心を奪う。どこかひかれる色合いだ。
 春にはルリハコベ。犬のタマタマを名に持つことでなにかと話題になるオオイヌノフグリの別名は、瑠璃唐草だ。オオルリ、ルリビタキ、ルリカケスという美しい鳥もいる。
 ルリボシカミキリ、ルリクチブトカメムシ、ルリゴキブリなんていう虫もいるし、ルリガイだってある。ムラサキツユクサ、アジサイだって、瑠璃色と呼んでいい色を備えている。そうやって魅惑的な色を前面に打ち出して人の心を奪うのが、瑠璃色の魔力なのである。
 
 
 ゴジラのようなルリタテハの幼虫は体を丸め、警戒するような態勢をとっている。庭にはウマノスズクサの葉を食べるジャコウアゲハもいるが、ルリタテハに比べると見かけ倒しの安全な幼虫だ。
 ルリタテハの幼虫は、見た目にはすごい。だが、鋭く尖ったとげなのに、毒を持たず、基本的に刺すこともない。警戒させることで、「オレハ、トテモ、コワイノダゾ!」とアピールしているにすぎないのだ。それなのにゴジラみたいに見せて、なんとかして身を守ろうとするところがいじらしい。
 
 庭でこれまで見てきたルリタテハは、ホトトギスの葉の上にいた。サルトリイバラと同じように、彼らの食草になるからだ。そのためぼくは庭のあちこちにホトトギスを植え、少しずつふやしてきた。
 ところがそうやってふやそうとすればするほど天気に邪魔をされ、なかなかふえない。ことしもそうだ。ひょろひょろっとした株がいくつかあったので、それを元手に挿し芽をしてふやそうとしたのだが、うまくいかない。気がつくといつの間にか、枯れている。
 その原因は、雨不足にあると思っている。自分の水やり怠慢を持ち出さないところが、ズルいのだが……。
 ともあれ、増殖計画とん挫のところに現れたのがサルトリイバラだった。しかもそこに、ルリタテハがすみついている。なんという僥倖か。
 ほかにもいないかと探してみたら、その株にはまだ2匹もいた。
 油断していると、鳥に食べられてしまう。それを防ぐために、保護用の網も用意した。
 ジャコウアゲハの幼虫もそうやって守った。ぼくの好きな俗称「お菊虫」である。網を掛けてやれば、ルリタテハも鳥の犠牲にならずに済むだろう。念のため、1匹だけ別にして飼うことにした。
 はねを閉じたルリタテハは、樹皮そっくりで目立たない。それなのにひとたびはねを開くと、青い海が現れる。いかにも南方系のチョウらしい美しさで、沖縄でよく見るアオタテハモドキと並んで大好きだ。ことしのように遠出しにくい環境で沖縄の海を見るのは難しいが、忘れかけていた青空を切り取ったようなはねを持つチョウがいれば、居ながらにして紺碧の海が見られるではないか。
 
 
 
 わが家でなじみのチョウといえばアゲハチョウであり、モンシロチョウだ。このふたつは葉や枝、壁などにぴったりと張り付くようにしてさなぎになる。ところがルリタテハは垂蛹(すいよう)といって、ぶら下がる方式だ。
 その点では、すっかり常連となったパンジーのツマグロヒョウモンのさなぎも同じだ。さなぎに、メッキみたいな突起があるところも似ている。
 それが自分の身を守るのにどれだけ役立つのか知らないが、人間の目から見ると、視覚的にはそれなりの効果が期待できそうだ。
 しかし、自然はそう甘くない。そんなとげをものともせず、さなぎに襲いかかる寄生バエ、寄生バチがいる。
 実際にその被害に遭ったさなぎも、いくつも見てきた。とげの大きさからするとずっと小さな寄生昆虫なので、とげがとげの役目を果たしていないのか。
 それらも含めて、わが家にやってきてくれたことが何よりもうれしい。もはや、感謝しかない。
 ルリタテハがいつの時代からいるのか知らないが、イメージ的には万葉人が好みそうな色合いであり、意匠である。だからホトトギス、サルトリイバラといった万葉植物に依存するのではないか。
 「二つ折りの恋文が、花の番地を捜している。」
 なーんてニクいことを書いたのは『博物誌』のジュール・ルナールだが、ルリタテハのはねの色はそんなものまで思い出させる。
 ぼくにとってルリタテハは、青い海に誘う招待状だ。まずは無事に羽化させ、扉が開くのを待つとしよう。
写真 上から順番に
・左:このキカラスウリは種をまいて育てたが、赤い実のなるカラスウリは基本的に、庭の邪魔者でしかない
・右:フェンスにからみつくアケビ 。花は咲けども実はつけず、という年がほとんどだ
・赤い実をつけたサルトリイバラ。以前はよく、リースに用いた
・「あっ、サルトリイバラ だ!」。そう思ったのが、ことしのルリタテハとの出会いの始まりだった
・ルリタテハの幼虫。どうしてもゴジラを連想するのだけれど、どうだろう?
・瑠璃色を見せびらかすルリタテハ。耳をすませば、波の音まで聞こえるようだ
・左:残念ながら死んでしまったルリボシカミキリ。昆虫ファンを魅了してやまない甲虫のひとつだ
・右:ルリガイの名前の由来はもちろん、瑠璃色の殻の色からだろう
・サルトリイバラがなかったことから、ルリタテハの幼虫はこれまで、庭のホトトギスを食べていた
・左:はねを閉じたルリタテハ。地味なチョウへの化けっぷりには驚かされる
・右:沖縄に行くたびに一度は目にするアオタテハモドキ。実に美しい
・ホトトギスの茎にぶら下がるルリタテハのさなぎ。銀メッキのような突起がある

 

 
 
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