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冷害より水害(あぜみち気象散歩98)  2023-06-29

●気候問題研究所 所長 清水輝和子  

 
エルニーニョ現象春に発生
 6月9日、気象庁はエルニーニョ現象が発生しているとみられると発表した。太平洋赤道付近の東部から中部の海面水温は上昇中で、今後秋にかけてエルニーニョ現象が続くと予想している(図1、2)
 
 

上の図は、エルニーニョ監視海域の海面水温の基準値との差の5か月移動平均値(指数)の推移を示す。3月までの経過(観測値)を折れ線グラフで、大気海洋結合モデルによる予測結果(70%の確率で入ると予想される範囲)をボックスで示している。指数が赤/青の範囲に入っている期間がエルニーニョ/ラニーニャ現象の発生期間。基準値はその年の前年までの30年間の各月の平均値。
図1 気象庁の予測(2023年6月9日発表)
 

ペルー沖の海面水温急上昇
図2 2023年6月中旬 海面水温平年偏差 (気象庁の図をもとに作成)
 
 エルニーニョ現象が発生すると、夏は気温が低く、過去には冷夏になることがあった。気象庁の統計データによると、夏の気温は西日本で低い割合が高く、北日本と東日本は平年並か低い傾向がある(図3)。降水量は西日本の日本海側で平年より多く、日照時間は北日本の日本海側で少なく、東日本の日本海側で平年並か少ない傾向がある。
 

平均気温は西日本で低い傾向、北・東日本で平年並か低い傾向
図3 エルニーニョ現象発生時の夏(6~8月)の 平均気温(気象庁)
統計期間1948~2021年。棒グラフの数字は出現率、
地域名の赤い帯と棒グラフの太黒枠は統計的に有意な傾向を示す

 
20世紀と21世紀のエルニーニョ現象の天候
 気象庁の統計データは、1948年から2021年までのエルニーニョ現象発生時の天候なので、温暖化が顕著になっている現代の天候とは違ってきていると思われる。そこで、統計のある1949年以降でエルニーニョ現象発生時の気温を20世紀中と21世紀になってからのデータとを月別・地域別に平均してグラフにしてみたところ、思った以上に大きく変化していた(図4)
 
 

※棒グラフのない月は0℃に近い (気象庁の資料をもとに気候問題研究所で作成)
図4 エルニーニョ現象発生時の北・東・西日本の月平均気温偏差
20世紀(1951~1998年)と21世紀(2002~2019年)の比較

 
 20世紀中は12月を除き月ごとの気温は全国的に低く、とくに7月から10月の気温が低かった。21世紀になると春の気温が高くなり、北・東日本では4月は平年並程度だが、2月から5月にかけて西日本中心に冬の終わりから暖かくなっている。夏の気温も上昇しているが、北・西日本では平均値より低い傾向だ。西日本では8月から10月にかけて平年より低く、北日本では平年並の範囲だが低めの傾向だ。
 一方、東日本は7月と8月の上昇率が高く、平年並の範囲ではあるが平均値より高く、エルニーニョでも夏は暑くなっている。今から20年前の2003年は冬にエルニーニョ現象が終息したが、夏は低温と日照不足に見舞われ、農作物に大きな被害が出て冷害が発生した。その後は、冷害は発生していない。
 
 不思議に思ったのは、北日本の12月の気温だ。20世紀は平年より高かったが、21世紀になると低くなり、平均値を下回っている。エルニーニョ現象の冬は暖冬といわれているが、北日本の12月は、温暖化しているはずの21世紀に下がっている。調べてみると、12月の北半球では20世紀中は北極寒気が蓄積されていたが、21世紀に入ると放出されることが多く、北極寒気は大きく壊れる極渦の崩壊が起こりやすかった。温暖化で、北極では寒気が蓄積されにくくなっている影響があるようだ。
春は記録的高温
 この春の気温は全国的に高く、北・東日本では1946年の統計開始以降では春として第1位の高温となった(図5)。3~5月の上空の天気図(図6)では、太平洋から日本、中国にかけて中緯度高気圧が強く、暖春の主な原因となったが、図4のように、エルニーニョ現象の春は20世紀より気温が高くなっていることも影響している。また、世界全体の気温も上昇しており、5月の世界の平均気温は、1891年の統計開始以来第1位の高温となった。気温上昇をもたらしたもともとの原因には温暖化がある。
 

