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酔っぱらいの日常――ショウジョウバエ(むしたちの日曜日80)  2019-11-18

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 ことしも美声を聞かせてくれたスズムシがすべて死に、なんだか急にさびしくなった。
 その代わりといってはなんだが、庭ではカネタタキがチン、チン、チンととぎれとぎれに鳴いて、いくらか心をなぐさめてくれる。その声はしずかだが、小さいながら生命力は強く、冬になってもその声を聞く。
 鳴く虫ファンのひとりとしてスズムシが鳴かないのはつまらないが、コバエから解放されたのはちょっとうれしい。きちんと布をかけたり、防止シートなるものをかぶせたりしていても、いつのまにか、どこからか侵入している小憎らしい虫である。
 そういいながらじつは、世間でいう「コバエ」がどんなものか、よく知らなかった。これまで生きてきた環境では、「コバエ」ということばを発する人間が身近にいなかったからだ。
 そのわりによく、「コバエ」という虫のことを耳にする。それを防ぐための商品もあって、けっこう売れているようである。
 
 「コバエ」ってなんだ?
 ふと、疑問が浮かんだ。「子どものハエ」ということでいけば、ハエの幼虫であるウジムシのことか?
 ウジムシはイモムシの一形態だろう。毛はとくに目立たないから、ケムシとは呼ばない。
 イモムシ・ケムシはともに嫌われ者の代表のように思われているが、ウジムシの姿かたちや動きに比べれば、はるかに納得できる生きものだ。イモムシ・ケムシのどちらにも入らないのは、あのいやらしい動き方に原因があるのではないか。性格でいえば、うじうじ・いじいじしている感じだ。
 ウジムシの名前がどこから来たものか。やはり、気になる。
 調べてみると、いにしえの時代、うじゃうじゃ、ごちゃごちゃとたくさん集まる様子を「うずすまる」と言い、その「うず」がなまって、「うじ」になったという。
 ついでにいうと、「うじゃうじゃ」は「うざうざ」が語源らしく、その「うざ」は「うずすまる」から発したことばらしい。
 それはともかく、ウジムシを「コバエ」と考えるのはどこか無理があるようにも思えた。
 となると、「小バエ」か?
 小さいハエなら、なんとなくわかる。ふつうに見るハエ自体がそんなに巨大でもないが、そうしたフツー種よりは小型のハエということだろうか。
 だがここで、またまた疑念を抱かざるを得ない。
 「小バエ」と言ったり書いたりするからには、正式な種名ではない。種名はたいてい、すべて片仮名による表記が通例となっているからだ。とすれば「小バエ」は総称ということになる。
 念のため、またちょっと調べてみた。すると予想通り、いや当然というべきかもしれないが、ショウジョウバエ、ノミバエ、チョウバエ、キノコバエがその主たるハエだった。
 
 
 
 このなかでなんとなく知っているのはショウジョウバエだ。学校の授業で、何度も出てきた。試験問題もそれだけ多かったが、最近はどうなのだろう。
 ノミバエは台所で見たことがあるかなあ、といったくらいのハエだ。ほとんど記憶にとどまらない。ちょろちょろ、うろちょろといった飛び方をする。ぼくにはそれくらいの認識しかない地味なハエである。
 チョウバエはよくわかる。
 子どものころは、風呂場の床が取り外し式の板だった。それが古くなって腐り始めると、どこからか飛んできた。タイル敷きに変わって久しいが、それでも何かの拍子に出現する。わが家で見たことはないが、よそでトイレに入ると壁にとまっていることがある。
 チョウバエの「チョウ」は、チョウや蛾のはねや体のように鱗毛に覆われていることに由来するようだが、チョウに見えたことはない。どちらかといえば蛾だ。
 それでもチョウも蛾もかつては鱗翅目であり、最近はチョウ目とひとまとめにされる。だから、チョウ目の一種といったくらいに考えればいいのだろうが、チョウ自身がそのことを知ったらどう思うのだろう。それが気がかりではある。
 
