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アカボシゴマダラ――異土のかたゐとなるとても(むしたちの日曜日65)  2017-05-17

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 いやあ、春はやっぱり春だなあ。
 と実感するのは、あれやこれやの生き物がうごめき始めるからである。
 すっかり忘れていた、というかまだまだ先だろうと思っていたコクワガタがしばしの眠りから目覚め、「おらおら、おいら起きたでよー」と布団代わりに与えておいた腐葉土から頭を出す。
 そうかと思えば、これまたできるだけゆっくり眠ってほしいと願って家の外の物置に入れておいたカイコの卵の塊から、あのまっ白な両親から生まれたことが信じられないまっ黒な毛蚕がはい出してくる。しかも、ぞろぞろわらわらと。
 
 
 
 「お蚕さま」と虫にあるまじき最上の敬意をもって迎えられる芋虫だが、わが家の場合にはまったくの偶然から誕生したものだ。
 話せば長くなるから端折ると、たまたまもらった繭2つが偶然にもオスとメスで、羽化して交尾して卵を産んで、それらが桑の目覚めと時を同じくしてふ化したというわけである。
 だからめでたい。コクワガタの覚醒とあわせて喜ぶべきことではあるのだが、大量の芋虫さんたちを期せずして抱えることになった宿主としては、オロオロオタオタするばかりなのである。リンゴの皮や芯をあたえれば生きながらえてくれるコクワガタとちがって、お蚕さまには常に新鮮なクワの葉を運ばねばならぬ。知らないうちに近所の人が農薬をまきはしないか、地主が突然、草刈り鎌でクワの木を倒してしまわないだろうか……。
 浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ、と言ったという石川五右衛門「盗人の種」をクワの葉に置き換えても大丈夫だと証言してくれればいいのだが、そうもいかない。
 
 庭に出れば、いくつも置いた水槽の中からメダカの群れが、餌くれ、飯よこせとばかりに、口をパクパクさせてアピールする。同じように金魚たちもワシらも忘れんといてや、というように水面に寄ってくる。にぎやかなこと、この上もない。
 彼らはいずれもこの国で生まれたものたちだ。その点では共通する。先祖をたどればどこかでよその国につながるかもしれないが、とりあえずは在来種のグループに仕分けされよう。
 
 ところがわが家にはもうひとつ、春を待つ虫がいた。しかも、生まれは遠いよその国。
 そんな蝶をワシらの国で舞わせてやろうでないの、と考えた輩がひそかに持ち帰り、知らんぷりして野原に放したらしい。その結果、おそらくはたいして罪のないこの蝶は、ガイジン蝶となってしまった。
 その名をアカボシゴマダラという。
 近隣でいえば中国、韓国に分布し、都市部でもふつうに見られるという。日本では奄美大島に固有種がいるらしい。
 沖縄で見つかったという記録もあるが、その後はよくわからないということで、身近であるような、ないような、なんだか中途半端な蝶だと思っていた。
 日本で確認されたのは1995年、埼玉県だった。それから神奈川県、東京都などでも見つかり、当然のごとく、わがまち・千葉市でも見られるようになった。そしてついに、なんの因果か知らないけれど、わが家の庭のエノキに産卵し、なけなしの葉をかじりにかじって寒さに出逢い、しかたなく枯れ葉の裏にくっついて冬を越すことになった。
 
 実をいえば、庭にエノキの木があったことさえ知らずにいた。
 本当はオオムラサキやゴマダラチョウの食樹にもなるこの木が欲しい欲しいと願い、種を拾ってはばらまき、時たま、挿し木もした。しかしなかなか、定着してくれない。嘆き悲しみ、ほとんどあきらめていた。
 それなのに突如として目の前に、まったくの足元というべき庭に現れたのである。これまたオタオタ、オロロンとなって不思議はない。しかし気丈にもじっと耐え、ぐっとこらえているうちに、すっかり春になった。
 そうなると今度は無事に育ってくれよ、早く大きくなれ、アンタに罪はないのだから……と祈るような気持ちになるからおかしいものだ。
 そういえば昨年、庭で舞っているのを目撃したっけ。それでうれしいうれしいと、感激のことばを連発していたっけなあ。
 ――などと思い出すのだが、わが庭を繁殖の場所としてご利用なさる蝶といえばモンシロチョウにキアゲハ、ナミアゲハ、ジャコウアゲハ、クロアゲハ、ツマグロヒョウモンなど複数あって、蝶自体は珍しくない。
 
