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カジカガエル――岩の上の声楽家(むしたちの日曜日60)  2016-07-19

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 日本人に生まれてよかったなあと思うのは、自然界の音を感じるときだ。風の音、水の流れ、虫の鳴き声。どれも実にすばらしいサウンドとして耳に響く。子どものころから鳴く虫が好きで、スズムシをずっと飼っているのもそのあたりに理由がある。
 
 渓流のそばにある宿に泊まると、当然のように川のせせらぎ、野鳥の声、虫の音が耳に届く。その時間がなんとも心地よく、ぜいたくだ。そうした耳の快楽のために足を運ぶこともたびたびである。
 
 夏になると、渓流が恋しい。数年前に捕まえてきたプラナリアはわが家で2年間生きて、再生能力をみるための切り刻み実験をする前に昇天した。たまにユスリカの幼虫である赤虫を与えてやるだけで空腹に耐え、命をつないでいた。しかし、夏の暑さがこたえたのか、ひもじさのゆえかわからないが、気がついたときには姿を消していた。
 
プラナリアは、いつ見てもおとぼけ顔。なんともいえない味をかもし出している
 そうなると、どうにもさびしい。プラナリアは鳴くわけでなく、笑顔をふりまくこともない。それどころか、もしかしたら、「この飼い主はいつ、おいらを刻むつもりなのか……」とおびえていたかもしれない。だとしたら心から詫びなければならないが、あのとぼけたような顔というのか愛きょうのある目ン玉を見ていると、刃物を持ち出すなんてことはとてもできない。
 
 あれからまた、何カ月も過ぎた。再訪するのにいい頃合いだ。
 久しぶりに足を運んだ場所には、少ないながら、わき水もある。ちいさな滝もある。ひんやりとした水の中に手を入れ、石ころを次々とひっくり返すと、ほどなくしてプラナリアが見つかった。ヒルと異なるのは、そのかわいらしいご面相である。しばし再会を喜び、観察用に数匹、持ち帰ることにした。
 
 
 
 と、そのときだ。
 フィーフィー、フィフィフィー……。
 高くて澄んだ音が耳に響いた。清流を住まいにするカジカガエルである。
 
 実をいうとこの日は、このカエルを見るのが一番の目的だった。プラナリアはその次。さらにその次の目標に掲げていたのがアブラギリの実か木を見つけることだった。結論からいうと、実にまったく珍しいことにすべての目標を達成し、ニンギョウトビケラの巣までゲットした。
 
 ニンギョウトビケラ自体は、特別珍しい虫ではない。だが、ちいさな石粒を集めてつくる巣は「石人形」の名で古くから知られ、山口県岩国市の錦帯橋あたりでは橋づくりの人柱となった乙女の生まれ変わりとの伝承がある。そこから派生して逆に、厄よけのお守りとして使われるようにもなった。とにかく形がユニークなので、七福神などに仕立てたものがいまなお売られている。
 

 
 それと同じものが手に入ったのだから、縁起がいいハズである。
 フィフィ、フィーーー。
 そんなことを思っている間もカジカガエルは、美声を渓流に流している。
 
 見た目は茶色の地味なカエルであり、流れの中につきだした岩の上にへばりつくようにして鳴く。それはなわばり宣言であり、雌を恋うる歌でもあると解釈されている。
 色からは想像できないが、分類上はアオガエル科に属する。これまた、ぼくがこよなく愛するモリアオガエルやシュレーゲルアオガエルなどが所属するグループだ。それにしてもどうして、アオガエルなんだろう。
 
 
 たしかに姿、スタイルには共通するところがある。体形というのか骨格はよく似ているし、沖縄で見られる外来種のシロアゴガエルもアオガエル科に分類されると知れば、納得するしかない。シロアゴガエルの場合には、白い上唇のよく跳ねるもの、といった意味の学名からきたものらしい。アオガエル科というのはずいぶん懐の深いグループなのだ。
 
