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虫食う蛾――変わり者ほど尊敬される?(むしたちの日曜日101)   2023-05-18

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 しばらく耕作されていない田んぼの脇に、これまた長く放置されたままの土地がある。車置き場にしているのか、さびてボディーに穴が開いたり、窓ガラスの割れたりした車が放置されたままである。
 その横を歩いていたとき、頭上に何かの気配を感じた。見上げると、久々に登場のチョウゲンボウが電線にとまっていた。
 ハトほどの大きさで、茶色の羽が美しい。だが、見かけのやさしさとちがって、肉食性の猛きん類だ。このあたりだと、カエルかネズミでも狩るのだろう。
 その土地のすぐそばに、ウワミズザクラの木が何本か植わっている。房状の白い花を咲かせたあと、一種独特の実をつける。枝を傷つければ杏仁豆腐のような匂いがすると聞いているが、嗅覚が鈍いのか、そう感じたことはない。
 その木の写真を撮り、車置き場をふと見たときだ。ちらちら、ふわふわと舞うものの気配に気づいた。
 ――うん、なんだべさ?
 とまあ、もっともまっとうな反応をした。
 午後4時。小さなチョウのようでもあり、暗くなる前に早出をした蛾のようでもある。
 ふらふら、ふわふわ、なかなかとまらない。何かの葉や物に留まることも止まることもないから、結果的にふらふわ舞うようして飛ぶことになるのか。
 ――なんか、カッコいい!
 たいていはこの意味のない衝動的な思いから、名も知らぬ虫を追うことになる。
 
 あっちへ、ふらふら。
 こっちへ、ふわり。
 放置された車のボディーにぶつかるように近づいたり、枯れ草に一時停止したりするのだが、ピントを合わせる間もなく、すぐに飛び立つ。
 そのたびに追いかけ、じーっと待って、いい加減にどこかにちゃんととまってくれよと心のなかで懇願するのだが、彼か彼女かもわからぬその虫はぼくを無視する。
 それでも辛抱強く待つことしばし。ようやく、蛾だと確認できた。飛び方からすると蛾のはずだったのだが、自分の目で確かめないと落ち着かぬ。
 おなじみの場所なのに、これまでに見たこと、出会ったことはない。
 捕虫網で捕獲するのは簡単そうだが、その持ち合わせはないし、捕まえたくはない。
 なんとかして写真を撮ろうと20分ぐらい格闘した。その間に蛾とぼくの後ろを何人か通り過ぎたが、男性と女性とでその反応が異なるのがまた面白い。
 男性はまったく関心を示さず、女性はたいてい、「コノ男ハ、イッタイ何ヲ、シテイルノダ?」とけげんそうな表情を見せ、スキあらば声をかけて聞き出そうとする気配がありありなのだ。
 
 そういうときには、ほんの少し移動し、なんてこともない草にカメラを向け、なんでもないよとアピールする。
 それでもまだしばらくは背後に視線を感じるが、話しかけるタイミングがつかめないのだろう、あきらめて離れてくれる。
 ありがたいとことに、蛾はずっとそのエリアにいて、あっちへ行ったりこっちへ来たりを繰り返していた。スノードロップの花に立ち寄ることがあるから、断定はできないのだが、それでせっかちな食事をしているのかもしれない。
 
 シャッターだけは何度も押したが、ぼんやりした写真しか撮らせてくれない。
 それでもなんとか撮れたピンぼけの数カットを、蛾の調査に長年取り組む友人に送った。
「この蛾なんだけど、名前わかる?」
 ややあって、メールの返信がきた。
「おそらく、キシタアツバかクロキシタアツバだね。キシタなら4月、クロキシタなら5月から出てくる。今年はいつもより早いようだけどさ」
 
 その言葉を頼りに図鑑を調べ、はねの模様と色合いから、キシタアツバだろうと判断した。
 幼虫はヤブマオ類をえさにする。その草はなるほど、このあたりにもある。しかし、飛んでいた場所にはなかったようで、産卵することもできず、ふらふわしていたのかもしれない。
 初めて見た蛾だが、地域によっては絶滅が心配されているという。
 幸いにも害虫とは認識されず、春から秋にかけて2、3回発生するらしい。だったら、再会のチャンスもある。それに賭けよう。
 そうやって蛾と戯れていたころ、わが机まわりのごちゃごちゃエリアでは、予期せぬ出来事がぼっ発していた。
 発端は冬に、道端で拾ったアシナガバチの古巣だ。
 冬だからその巣に、生きたハチがいる心配はない。そのまま標本にしよう、インテリアにもなるだろうといった、いかにもズボラな考えで持ち帰った。
 ビンボーなわが家には蔵も金庫もない。その代わりにミニトマトの空きパックやビニール袋はたんとたくわえてあるから、その中に入れておくのが習慣になっている。
 そのままにしておかないのは、何度かウジムシが出てきて、えらい目に遭ったからだ。カマキリの卵から幼虫がうじゃうじゃとふ化し、部屋じゅうに散らばったこともある。
 自然界はともかく、室内では天敵の働きも望めない。ハエトリグモはよく見かけるが、そうそううまく処理してくれないだろう。
 というわけでアシナガバチの巣はビニール袋に入れ、そこらへんにポンと置いてあった。
 いや、そのはずだ。正直に言うと、拾ってきたことなど、とっくに忘れていた。
 しかもキシタアツバの撮影で疲れていて、その微妙な羽音にも気づけなかった。
 やっとこさ気づいたときには十数匹がビニール袋の中で円舞に興じていた。
 これまた、見たこともない小さな蛾だった。
 とっさに思ったのが、野外で見てきたばかりのキシタアツバだ。
 ――えええ、まさか!
 もちろん、そんなにうまくわが家で見られるわけがない。しかも、よく見れば色はちがうし、キシタアツバの半分ほどしかない。
 踊りの輪の中に、形の崩れたようなハチの巣が見えた。それでやっと、アシナガバチの巣から出た蛾だと認識できた。
 薄紫色のはねを持ち、その縁にはフリル状の細かい毛が並んでいる。
 そこそこ、かわいい。見たばかりのキシタアツバに通じる魅力を感じた。
 