 4代表のうちの最後、キノコバエはいくらかなじみがある。その名の通り、きのこの害虫として知られるからだ。
 といっても、実物にハエの迫力はない。
 ハエは、どうしてあんなにも元気なのかと思えるくらい、バイタリティーあふれる存在だ。自在に飛びまわるだけでなく、なんでも食べて、おう盛な繁殖力をみせつける。そんなイメージからすると、キノコバエはハエから外れる。どちらかといえば蚊のようなものである。
 そういうとまた誤解されそうなので付け加えると、ユスリカに似た弱々しい蚊だ。ユスリカというのは、釣りのえさにされる「赤虫」のなれの果てである。
 どういうわけか、キノコバエは家庭内で見かけることも多いらしい。その理由として指摘されているのが、観葉植物の鉢に入る腐葉土だ。そこに隠れ住むことから、成長したあかつきには「家庭の虫」となるのである。
 わが家にも少なからず、観葉植物がある。幸い、これまでに見たことはないので、まあ無視できる。だからどうしても、「らしい」としか言いようがないのを喜ぶとしよう。
 「――してみると、やっかいなのはショウジョウバエか」
 最終的に目をつけたのは、学生時代のぼくを悩ませた「遺伝のハエ」である。
 ショウジョウの名前は、伝説の生きものである猩々に由来する。オランウータンが猩々ということになっているのは、風貌がヒトに近く、体を覆う毛の色が赤っぽいからだろう。
 ショウジョウバエの目ン玉も赤い。まさに猩々色だ。そのせいかどうか知らないが、赤い色を好み、発酵した食べ物をこよなく愛する性癖がある。
「ほほう。だから、酢に寄りつくのだな」
 とぼくは納得した。わが家の食卓にはしょうゆと酢の容器が常に置いてあるのだが、そういえばよく、酢の近くを飛んでいる。差し口から侵入し、気がつくとおぼれ死んでいることもある。
 いやいや、よく、などというと家人から文句を言われそうである。ちょっと訂正しておこう。
 
 ぼくのパソコンのすぐ横に、ビニール袋に入った食用ホオズキの実がある。ぼくはホオズキの実の形が好きであり、しかも今年は珍しく豊作だったのだ。ということでいくつか、いずれ飾りにでもしようと取り置いたものである。
 ところがある日、飛んでいたのだ。袋の中でちっぽけな赤い目の酔っぱらい虫が――。
「はてな。いつ入り込んだのだろう?」
 とまずは思い、ややしばらくして、袋の口を閉じておいてよかったなあ、と胸をなでおろした。
 ざっと30匹はいる。さなぎも見えた。ウジムシは見えないが、さなぎがあるということは、ウジムシも動きまわっていたことになる。
 場面が変われば、ウジムシも「サシ」として釣りえさになる。釣り人はわざわざお金を出して、そのウジムシを買うのだ。
 だがしかし、しょせんはウジムシである。どうにもムシが好かない。ムシズがはしる。
 そんなウジムシがパソコンのキーボードのすきまにでも入り込み、突然あらわれて「コンニチハ」なんて顔をのぞかせたら……考えただけでぞっとするではないか。
 ショウジョウバエを英語圏では「フルーツ・フライ」「ワインバエ」などと呼ぶ。
 そういえば、実割れしたミニトマトにもたかっていることがあった。発酵臭を感知して、すばやく飛んできたのだろう。日本では「酢バエ」が通り名となっている。
 酢が好きだから、それを逆手にとって、酢で誘って殺す知恵者もいる。容器に張った水に酢と少しの洗剤を混ぜ、おびき出して殺すのだ。そんなオソロシイことを考えだすなんて、ニンゲンは怖い。
 
 それなのにショウジョウバエはけなげにも、ニンゲンへの協力を惜しまない。遺伝の研究はいうまでもなく、授粉にも役立つ。求愛ばかりして交尾を求めないこともあるようで、その謎を解く研究の成果が数年前、発表された。
 ショウジョウバエを用いた研究でノーベル賞を得た研究者も何人かいる。そうかと思えば、青い光を当てるとなぜ死ぬのかを解明した高校生もいた。
 ことほどさように、彼らは人類に貢献しているのだ。もっとも、凡人に思いつくのはせいぜい、アマガエルのえさにするための増殖ぐらいである。
 この先、ショウジョウバエとの付き合いはさらに広がるのではないか。地球がどんどん暖かくなれば発酵も進む。そうなればわれもわれもとショウジョウバエ連中が押し寄せ、否が応でも目につくようになる。
 それがいやなら、酢だ。しかし、実際のところ、酢のトラップがどれほど役に立つのか。
 そうだ。まずはそこだ。
 ナメクジ対策もまだ確立していない凡人は、ショウジョウバエの赤い目を見ながら思ったものである。
写真 上から順番に
・ショウジョウバエもハエの一種。そのしぐさはハエそのものである。小林一茶もこのハエを見たかもしれない
・右:ある店のトイレに入ると、チョウバエがとまっていた。シャッターチャンスだ!
・左:姿かたちからしてチョウバエの一種だとわかるが、種名は知らない。野外のせいか、トイレでみるものよりは格上に見えてしまう
・キノコバエの一種。研究者が飼っているのを見せてもらった。腐葉土から発生することも多いそうだが、わが家で見たことはない
・袋に入っていてもショウジョウバエはじっとしていない。写真の撮りやすいものを探したら、死んで間もないものがいた。たしかに目が赤いね
・食用ホオズキを入れておいた袋の中で発生したショウジョウバエ。自然に生まれるわけがないから、袋に入れる前に産卵されていたことになる
・さまざまな研究に役立つショウジョウバエは、よく飼育される。これは実験室にいたもの。わが家にいても使ってもらえない。素性がはっきりしないと、データがとれないからだ

 

 
 
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