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コガネグモ――憧憬の黄金ストライプ(むしたちの日曜日85)  2020-09-16

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 ちょっとした気まぐれから、いつもは行かない田んぼをのぞいた。
 ご近所といっていい場所だが、たいていはその直前で帰ってしまうため、ゆっくり観察することはない。
 なんてことのない田んぼだ。周囲には雑木が生いしげり、さまざまな下草に覆われている。
 よく目につくのはヤマグワだ。蚕の原種とされるクワコでもいないかと探してみるが、見つからない。
 エノキの幼木も多い。最近は外来種のアカボシゴマダラが増えている。エノキの葉が、そのえさになる。
 そう思って探すが、幼虫は一匹もいない。
 
 「せっかく来たのに、つまんないなあ」
 心のうちでぶつくさ言いながら、ぶらぶらと歩く。
 そのとき、キタテハが舞い降りてきた。おしりを曲げている。産卵だ!
 わが家では同じタテハチョウ科のルリタテハが羽化したばかり。カナムグラを食草にするキタテハは、わが家の近くでは見かけなくなったその草があるこの地で、命脈を保っているようだ。
 「せっかくの機会だから、ちょっと飼ってみるかな」
 こういうことでもないと、プチ生物研究家には飼育のチャンスがない。いまは産卵の真っ最中。おしりを曲げた先に、卵があるはずだ。
 とりあえずは写真を撮り、そのあとで卵をいくつか採集した。茎に細かなとげのあるカナムグラの葉も、つるごと摘み取った。
 
 この田んぼの一部は休耕田で、その隅に茶色いフランクフルトソーセージのようなものがつっ立っている。
 ガマの穂だ。ぼくはあの形が大好きだ。若いうちに刈りとって保存したものは、ちょっとしたインテリアになる。
 ガマといえば『古事記』の因幡の白兎の話が有名だが、あの穂がほうけたあとは、火をつける時の火口(ほくち)になる。いつかそんな使い方もしてみたいと思い、部屋のどこかにしまってある。
 いや、そのはずであると言い直すべきか。
 何かの目的があって拾ったはずの自然物が、拾い主の知らないうちによく脱走している。運が悪いと虫がわき、なんだかわからない小さなものが目の前を飛び交ったりする。
 それでもまた目にすると持ち帰りたいという衝動にかられるのだから、困ったものである。今回は手をつけず、そのままにしておいた。
 
 その穂の近くにも、エノキとヤマグワが生えていた。クモが網を張っている。
 大きなクモだ。黄色と黒のだんだら模様で、丸っこい形。久しぶりで目にするコガネグモだった。
 現在は合併して鹿児島県姶良市になった加治木町には、コガネグモを戦わせる伝統文化がある。 俗にいう「クモ合戦」だ。 いつかは自分でも戦わせてみたいと願っていた。
 ぼくが住む千葉県内の数カ所で、コガネグモを見たことはある。だが、たいていは1匹か2匹でしかない。それでもありがたく写真を撮り、たまにながめてはにんまりしていた。
 この田んぼのコガネグモはきっと、風来坊のようにどこかからやってきて、運良く生き延びたのだろう。子グモたちはおしりから出す糸で風に乗り、まさに風まかせで新天地を目指す習性が知られている。
 わが慣例に従い、写真をパチリ。ほかにいるとは思えないが、とりあえず、探してみよう。そう思って、その網の近くをすこし歩くことにした。
 すると、なんてこった。いるではないか! ほんの数メートル歩いただけで、別のコガネグモが網を張っていた。
 しかも、そこからさらに数メートル行くと、また別のコガネグモ。さらに歩くと、またまた別のコガネグモが網を張っていた。コガネグモの楽園と呼びたくなるくらい、コガネグモが何匹も見つかった。
 九州や四国の子どもたちはこのコガネグモを使って、クモ合戦をさせた。もはや60代以上の人でないとその体験を持たないようだが、実際にクモを戦わせて遊んだジイさまたちに水を向けると、その時の思い出を興奮ぎみに語ってくれる。
 