 
 
 とはいえ、ガイジン蝶ということでは初モノであり、心が躍る。いってみれば、舶来モノである。
 そうしたブランド的な物にはまったく興味がないのだが、しかも巷間いろいろと言われている外来種であるからあまり喜んではいけないのだが……わが家でそれが見られるとなると、単純にうれしい。
 アライグマだとちょっと困る。アメリカザリガニもウシガエルも、大量に捕獲されたら食べきれない。1匹ならいいかと問われれば、「まあ、時と場合によるでしょうな」と答えるだろう。
 でも、庭のものならとりあえずは、ぼくのものだ。所有権はたぶん、ぼくにある。
 
 
 
 オオムラサキの越冬幼虫が見たくなって、山梨県にある昆虫施設に足を運んだのは3月のおわりごろだった。しかし残念なことに見つけられず、ちょっとがっかりして帰宅した。それに代わるエノキがらみの蝶なので、まずは大切に見守ることにしようという気持ちもある。
 初めてアカボシゴマダラのさなぎをもらったのは数年前のことだ。「要る?」と尋ねられたので、タダならなんでももらってしまおうというキモチが働き、「欲しい!」と答えた。1匹というのか、さなぎは1個だけだったのだが、あまりの巨大さに圧倒されたのを覚えている。手にのせると重量を感じた。
 そのうち、はねの色が透けて見えるようになり、数日後、無事に羽化した。
「ほほう、なかなか見事な色合いではあるよな」
 素直に喜び、写真を撮るために障子にとまらせた。
 
 と、はねが伸び、ストロー状の口吻をこれ見よがしに、するすると伸ばした。
 いやいや、「きれいにぐるぐる巻けるぞ」というアピールのためなのか、とにかくしっかりと見せてくれた。
 それは1本に見えて、1本ではなかった。先だって人生初の胃カメラ検査というものを体験したが、蝶のストローもあんなホースのようになっているのかと思うとまちがいだ。2本で1本。コオロギなどの産卵管だって、2本で1本のようになっていて、その間を卵が通っていく。
 羽化直後のアカボシゴマダラが見られたことで、当たり前のことが当たり前に確かめられた。
 と思っていたら、まだ見のがしていたことがあったと最近知った。アカボシゴマダラは花のみつではなく、樹液を食す。そのためにストロー状の口吻の先っぽは、ブラシみたいになっているというのだ。知らなかったなあ。
 でもまあ、そうしたことを見たり知ったりするのがプチ生物研究家のいちばんの楽しみなのだ。
 アカボシゴマダラくん、ありがとう!
 オスかメスかも確かめず、心の中で感謝のことばを述べた。
 そのカンドーがまた味わえる。かもしれない、というのが正確なところなのだが、まずは無事な成長を祈ることにしよう。
写真 上から順番に
・左:眠っていたコクワガタも無事に出てきた。リンゴの皮とか芯しかやらないが、元気ですよ
・右:ふ化の始まったカイコ。黒い卵からはこのあと、ぞろぞろとはいだしてきた
・かわいいかわいいカイコの赤ちゃん……なんて言っていられたのは初めのうちだけ。えさの確保がタイヘンです
・名前の通り、アカボシゴマダラの後ろばねには赤い斑紋がある
・異国から来たアカボシゴマダラだが、正面から見ると……意外にめんこいので戸惑ってしまう
・左:アカボシゴマダラのさなぎ。ボリューム感たっぷりだ
・右:この春2匹目の羽化となったアカボシゴマダラ
・左:ちょっとはねが傷んだアカボシゴマダラ。野生なんだから仕方がないよね
・右:アカボシゴマダラの幼虫。みどりのナメクジみたいにも見える?
・アカボシゴマダラのさなぎ。左端に幼虫時代の記念(?)の頭部が転がっている
・アカボシゴマダラの口吻。大きな蝶だけに、そのつくりがはっきり見える

 
 
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