 それはともかく、カジカガエルを目にするのも数年ぶりだ。
 漢字で「河鹿蛙」と書くことからも想像できるように、カジカガエルは日本人の心にビビビッと響く魅力的な存在だ。
 いまでこそ鹿は農業者のかたき的な動物になっているが、その鳴き声は古来、いくつもの歌にうたわれ、愛されてきた。哀調を帯びた鹿の鳴き声と結びつけたカエルの声は、デジタル音声ではなく、実際に渓流で耳にしてこそ価値があろう。
 
 それなのに、そのカエルをば、自宅に連れ帰った過去がある。文人の多くが好んだというカジカガエルを飼うための「河鹿かご」というものがあり、そんなにも素晴らしい文化がこの国にあったなら、その血の流れを汲むひとりとして、一度はまねごとでもしてみたい、と思ったのがきっかけだ。
 で、1匹の雄ガエルをわが家にお招きした。そして100円ショップで買い求めた金網製のざるをふたつつなぎ、現代風・自己流の河鹿かごをつくって、そこにお住まいいただいた。
 お気に召したのか、何回かは川で聴いたような美声を披露してくれた。うっとりして耳の奥にしまい込んだ。が、それはまさに何度かにとどまり、元気はあっても、再び鳴くことはなかった。
 
   
 
 雌が近くにいないからかなあ、けんか相手の雄が鳴かないからかなあ、といろいろ考えたが、答えは出ない。手元の資料では、むかしの人たちがどうやって鳴かせたのか、声を楽しんだのかを知ることはできなかった。じつに残念である。
 しかし、当のカエル殿は毎日のように差し上げる蛾の成虫や幼虫を召し上がってくださり、2年間をその中で過ごした。
 
 一度だけ、えさが捕まらないのを理由に、たまたまやってきたアシナガバチを飼育かごに入れたことがある。
 と、すぐさま飛びついた。
 しかしそのあと、これまたすぐにペッと吐きだし、前あしで頭をくしゃくしゃ、なでつけるようなしぐさを見せつけた。「これは失敗。マズいものを口にしてしまったぞい。ペッペ!」と言いたいのだろうと、大家であるぼくは思ったものである。
 
 そんな過去があってのいま。目の前でカジカガエルが何匹も「おれのなわばりに近づくんじゃねえぞ」「おーい、カノジョ、こっちへ来ないかあ」などと叫んでいる(のだと思う)。
 ――いいなあ。これはやっぱり、自然の中で聴くものだよなあ。
 ちょっとの反省と大きな感動を持って、渓流の音楽会を楽しませてもらった。
 
 カエルを代表とする両生類は環境の影響を受けやすいという。
 それはそうだろう。皮膚は薄くて、有害物質が侵入しやすい。卵やオタマジャクシの時代を過ごすためには水辺が必要だ。長じてからは、緑いっぱいの生活場所、えさが手に入る土地が要る。温暖化となれば産卵場所が干上がるおそれも十分にある。炭坑のカナリヤにたとえて、カエルが「環境のカナリヤ」と呼ばれるのもうなずける。
 
 河鹿かごには未練があるが、もう少し知識を仕込まないことにはカジカガエルに迷惑がかかる。
 さて、どうしたものか。
 そう思いながら、じっと目を閉じ、耳を澄ませた。
 
写真 上から順番に
・プラナリアは、いつ見てもおとぼけ顔。なんともいえない味をかもし出している
・左:ひっくり返した石にくっついていたプラナリア
・右:プラナリアがいる場所では、こんなカゲロウもよく見かける
・左:生きている石人形。撮影中に、ニンギョウトビケラが頭を出した
・右:カジカガエルが乗る石は、慣れれば遠くからでもよくわかる。鳴いていたら、もちろんだ
・左:カジカガエルがすむ川。休日ともなると大勢の観光客が訪れる
・右:カエルがいる場所にはヘビもいる。でもこのシマヘビもなかなかに美しい
・岩の上のカジカガエル。鼻筋が通り、目はぱっちり。いつ見てもほれぼれする
・左:100円ショップで買ったもので手づくりした河鹿かご
・右:手づくりかごの中に置いた石の上でじっとしているカジカガエル。狭いながらもわが家だと思っていてくれたのならうれしいな
・石と化したカジカガエルくん。食事のあとだからか、意外にふっくらしている

 
 
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