 アシナガバチの巣から出てきた薄紫のちっこい蛾。
 それだけわかれば調べやすい。
 すぐに見つかった。ウスムラサキシマメイガという名前らしい。
 ――そのまんまかいな。
 と思いながら、解説を読むと、一部の地域では絶滅が心配されるとか。この点でまた、キシタアツバとつながった。
 しかしなぜ、アシナガバチの巣から現れたのか?
 そのなぞもすぐに解けた。セグロアシナガバチやキアシナガバチの幼虫やさなぎを食べるのだそうだ。
 いやいや、簡単にこう言っては申し訳ない。
 蛾なのに、しかもちっぽけな蛾なのに、肉食なのだ。「寄生蛾」という表現で紹介されることも多い。
 してみると、ぼくの知らないうちに、ぼくが置き忘れた場所で、こやつらは殺りく劇を演じていたのか。
 と一瞬思ったが、寒い冬に拾ったものだ。その時期にはウスムラサキちゃん自体がすでに、さなぎになっていたのだろう。
 もしかしたらまだハチの幼虫がいて、それを食らっていたかもしれない。だが、どちらにしても気づかずにいたのだから、もはや関係がない。
 
 肉食のチョウといえば、代表格はゴイシシジミだろう。その名前の通り、はねに碁石を並べたような紋がある。
 白と黒のすっきりしたデザインだからか、ぼくは好きだ。沖縄などにいるオオゴマダラを小型にしたようで、受け入れやすい。
 ゴイシジミが食べるのは笹や竹、ススキなどの葉につくアブラムシだから、まだおとなしい感じがする。
 
 
 
 セミの体液を吸うセミヤドリガの幼虫も肉食蛾に数えられる。しかしその幼虫のくちの構造からして、どのように体液を吸っているのかはわかっていないようだ。
 そんな奇妙なセミヤドリガなのに、成虫になるとなんてこともない地味な蛾になる。
 それにひきかえ、ウスムラサキシマメイガはなんときれいな蛾であることか。しかもアブラムシやセミのように温厚そうな虫を襲うのではなく、自然界で恐れられるアシナガバチの幼虫やさなぎを食べるのだ。そこに、ちょっとした意気や勇気を感じる。
 
  
 
 寄生性のハチなら、珍しくはない。いまでも庭に出れば、アブラバチの仲間に寄生されてハリボテみたいになったアブラムシが見つかるだろう。アブラムシもアブラバチも体長はほんの数ミリだから、かわいらしいものである。
 というか、よほどしっかり見ないと気づかない。
 ウスムラサキシマメイガも小さな蛾だが、ハチの幼虫であるイモムシを食らうと知れば……一度はそのさまを見てみたくなる。
 それもキシタアツバとまた同じで、次回に期待だ。それもそのうち忘れることが多いのだけどね。
 
写真 上から順番に
・一般的な桜のイメージとは異なるウワミズザクラ。このあと赤い実ができる
・放置された車にとまろうとするキシタアツバ。何度もチャレンジするが、うまくいかない
・ベルのようなスノードロップの花。車置き場にぽつんと生えていた
・やっとのことで名前が調べられるくらいの写真が撮れた。キシタアツバのようだ
・わが家にできたアシナガバチの巣。これに蛾が寄生したことはない
・ビニール袋の中のハチの巣で羽化したウスムラサキシマメイガ。全部で十数匹誕生した
・左:ゴイシシジミ。幼虫時代はアブラムシをえさにしている
・右:ヒグラシのからだにしがみつくように寄生するセミヤドリガの幼虫。白っぽいウジムシ体形だ
・左:ウスムラサキシマメイガ。意外に美しいと思うのだが、ハチの幼虫やさなぎをえさにするとは、なんともおっかない蛾だ
・右:すでに寄生されたアブラムシの近くを通るアブラバチ。「なんだ、先客ありか……」というぼやき声が聞こえるようだ

 
 
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