暖春、北・東日本は記録的高温
図5 地域平均気温平年偏差5日移動平均時系列(2023年3月~5月)(気象庁)
 

中緯度高圧帯強く、高気圧の中心は北日本の東
図6 500hPa平均天気図 高度と平年偏差(上空約5000m付近)
(2023年3~5月)(気象庁の図をもとに作成)

:平年より高度が低く、気温が低い
:平年より高度が高く、気温が高い
 
 海水温も上昇している。エルニーニョ現象が春に始まり、太平洋熱帯域の中部から東部の海面水温は急速に高くなっている。
 エルニーニョとは、東部のペール沖で海面水温が平年より高くなり、西部のフィリピン沖で低くなる現象だが、フィリピン沖の海面水温は5月には下がらず、30℃以上の真夏のような高水温になった(図7)。そこを5月20日に発生した台風2号がゆっくりと北西進したので、海水から大量の水蒸気をもらって発達し、26日には中心気圧が905hPaまで下がった(図8)
 

フィリピン沖は30℃以上の高水温
図7 2023年5月下旬 旬平均海面水温 (気象庁)
 

経路上の印:〇が09時、●が21時
図8 台風2号経路図 (気象庁)
 
 例年、台風が発達するのは海水温が温まる9月頃だが、近年は初夏から30℃を超える高水温になり、猛烈に発達することがある。
 台風2号は6月1日には970hPaになったが、大型のまま2日にかけて沖縄本島付近から西日本の南海上を通った。3日に伊豆諸島近海で温帯低気圧に変わったが、本州付近に停滞した梅雨前線に向かって台風からの非常に暖かく湿った空気が流れ込み、前線の活動が活発になった。西日本から東日本の太平洋側を中心に大雨となり、高知県、和歌山県、奈良県、三重県、愛知県、静岡県では線状降水帯が発生した。1日から3日までの合計降水量は三重県鳥羽市や東海地方で500mmを超えたほか、神奈川県の箱根町でも500mm近い雨が降った(図9)
 

図9 降水量の期間合計値分布図(2023年6月1~3日) (気象庁)
 
 この大雨により死者・行方不明者7人、住宅の全壊や床下・床上浸水などは8,045棟、愛知県の農林水産業の被害額は66億3407万円に上り、2000年以降では2009年の台風18号、2000年の東海豪雨についで3番目の被害額になったと報じられた。沖縄では、宮古島や多良間島で栽培されている葉タバコが収穫の最盛期を迎えていたが、塩害で出荷ができなくなるなど、県の調べでは農林水産業の被害額は7億1290万円に上った。
 
 6月17~21日かけては鹿児島県奄美地方で一時、線状降水帯が発生し断続的に大雨となり、土砂崩れが発生して集落の孤立状態になったところもあった。
 
冷害より水害
 20世紀のエルニーニョ現象の夏には、諫早豪雨や長崎豪雨などの名称で呼ばれた豪雨災害が発生した。20世紀のエルニーニョ発生年は、西日本では7月に降水量が多かったが、21世紀に入ると8月に降水量が多くなった。東日本では20世紀は太平洋側を中心に6~8月に多い傾向だったが、21世紀は日本海側で7月に多く、太平洋側は8月に多い傾向だ。北日本の夏の降水量は、20世紀は少ない傾向だったが、21世紀に入ると増加し、とくに7月に多くなった。
 
 気候問題研究所の朝倉前所長は、生前「温暖化が進行していくので、これからは冷害より水害」とエルニーニョ現象の発生時には予想していた。
 6月末を迎え、連日のように雷雨や大雨が各地で発生している。梅雨前線は日本海側に北上し、前線や低気圧に向かって湿った風が入り積乱雲が発達しやすくなっている。25日と26日はそれぞれ沖縄と奄美で梅雨が明け、本州の梅雨はこれから本格化する。温暖化で大気の水蒸気量が増加しているので、エルニーニョ現象の夏は今まで以上に水害に警戒が必要だ。
 
 

 
 
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