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アメフラシ―あやしげな海のウサギ (むしたちの日曜日32)  2012-07-06

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 地球の大部分は海が占めるが、週末に出かける場所は圧倒的に野山が多い。移動の途中で海を見ることはあっても、実際に歩くのは、やはり雑木林や草むらである。
 とはいえ、海にも魅力的な生きものはたくさんいる。温暖化のせいか、北上する魚が増える一方で、それまで大量に捕獲できた魚種が急激に減ってきたというような話もよく聞く。藪の中にある真相は藪を刈り払えば見えてくるかもしれないが、海の水を全部干すわけにはいくまい。温暖化が原因であると証明するのは、陸地以上に大変だと思えてくる。
 
アメフラシ。間近で見ても、やっぱりつかみどころがない生きものだ
 ぼくにとって島根県北部に浮かぶ隠岐の島は長いこと、あこがれの場所だった。もう20年以上も前、旅雑誌の特集記事を読んで知った興味深い食べ物があるからだ。誌面にあったモノクロ写真をさらに黒くするようなあやしげな物体。その正体はアメフラシである。
 アメフラシは子どものころから好きな海の生きものだが、海水浴に出かけた先でちょいと探すくらいだから、そうそう目にすることはなかった。それでも何かの機会に出会ったときは、コレハ・ホントウニ・タベルコトガ・デキルノカと自問したものである。その一方で、雑誌で紹介されていた隠岐の島の人たちが昔から食べているようだから、きっと美味なものであろうと思い続けていた。
 
 そのチャンスが訪れた。ウミウシの仲間である念願のアメフラシ料理が食べられるぞ。うしうし、うひひひ……。
 そのヨロコビの表情は、顔からこぼれ落ちそうなところまできていたが、まわりには気どられないように慎重な日々を過ごし、そしてとうとう、その日になった。
内臓をとって冷凍保存してあったアメフラシ。これを食べる文化はいまや限られた地域にしか残らない
 そいつは採ってすぐ内蔵を抜き取り、冷凍庫に保管してあったものらしく、解凍してから調理したという。ふだん見るアメフラシとはちがい、やわらかな印鑑のように見えた。
 皿に載せて出されたのは2品。ゴボウやニンジンと一緒にしたきんぴらと、酢みそ和えだった。
 
 舌に載せる。
 ――ん?
 意に反して、これといった味も歯ごたえも感じなかった。味覚のすぐれた人が食せば、こまやかな味表現ができるやもしれぬが、わざわざまた食べたいというほどのものではなかった。だが、長いこと気にしていた食べ物にありつけたという感動は大きく、それまでにも増してアメフラシのファンになったことは言うまでもない。
 
 アメフラシは、特別珍しい生きものではないが、それを料理していまも食べている土地となると意外に少ない。隠岐の島以外では千葉県と鳥取県の一部にそういう習慣が残ることは確かめたが、日本列島を取り巻く海岸線全体からみると、驚くほど少ない。
昔の人は「海ぞうめん」と名付けたが、現代人の目にはむしろラーメンに見える。色もさまざまだ
 千葉県の館山市には、発音を同じくする沖ノ島という小島がある。といっても現在は地続きだが、そこでこの春、久しぶりに海ぞうめんを見つけた。ご存じない方に説明すると、アメフラシの卵である。
 だいだい色を基調にし、細口のチューブから押し出したような、ひも状の物体だ。これを昔の人は海のそうめんに見立てたわけだが、現代人の目にはおそらく、ゆですぎのラーメンを日に干し、それをまた水に戻したようなものに見えるのではないだろうか。
 
 あるいは、うんと細くして着色したヒキガエルの卵を連想するかもしれない。そうするとよけいにブキミな感じがして……その手のものを好む人は、ヨダレを垂らすことだろう。言っておくが、ぼくはゲテモノ食の趣味は持たない。
 簡単にいえば、けったいな代物である。「そうめん」と呼ぶくらいだからと実際に口にする人もいるそうだが、餌にした海藻によっては毒性を伴う。つまり、安全面の保証はないそうだ。臆病なぼくはそのため、いまもって見るだけにとどめている。
 
こんな姿を見たら、アメフラシの印象も大きく変わる
 厄介なのは、これまた発音が同じウミゾウメンという、食用にするウミゾウメン科の海藻が存在することだ。こうなると、どちらか一方の呼び名を改めてほしいように思うのだが、実物を見ればやっぱり、どちらも海のそうめんというのが最も適しているように思えるだけに悩みは尽きない。
 アメフラシ本体も、つかみどころのない、ケッタイな姿の持ち主である。背中のひらひらを波に揺らせて進むかと思えば、そのまんなかあたりに突然、正体不明の球体を見せつける。
 
 日本でも中国でも、頭に突き出す角みたいな部分をウサギの耳に見立てて「海兎」と表記する。英語でも「シー・ヘア」と言うから、やはり海のウサギちゃんである。
さて、この顔だ。ウサギに見えるか、牛に見えるか……
 だが、本当か? 海で見つけて、じっくり見て、「なるほどウサギであるぞ」という思いが頭をよぎることはまれだろう。あのゆったり、おっとりした動きから連想できるのはたぶん、牛である。隠岐の島でも、牛を意味する「ベコ」と呼んでいた。
 
 ああ見えても、素性をたどれば貝の仲間である。それが何より証拠には、背中の中(何やらオカシナ表現だが)には貝の殻を思わせる物質が埋まっていて、たいていは「アメフラシの貝」と言っている。
 ブランド名にもからだの中にも、隠されたものがある。どんなものも、見かけでだまされることのなきよう、お気をつけあれ。(了)
 
 
写真 上から順番に
・アメフラシ。間近で見ても、やっぱりつかみどころがない生きものだ
・内臓をとって冷凍保存してあったアメフラシ。これを食べる文化はいまや限られた地域にしか残らない
・昔の人は「海ぞうめん」と名付けたが、現代人の目にはむしろラーメンに見える。色もさまざまだ
・こんな姿を見たら、アメフラシの印象も大きく変わる
・さて、この顔だ。ウサギに見えるか、牛に見えるか……

 
 
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