 クモの戦いでは、ネコハエトリというハエトリグモの一種を使う横浜市の「ホンチ」や千葉県富津市の「フンチ」遊びも有名だ。昭和の時代には、子どもばかりか大人までも熱中した。現在は保存会がその伝承に力を傾けている。
 戦うハエトリグモはオス同士。2匹をけしかけると、第一脚を剣のように振り上げ、目の前の敵と戦う。自分の剣はこんなに立派なのだということを見せびらかすかのようだ。
 だが、その遊びを実際に、子ども時代にしたという体験はない。ぼくが生まれ育った名古屋市にもまだ自然が残っていた時代だが、そういう虫遊びの文化は存在しなかった。ひもに結んだギンヤンマの釣りぐらいしか、記憶にない。成人してから知った虫遊びの実体験が、あれもないこれもないというのが実に情けない。
 そんなところに突然のように現れたのが、この田んぼのコガネグモだ。しかも、久しぶりに見るからか、なんとも堂々としている。1、2匹しかいないと手を出すのは気が引けるが、これだけいればちょっとぐらい遊んでもらってもバチは当たらないだろう。
 
 近くにあった小枝を拾い、網の中心にいるコガネグモを取り込んだ。
 そして、そのすぐ近くにいた体格の同じくらいのコガネグモをもう一匹。
 これで戦士がそろった。
 といってもこれはメスだから、メス同士の戦い、アマゾネスの対戦となる。
 加治木町のクモ合戦では、1本の棒の両端につけたコガネグモを戦わせるらしい。それにならい、2匹のコガネグモを同じ1本の木の枝に移した。
 1匹がささっと、もう1匹に近づく。
 さあいよいよ、これからが戦いだ。
 と思った瞬間、1匹はおしりから糸を出して、慌てたように下降した。
 きちんとしたルールは知らないが、戦線離脱をしたのだから、落ちた方が負けだろう。
 それにしても、勝負というにはあまりにもあっけないではないか。
 
 
 
 もう一度木の枝に拾い上げ、二匹を対峙させる。
 ――それいけ!
 心の中でけしかけた。
 しかし、戦いはまたしても、あっけなく終わった。
 逃げ出したのは、先ほどと同じクモである。
 こんなに簡単に勝負がついては、面白くない。
 ぼくはしつこくそのクモを拾い上げ、また木の枝に乗せた。
 両者がにらみ合う。
 と言っていいのかわからないが、とりあえず2匹が近づいた。
 ――よーし、こんどこそ!
 願いむなしく、もはや戦いにならない。
 
 いつかの秋にはミツカドコオロギを戦わせたことがある。だが、いったん負けると、負けぐせがつくかのように、そのコオロギは戦意を失って、闘う意志を感じさせない。虫の世界には、こいつにはかなわんと思わせる何かがきっと、あるのだろう。
 そういえば、何かの本に書いてあった。わざと弱いコガネグモの相手をさせて、自分は強いと思わせる。そんな訓練をしたあとで、正式な戦いの場に持ち込む飼い主もいるそうだ。
 ヒトにも似たようなところがある。思い込みは、時には勝負強さをもたらすようである。
 ともあれ、あこがれのコガネグモの合戦はこうして、何回かの取り組みで終わってしまった。
 それでもぼくは、満足だった。こんなにたくさんのコガネグモがいる楽園が見つかり、念願の戦いをさせることも実現したからだ。
 コガネグモは南方系の種だから、もしかして温暖化の影響もあるかもしれない。生息地にふさわしくないからといったんは捨てた場所が、暖かくなっていくらかすみやすくなってきた、だから目につくようになったという考え方も成り立つかもしれない。
 
 いつもながら明快な答えが出せないぼくの心の反映なのか、空はどんよりと曇り、空気がねっとりとして重たい。
 雨粒が、天空の破れから漏れてきた。
 夢中になっていて気づかなかったが、腕のあちこちに赤い斑点がある。やぶ蚊の仕業だ。早々に退散した方が良さそうである。
 天の底のほころびが大きくなった。
写真 上から順番に
・なんということもない田んぼのある風景。コガネグモは何を基準に、すみかを選ぶのだろう
・コガネグモがいる場所には、キタテハも多い。幸いにも、その網にかかったものはいなかった
・野外で見つかるフランクフルトソーセージの正体はガマの穂だ
・背中側から見たコガネグモ。いつ見ても堂々としている
・コガネグモの卵のうと、そこからはい出したクモの子
・ハエトリグモも戦い方は心得ている。おもに春がその時だ
・まずは別々の木の枝につかまるファイター。どちらもメスだ
・左:体格的にはほぼ互角。最初はどちらも譲らない
・右;「落ちたら負けよ」「わ、わかってるわ」。あっという間に、勝負はついた
・〝牙〟をむいて戦うミツカドコオロギ。こちらもなかなかの迫力だ
・勝った方のクモ。2度目もやはり、勝者となった


 
 
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